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チーム『キューブ』本部、十七階。宮西京、冬森凛檎両名は襲撃されることなく無傷で辿り着いた。依然として敵が攻撃を仕掛ける気配はない。
(もうそろそろ何かあってもいい頃合いだと思うけど……。このままだと僕の緊張感も……)
ここで、冬森が訊く。
「ねえ、宮西くんはどんな理由で私を助けてくれるの? こう言っちゃ何だけど、キミがここまで面倒なことをする義務はないワケだし……」
手で軽く髪を整えた宮西は、歩きざまに冬森に顔を向けて、
「実は言うとですね、チームの乗っ取り……と言うには確信はありませんけど、以前から行われているようなんですよ。『ナチュラル』というチームをご存じありませんか?」
「ええ、『キューブ』に比べれば小さいでしょうけど、それなりには有名なチームだわ。それが?」
「詳しい話は分かりませんが、『ナチュラル』のリーダーが追い出される形でチームの乗っ取りが行われたそうです。そして今回は『キューブ』が乗っ取られた……。もう一つ気になることが、それはなぜか僕が関わっているようなのです」
「……どういうこと? 詳しく説明して」
「一週間前に、元『ナチュラル』のリーダーに偶然襲われたんですよ。そしたらその人、『宮西京のせいでこうなった』みたいなニュアンスで叫んだんですよね。そして今回の件から判明したのですけれど、一連の騒動でロジックが関わっている可能性がある……、これは首を突っ込む価値がありますよね!」
少年はスラスラと口にする。
「……ふーん、そうなんだ」
逆に、冬森は目を細め口元を尖らせてポツリと呟いた。
だが、宮西が付け加えるように、
「あと、何だか冬森さんのことがほっとけなかったんですよねぇ。あのままほっといたら冬森さん心に大怪我しそうで。だから僕も一緒に付いて行ってあげよっかな、って」
「むぅ、偉そうなヤツ。初心者に心配されるほど堕ちてないんだから」
プイっと反対方向に顔を逸らした冬森。宮西は冬森の態度に、乙女心はイマイチ分からないなあと言いたげな様子で、やれやれと苦笑いを浮かべた。
しかし、冬森はせかせかと動かす足を止める。今度はどうしたんだ? と宮西は見下ろす形で冬森を見た。彼女は金の髪で口元を隠すように、
「…………ありがとう」
小さな声で彼女は呟いた。頬を赤く染めながら。
「散々怒鳴る私を宥めてくれてありがとう……。それに感情に任せて色々と言ってごめん……」
宮西は冬森と同じ目線になるように小さく屈んで、ペコリと頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございます。僕一人じゃ、まずここまで来られずに操られておしまいですから。それに、冬森さんと一緒だと何だか楽しいですし」
「たっ、楽し……コラ! 今は遊びじゃないのよっ! 油断しないようにっ!」
それこそ真っ赤な林檎のように顔を赤らめて、ビシッと指を差す冬森。宮西はクスリと笑い、そっと彼女に手を差し伸べた。
「それじゃあ気持ちを新たにして向かいましょう!」
冬森はブンブンと首を振って顔の赤らみを取り除き、差しのべられた彼の手を取ろうとした。
だが、しかし――――。
二人の手を遮るように、一筋の光が二人の手の間に放たれた。
「なっ――――ッ!」
宮西は上を見上げた。身体ほどの大きさの弓を引く少年が、そしてその上にもベージュのブレザーを身に着けた少年少女らがズラリと控えている。
「宮西くん、上だけじゃないようね……」
冬森は言う。彼女の言う通り、下が見えなくなる場所にまで敵が揃っていた。
数えるのが億劫になるほどの膨大な人数。ここまで攻撃を仕掛けなかったのは、二人を逃がさないために挟み撃ちにするためだと言わんばかりに。
宮西は素早くポケットからトランプとペンを取り出し身構えた。
「宮西くんは数の少ない上をお願いね」
二人は背中合わせに、上下それぞれ立ち向かうべき敵を見据える。
弓矢の少年は弓を引き、宮西に照準を合わせ、
「――――――俺の『一筋の拘束線』喰らいな!」
弾丸のように放たれた光の弓矢、恐ろしい速度で空を切るように宮西の顔面に襲いかかる。だが、宮西は少年が弓を引く直前に、一歩横に飛び込む形で何とか弓矢を回避することができた。少年は弦を右手で掴み、再び弓を引こうとするが、
「スキだらけですよ!」
ペンをポケットから取り出し、ロジック『王女気取りの魔法使い』を用いてトランプに乱暴に、それでいて正確に素早く式を書きこんでいく。
書き終えたところでトランプを少年に向かって放り投げる。
魔法『輪廻の三銃士』によって直線状に向かって行くトランプ。
