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パズル屋

真夏日が続く8月のある日、1人の男子大学生が自転車を走らせていた。

目的地は大型デパート4階にあるおもちゃコーナーのすぐ隅にある、パズル売り場。

付き合って3年になる彼女の誕生日プレゼントとなる、ジグソーパズルを選ぶ為だ。

彼女はとてもジグソーパズルが好きで、彼女のアパートはまだ開けていないパズルの箱と、出来上がって額に入れられたパズルが沢山あった。

名画からアニメのイラストまで、印刷された絵のジャンルを問わず彼女はパズルを楽しんでいた。

「去年は犬の写真、一昨年は風景画……今年はどんなやつがいいかな」

男は過去の記憶を引っ張りだし、彼女の反応を思い出す。

どれも彼女はとても喜んでくれた。

しかし、どうせなら以前よりも驚かせられるようなものを、完成した時どのパズルより達成感が強いものを渡したいと考えていた。

男はデパートへの近道となる古びた商店街を通り、どんなパズルがいいか思考を巡らせる。

「……あれ?」

ふと、男は途中で自転車を止め、横に建つ建物を見る。

「前からこんなところに、店なんてあったっけ?」

その建物は古びていて、かけられた鉄製の看板は斜めになっており、かすれた文字で『パズル専門店』とだけ書いてある。

壁にはチラシが剥がされた跡が大量についており、恐らく古くから続いている店なのだろう。

男の記憶の中にこの店は無い。

しかし、

「うーん……今まで見逃してたのかね?」

どこか不思議な雰囲気を持つその店に、男は惹かれた。

「まあ、ここで見てみてもいいか。無かったら、デパートに行くだけだし」

男はそんな軽い気持ちで自転車のスタンドを立て、中に入っていった。


店内は少し埃っぽく、潰れかけのプラモ屋なんかと似たような臭いがする。

周囲には天井まで届く棚が沢山並んでおり、棚には色々なパズルの入った箱がところ狭しと並んでいた。

床には立派な額に入った完成済みのジグソーパズルが無造作に積み重ねられている。

男は数歩進み、辺りを見渡す。

「いらっしゃいませ、どんなパズルをお探しですか?」

「わっ!?」

急に背後から声をかけられてしまい、男は素っ頓狂な声をあげた。

振り向くと、そこには眼鏡をかけた長い髪の男がいた。

顔立ちは中性的で、声を聞かなければ男か女かわからなかっただろう。

赤や青などの強い原色に金色の刺繍が入っているまるで道化のような

装に、色鮮やかな石のついたブレスレットをじゃらじゃらと手首に巻いていて、どこか怪しげな雰囲気を醸し出している。

しかし、いつの間に後ろに回ったのだろうか?

「急にお声をかけてしまい申し訳ございません。何分、久しぶりなお客様なもので」

「ああ、そうなんですか。俺もびっくりしちゃってすみません……店員さん、ですよね」

「はい、このパズル屋の店主をやっております。以後、よろしくお願い致します」

店主は、両手を体の前で組み恭しく礼をする。

どこか現代離れした古風なその姿に、男は心の中で少しだけ苦笑した。

「えっと……プレゼントにジグソーパズルを買おうと思ったんですけど、なんか良いのってありますか?」

「ジグソーパズルですか。何ピース位のものですか?」

「あー……いつも、細かくて大きなやつやってましたね」

「……なるほど、お客様自体はあまりパズルをやられない方のようですね」

「はは……まあその、お恥ずかしながら」

「では、そちらの棚をご覧になってみてはいかがでしょうか。当店自慢の、幻想的な絵柄のパズルでございます」

「あ、どうも」

男は勧められるがまま棚の箱に手を伸ばし、パッケージの箱の絵を見ていく。

地平線に沈む夕焼け、古城と雷、輝くオーロラ……どれも迷ってしまう程、綺麗だ。

これを贈れば彼女は喜んでくれるだろう。

だが……。

「うーん……」

「お気に召しませんでしたか、お客様?」

店主が近づき、男は微かに首を傾げた。

「いや、どれも素敵なんですけど……なんていうか、もっとインパクトのあるやつというか……びっくりさせたいというか?」

「ふむ、それでは……こちらはいかがですか?」

店主は床に置かれた、額に入った完成済みのパズルの前に行く。

そのうち一枚を取り、男に見せる。

「見てくださいよ、これなんか特に美しいでしょう?」

「わぁ……これは、すごいですね」

パズルに詳しく無い男だったが、その絵に惹かれた。

その絵は普通のパズルだったとは思えないほど、美しく儚げな女性が描かれていた。

あまりにリアルなその絵にぼうっと見惚れていたが、男はハッと我に返り、店主に断りを入れる。

「あ……でもすみません。その、飾る為の完成品じゃなくて1から作るやつがいいというか……バラすのも勿体無いというか……」

「そうでしたか。まあ、こちらの商品はたった一枚しかありませんし……これは無し、ですね。

ところで失礼ですがお聞きしたいのですが……お客様は、どなたにパズルを贈られるのですか?」

店主が興味深そうに男に問う。

「俺の彼女です。すごくジグソーパズルが好きで」

「なるほど、なるほど、恋人さんでしたか……では是非勧めたいものがあります。こちらのパズルはいかがでしょう?」

「……?」

うんうんと1人頷きながら、店主は別の棚から1つの箱を持ってくる。

その箱は、全ての角度から見て真っ白だった。

「あの、パッケージが印刷されていないんですけど……完成するまで中身はわからないパズルとかでしょうか?」

「そうとも言えますし、そうとも言えませんね。とりあえず、中身を確認してみてはいかがでしょう?」

「は、はぁ」

男は言われるまま、真っ白な箱を開ける。

するとそこには……パッケージと同じく、真っ白なピースが、大量に入っていた。

「え……?」

「そのパズルは、絵柄が無いパズルなのですよ」

感情の読めない笑みを作る店主と、箱の中身に、男は戸惑った。

だが、こんなパズル今まで見たことが無い。

「……で、でもやっぱ達成感とかあんま無いんですかね。絵、ついてないし……」

「そんな事はございません。難易度は高くなりますが、その分達成感もあります。更に、これは特別なパズルでして……」

一呼吸置いて、店主は言う。

「完成すると、その人の『心』がパズルに写されるのです」

それを聞き、男は一瞬この空間の時間が止まったような感覚があった。

男はゆっくりと復唱する。

「心が、写る?」

「はい。どうでしょう? 今回、お客様がここにいらっしゃるのは初めてですし……今回は無料でお譲り致しましょう」

「え!? ただでいいんですか!?」

「構いません。そうだ、せっかくだし包んで差し上げましょう」

「おお……あっ、ありがとうございます!」

男はとても喜び、店主に何度も礼をした。

店主はレジ横の引き出しから取り出した可愛らしいピンク色の包装紙で箱を包み、赤いリボンをかけた。

「ではまたお客様と、それと……今度は恋人さんにもお会いできたら嬉しいですね。ありがとうございました」

店主はそう言うと深々と礼をし、男を見送った。

男は機嫌を良くし、箱を自転車のかごにいれ、鼻歌を歌いながら自転車を自宅へ走らせた。


今年の四月に書いた短編小説です。

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