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《数式》により構築される魔法に満ちた仮想世界  作者: azakura
2章 恋すれば廃人  LIMIT_LOVE
15/52

2-5

 最上階から二階ほど下の、部屋の一角にある休憩室で再び休憩を入れる宮西京。宮西は、はぁ、はぁと肩で息をして、


(……よく考えたら『キューブ』に拘る必要性はないし……。幸い今は説明会の時期だから、色んなチームを観て周る余地はあるか……)


 宮西はR4ナビを取り出して、各自に与えられている、目に見えないコンピュータ上に存在する保管庫から、『キューブ』に訪れる前に購入した本を取り出した。


(厳しい風土は合わないかな……。んーと気楽で多くの人がいそうなチームはと……)


 チーム特集のページを適当にペラペラと捲っていく。しかしチームだけの特集であっても、本に割く割合は多く、五十ページほどを占めていた。それもそうかもしれない、リーダーをやりたい人間が自由にチームを創設できる制度のおかげか、およそ一万を超す数が存在するのだ。

 細かい文字を読むのは億劫なので、まずはリーダーの顔写真でどのチームが良いかを適当に考えていたが、


『緊急、緊急警報です! 正体不明の集団がこの『キューブ』本部に侵入しました。至急、リーダーの…………キャッ!!』


 部屋全体に響き渡る早口のアナウンス、焦りから、恐怖から来ると思われる喋り方だった。それに、途中で第三者に襲われたようなアナウンスの切れ方。

 と、その時、ガシャアン!! と窓ガラスが割れる音が鳴り響いた。そして次々と『部外者』がそこから潜入してくる。


「え? ちょっと!」


 宮西の戸惑いを余所に、他の部屋にいた『キューブ』の面々は一斉に動き出す。動かずに挙動不審になる人間など誰ひとりいなかった。皆が皆、指示を出し合い行動に移す。


 ――そして、このフロアで『キューブ』と『部外者』の魔法バトルが勃発した。


(僕もとにかく動かないと! このままこんな所にいても襲われるだけ!)


 数はざっと見る限り、互いに五分のようだ。開始早々の様子では、どちらが有利だとかは決めつけることができない。

 でも、これはある意味チャンス、宮西は思う。そして近くの階段を鋭く捉え、


(上の階、下の階……どっちに行くべきか……? 下の階――一階に行けばこの建物から脱出できるけど……)


 待てよ? 宮西は考えを止めた。


(長い下の階を下っていくよりも上なら、一番強い冬森さんに会えるはず! それに、あの側近の人だって僕よりもうんと強いかもしれない。だから今、行くべきは――上の階!)


 考えは固まった。宮西京は敵の動向に注意を払いながら、近くの階段を用いて上の階へ駆け上がっていく。


「……はぁっ……誰もいませんね……。ここまで人通りがなかった、でしたっけ?」


 宮西は手の甲で額の汗を拭い、苦しそうに肺呼吸を繰り返し、そうして息を整えた。

 長さ五十メートルはあろう廊下の先まで、人がいる気配はなかった。ついさっき最上階を見学に訪れたときには、十人程度は廊下を歩いていたのだが、今は一人も見当たらない。


「今が異常事態だから……? 全員が下の階に向かって行った? いや、それもおかしいか……。階段では誰ともすれ違うことなかったし……。まずエレベーターを使うことはないとは思うし……」


 あんな自由の束縛された箱で移動することほど危険なものはないと思う。エレベーターの外で敵が隠れていれば、箱ごと爆破でも凍らせることでも魔法でできるだろう。


「もしかしたら部屋で敵を待ち構えてる可能性も考えられるか」


 次の指針を決めた宮西は躊躇うことなく、廊下を突き進む。


(……魔法で隠れている様子もない? 息遣いも足音も、布の擦り切れる音も聞こえてこないし)


 走ること十五秒、宮西は目的の部屋、すなわち冬森ら幹部が普段使う部屋まで辿り着くことに無事成功。


(短い距離だったけど、特に敵のトラップに当たることはなかった……。やっぱり事態は下の階で進行してるのか……?)