弓矢の少年は手でそれを払い除けようとしたが、右手の甲がトランプに触れた瞬間――――魔法『気まぐれな振る舞い』は発動した。少年の手元でボンッ! と大きな音を立てて爆発する。舞い散る赤い火花とともに、空気を圧縮する衝撃波は少年を一メートルほど飛ばした。少年は手すりに腰を強く打ち付け、苦痛に顔を歪ませる。宮西はその隙を狙い、少年の顎を下から蹴り上げた。
「がっ、はっ……」
一瞬身体全体を空中に浮かせ、受け身を取ることなく、音を立ててその場に崩れた。
「…………うっ」
宮西はガクンと、瞬く間ではあるが膝を折ってしまう。
「ホントに、どれだけの数が控えているんですか…………」
上にはたくさんの敵が順番に、闘いの邪魔にならないように控えていた。
(一度に襲いかからないのは、連戦で疲弊しきった僕を確実に潰すためか……。まだ一度に相手する方が楽かも……)
「このォォォっ!」
物騒にも両手で日本刀を持った少女が、五段の階段を飛び越えて宮西に斬りかかる。殺気を感じ取った宮西は、『王女気取りの魔法使い』に釣られるように横へ飛び込んだ。少女の持つ日本刀は一直線に、月形の残像を残しながら階段床を叩きつける。
すぐさま少女は上体を起こし、剣道の試合のように、少女は剣先を宮西に向け間合いを取った。蛇のように睨みを利かせる彼女に、一瞬身体の強張りを見せた宮西。
日本刀の少女はその隙を見逃すことはなかった。
「――――――ィィィィィィヤァァァァァッー!!」
日本刀を振りかぶり一歩を踏み出した少女。刃先がギラリと光り、宮西に襲いかかる。
(マズイ、このままだと斬ら――れ――――)
急いでシールド魔法『防御』を展開させるためにトランプに数式を書きこむが、このままでは到底間に合わない。
(――――――くっ)
反射的に目を瞑る。――――――しかし、
「――――もう大丈夫」
声の正体はとても力強く、凛と耳の中を爽やかに響かせる。
冬森は抱き寄せるように、左腕で宮西の左肩を抱え、
「私が付いているから大丈夫。一人でよく持ち堪えたわね」
安心できる声だった。力強く、絶対に負けないと分かる、チームのリーダーとしての声。
そっと目を開ければ、刀の少女が手すり傍で気を失っていた。ついでに宮西は手すりから下を覗く。下で待ち構えていた敵は全て倒されていた。
「もう一回気を入れ直してね。――――ここから一気に最上階まで行くから」
彼女が宣言した通り、あっという間だった。
宮西は何もしなかった。次々と敵をなぎ倒す冬森の傍を付いて行くだけ。
ダメージを負うことなく道は切り開けた。息を切らしながら辿り着けば最上階。
――そして。
「ははっ、よくぞここまで御出でなさいました! けどまぁ、冬森凛檎を相手にするようじゃあちとキツイか……、いくらお強いと評判の『キューブ』の面々でもな」
パチ、パチ、と乾いた拍手で二人を出迎える青髪の少年。首にはギラギラと銀の十字架のアクセサリが輝いていた。
「あの能力からすりゃあ、やっぱりオマエが宮西京か……、こんなに早く会えるとは思ってなかったぜ。……流石はあの人、言うことには説得力がある」
「……あの人? 『キューブ』の乗っ取りを計画した人ですか?」
青髪の少年はニヤリと笑って、
「ま、そんなトコだ。それよりも、『キューブ』を取り返すためにこの雨谷衣巧を潰したいんだろ?」
冬森は強気に一歩前に出て、
「当たり前でしょ、そのためにここに来たんだから。黙って返してくれれば簡単に解決できるでしょうけど?」
青髪の少年――雨谷衣巧は吐き捨てるように、
「はんっ、黙って返して……ね。その言葉、自分から解決できなくて困ってるときに言う言葉だぞ? 俺を倒すのに、相当自信が無いみたいだな」
冬森は眉を吊り上げるが、宮西は彼女の前に手を差し出し、
「彼の言葉に乗せられるのはマズイと思います……。どうかここは冷静に」
彼の能力――それはあの軽口を叩く彼の声そのものだということは勘付いている。
「普段は優雅にリーダーぶってるクセによ、こんな場面では短気な性格を晒しちゃって……。その点、宮西クンは利口だねぇ、俺の『哀苦しく愛狂す』に今からでも警戒するなんて。リーダーも少しは初心者を見習ったら?」
相手を罵る口調、平気で人の心を踏みにじるような言動……、宮西は苦虫を噛み潰したような顔で少年をじっくりと見定める。
宮西、冬森と雨谷衣巧の間に流れる、ピンと張りつめた空気。互いの間はおよそ三メートル、一歩踏み出せば必殺間合い。
青髪の少年はじっくりと、両者を舐めるように見て、
「――――ここじゃあ分が悪い! 一度逃げさせてもらう!」
雨谷衣巧は背後を見ながら、堂々と二人に背を向け駆け出した。
「冬森さん! 雨谷衣巧は僕に引き受けさせてください! 冬森さんは特殊な電波の元を探ってください!」
宮西も、冬森に言葉を残して青髪の少年を追いかけていく。




