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不戦敗の戦利品

作者: もっちょ

 大勝負のために買った、柔らかい色合いのシャツとふわりと風に揺れるようなスカート。2月14日に着れないなんて前日まで気づきもしなかった。



 憧れていた人に、玉砕覚悟で突撃しようと思って見つめていたら。もういたんですねー、彼女が。横並びに歩いていく二人の後ろ姿がどう見ても友達ではない距離で。彼女を見つめる彼を見たくなくて必死に彼女ばかり見ていた。天使の輪が艶めく長い髪、華奢な肩、コートから覗く白い指とほっそりとした足。顔を見れなかったのは幸か不幸かわからない。とりあえず足を動かすという単純作業に意識を集中させ家路を急ぐ。泣くに泣けないちょっとだけ大人な自分に嫌気がさしながら。



 バレンタインデーの楽しさは現在幸せ真っ最中のカップルと、思春期の少年少女にしか味わえないイベントなのか。不戦敗した私はおうちでココアを作る、できるだけ丁寧に。一人暮らしでよかった。甘いもの好きでよかった。決戦当日(私以外の片思い女子)の幸せを願いつつ、渡すことをあきらめた包装紙をバリバリ開ける。甘すぎる組み合わせなのに、後味がひどく苦かった。

 翌日の朝食にもついでにつまむ。昨日の名残をすべてデリートした。私の決心はこれでなかったことになった。いつも通りの服装で、いつも通りを装って部屋を出る。



 現在2月14日19:00。街灯りがクリスマスほど暴力的にロマンチックでない。どうにか今日を乗り切った私の現在地は、デパートのチョココーナー。値引きされている外国の珍しいチョコたちを眺める。きれいだなと思って見ていた惑星型のチョコや化石のチョコなど、選ばれなかった商品たちがワゴンに載せられている。おいしいものに罪はない。選んだ商品片手にデパートを出るころには少し気分は浮上していた。

大きなお札を使ってしまったから、コンビニにもよらずにサクサク歩く。カップルが来そうな場所に寄る気はない。傷口は見えないけれどあるのだから。苦笑いがさまになる前に回復したいなあ。



 駅のベンチに座ってぼんやりと電車を待つ。人の気配にふと目をやると、隣に男が座った。体を投げ出すようなだらしない姿勢でベンチにもたれかかっている。疲れてるんだな、私もだけど。男がぐったりしている間、私はだいぶ不躾な視線を送っていたらしい。男は勢いよくこちらを見て威嚇するように「なに?」と言った。

「いえ、お疲れ様です」私の返しが面白かったのだろうか。男の表情が急に柔らかくなった。

「あんた、いいやつだな」がんっと頭を殴られたような衝撃と痛みに視界が滲んでいく。そのフレーズこそ、片思いの彼の笑顔とセットで永久保存してしまったもので、不意の痛みに私が堪え切れるはずもなかった。慌てる男の前で、泣き続ける私。傍から見たら何の修羅場だろうか。結局男は私が泣き止むまでずっと傍にいた。いい人なのはこの人のほうだ。

 


「ちゃんと帰れるか?」こくこく頷く私。我に返ると恥ずかしさで男の顔が見れない。申し訳ない気持ちで謝ると別に構わないと返された。

「どうせ帰って寝るだけだし、こんな日もいいもんだよ」

記憶の中の彼とは違う、男の声があまりに優しくて落ち着かない気分になる。静かに時間が過ぎる。電車は私のほうが先に来てしまった。

 電車に乗り込み振り返ると男はドア越しに立っていた。背丈は私が少し見上げるくらいだった。笑顔で手を振る男に見送られた後、電車のガラスには真っ赤な目のすっきりした表情の私がいた。



 部屋に戻って買い物袋をテーブルに置く。袋の戦利品はその数を減らしている。男にいくつか進呈したのだ。コートを脱ぎながら、先ほどのやりとりに口元が緩んだ。

「腹減った」とつぶやく男に「チョ、チョコでよろしければ食べますか」と訊くと顔をしかめられた。

「さすがに気持ちがこもったやつは」としぶる男にチョコを突きつける。半額シールが笑いを誘ったようだ。

「もらっとくよ、ありがとう」

「こちらこそありがとうございます」


 

 甘いココアを飲まなくても胸が温かいのは、やはり男のおかげだろう。痛みはしっかりと熱を持ってしまったのだから、あとは冷えるのを待つだけだ。眠りに落ちる直前のゆるゆるとしたまどろみの中、明日はきっとあの服を着ようと目を閉じた。




大人の恋の諦め方ってどんなでしょうね。そう考えて作りました。意外にかわいらしい主人公になった気がします。

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