 周囲の状況に気を配りながら、そう思考を巡らす宮西。


(敵が待ち伏せしている可能性も考えられる……。たしか部屋の構造は、窓際に立派なデスクが置いてあるだけのシンプルな構造……。広い部屋だから注意しないと……)


 ドアに身を預け、彼はポケットからトランプを取り出した。

 そしてドアを押し中の様子を観察。トランプを胸の前に据えて内部を見回す。

 ――喉が干上がりそうになった。

 

「――――いやぁ………いやぁ……あ……あ……」


 真っ白な絨毯に、真っ赤なマーブル模様。


 部屋の中央に、身の丈はあろうかという巨大なシルバーの十字架。その十字架は誰かの墓のように、床に突き立てられていた。


「――――やぁ……だぁ…………」


 シルバーのポニーテールの少女が、まるで『聖女』のように突き立てられた十字架にしがみ付き、ポロポロと瞳から涙を零す。

 彼女の頬、そして明るいベージュのブレザーにも床と同じような赤のマーブル模様。ガタガタと歯を鳴らし、体中を小刻みに震わせながらある方向へ視線を向ける。


 否――――向けさせられていたという様子だった。


 宮西はギョっとした。


 五人の『処刑』――血生臭く、凄惨に。これ以上ないくらいに残酷に。

 胸元には巨大な十字架が、右手左手には一本ずつ、掌ほどの大きさの十字架が、『処刑人』ごと壁を貫いていた。


 そうして『処刑』された人間の姿も、等間隔に間を開け美しく十字架を描いていた。

 『処刑人』が張り出された壁はマーブル模様などと表現できるような生易しいものではなく、元の色が見えないほどに赤く染まっている。


「――――自殺しろ、その十字架で」


 爽やかさを持たせるような男の声。

 声の主は壁際に背を預け、ポケットに手を突っ込んでポニーテールの少女をつまらなそうに眺めていた。気怠そうな面持ちで、何を考えているのかも読み取れない。


 耳元にまで掛かるような、明るい青の柔らかな髪質は、ほんの僅かに少年の目元を覆う。中肉中背、着用するのは漆黒のTシャツ。膝部分にダメージ加工されたジーンズ、腰にはジャラジャラとチェーンやら髑髏やらのアクセサリがベルトとともに巻き付けられていた。

 そして青髪の少年の足元には――――、


(――――冬森…………さん……!?)


 あの金髪の少女が、ボロボロになりながら青髪の少年に、その淡麗な顔を踏み潰されていた。金髪の少女、『キューブ』のリーダー――冬森凛檎は細目で『聖女』を見る。


「汚えんだよ、このメス豚が。豚が一丁前にアクセサリなんか付けるなよ? 豚に真珠ってことわざ知ってるだろ?」


 青髪の少年はそう罵りながら、彼女の首元に掛けられていたアクセサリを強引に掴み、冬森から奪った。あっ、と小さく喘ぐ冬森のこめかみを静かに蹴り飛ばす。


(遠くからだからはっきりとは分からないけど……、冬森さん、悔しそう……)


 宮西は視線を再びポニーテールの、冬森凛檎の相棒でもあり部下、黒川望未に向ける。


「……なっ、何をッ!?」


 宮西は思わず口にした。

 黒川はガタガタと震えながらも、祈りともとれるようなポーズをとる。そして何処から取り出したのか、いつの間にかその手には巨大なシルバーの十字架が握られていた。丁度彼女の上半身ほどはありそうな銀の十字架、その先端は鋭く外の光を反射する。

 彼女は両手で持った十字架を、あろうことか自分の喉元に向けた。


「……いやぁ……助けて……」


 涙目で訴える黒川望未。だが、『処刑人』を見るばかりで冬森に顔を向けて訴えはしない。

 その光景を目の当たりにして。冬森凛檎は小さく喘ぐ。


 けれども。


 冬森凛檎はピクリとも動かない。――動けない。無言で、喉を震わせて目の前を見つめる。

 そして。


 宮西は一歩を踏み出した。右手にトランプを、左手にペンを握って。空間に漂う重苦しい空気を突き破るように、大きな一歩を踏み出す。

 それでも黒川の両手、十字架は留まることなく、徐々に白い喉にスライドする。


「そんなこと、僕がさせません!!」


 宮西は叫んだ。左手に持ったペンでトランプに、人間業ではまず不可能な速度である数式を書き上げていく。

 ピクリと、青髪の少年は顔を上げた。だが、それでも黒川の腕は止まらない。

 宮西は軽く振りかぶり、指で摘まんだトランプを投げようとした。


「――――動きを止めろ」

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