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追憶少女  作者: 白崎零藍
3/4

吸血衝動

影婁に出会った時のことを教えて貰った。でも僕の記憶は明確には戻らない。何故 五年間も眠っていたのかも分からない。

彼の悲しそうな顔を見るだけで辛い。でもこれは僕の感情なのかすら分からない。何も 分からないまま。


「僕は影婁の何?」

ベッドに座る僕に跪く彼。そんな彼に尋ねてみた。


「……俺の大切な人だ」

ぎゅっと手を握られる。凄く凄く冷たい手。


「吸血鬼なのに影婁は優しいんだね」

人を襲わない吸血鬼なんて、多分そうそう居ないだろう。


「それは明莉にだけだ。他の人間なんて信用出来ない」

真っ直ぐに見つめられてどうしていいのか分からなくなってしまう。


ほとんどこの人のことを思い出せないけれど、優しい人だということだけは分かる。とても優しくしてくれる吸血鬼。全く怖いと感じない訳じゃないけど、良い人だと思う。

僕を気遣ってくれたり、五年もの間眠っていたのにずっと傍に居てくれていたから。だからきっと良い人だ。



「影婁のこと思い出せない…どうして眠っていたのかも分からない。僕、どうしたら…」

何だか視界が歪む。勝手に涙が流れてきたみたいだ。


「大丈夫。いつか思い出せるから、無理しなくていい」

優しい声と手で僕の頭を撫でてくれる。冷たいけれど優しい手。


そんな彼が堪らなく愛しくなる。影婁のことをきちんと覚えていないのに、優しくしてくれる。それが少し辛い。

彼を思い出してあげたい。どんな気持ちで接していたのか、何故こんなに彼は優しいのかとか、全部。思い出せないのが辛くて 悲しくて 切なくて。


「きっと思い出してみせる。影婁の為に思い出すよ」

小さく笑って言ってみた。影婁は辛そうに笑っている。


「お前は俺が覚えているから、だから心配しなくていいんだ」

安心させるような笑顔を見せる彼は心強かった。



そしてこの日の夜。僕と影婁の部屋は隣同士だったけれど、僕は眠れずにいた。すると廊下からバタンと音がした。

こっそり扉を開けて覗いてみると影婁が壁にもたれかかり苦しそうに呼吸していた。慌てて廊下に出て彼に駆け寄る。


「…っ大丈夫だから」

こっちに来るな、と言わんばかりに赤い目が僕を睨み付ける。


「でも、苦しそうだよ…」

余りに苦しそうな彼に胸が痛む。


「いいから寝てろ、俺に構うな」

影婁は苦しそうな呼吸をしながら俯き言った。


「心配…影婁が苦しいのは嫌だから」

そう言い僕は彼に近寄る。


少し近付いて彼を見ると、人ならざる者だということが分かった。鋭い牙と尖った爪、それに赤い瞳。明らかに人ではない者。吸血鬼の姿だった。

彼は血を飲んでいない。かなり飢えているだろう。そんな彼に出来ることはただ一つだ。



「影婁、血を飲んで」

彼を抱き寄せてそう言った。驚いた様子で彼は目を見開いている。


「そんなこと出来ない。明莉が死ぬ…!!」

僕の両腕を掴み身体から引き離す。


「僕は大丈夫だから、飲んでいいよ。死んだりしない」

暗闇の中、彼に微笑む。半分吸血鬼だからだろうか、暗闇でも周りが見える。


「……はあっ…」

ついに本能に抗えなくなったのか、影婁は僕の首筋に舌を這わす。思わずぞくりとしてしまう。


「影婁、大丈夫だよ」

そんな彼の頭を撫でてみた。


そして首筋に牙が突き立てられる。ぷつりと音を立てて牙が体内へと埋まる。変な感覚でクラクラしてしまう。倒れそうになる僕の身体を影婁の腕がしっかり支えて離さない。

彼が血を飲み込む音が聞こえる。ごくごくと飲み、満足したのか首筋から口を離す。口元の血を舐めとる姿は吸血鬼そのものだ。


「……っごめん、明莉。ごめん…」

我に返ったのか影婁はひたすら謝って来る。


「大丈夫、だよ。ちょっとクラクラしただけだから」

謝る彼の口元にまだ付いている血を拭ってやる。彼はそれを残さず舐めとった。


「…俺、何てことを…っ」

顔を手で多い、僕から顔を背けている。


余程飢えていたんだろう。噛み痕が少しだけ痛む。かなり強く噛み付いたようだ。けれど影婁を救うことが出来た気がして嬉しかった。



「ごめん、明莉…大丈夫か?」

ぐいっと抱き寄せられて冷たい身体に包まれる。相変わらず冷たい身体だ。


「うん、大丈夫だよ」

彼のことを抱き締め返し、小さな笑顔を見せた。


「少し目閉じてろ。傷口塞ぐから」

そう言って影婁は傷口に口付けを落とした。柔らかい唇の感触が首筋にある。何だか少し恥ずかしい。


彼が傷口に口付けし終えると、痛みはもう無くなり傷口は塞がっていた。これが吸血鬼の力だ。


「今まで抑えていたのに…耐えられなくなった。お前の血の香りは俺を狂わせるんだ」

確かに彼の血は甘く美味しかった。彼にとって僕の血もそんな感じなのだろうか。


「僕の血なんていつでもあげるよ。影婁が苦しむのは嫌だ」

彼に抱き付きながらそう告げる。


「それは駄目だ。俺のせいでお前は……」

俺のせい、今 影婁はそう言っていた。どういうことなんだろう。


「どういう意味?」

全く意味が分からない為、彼に聞いてみる。


「…思い出さない方がいい」

彼は言葉を濁して教えてはくれなかった。一体どういう意味なんだろう。何が影婁のせい?僕にはいまいち分からない。



その後 影婁に誘われて、外に出てみることにした。彼に手を引かれ廃墟の中を歩く。ボロボロの建物だということが伺える。

外に出ると月明かりだけが照らしていた。今夜は満月で真ん丸い月がそこら中が照らされている。


「この月をお前と見るのは久しぶりだ」

彼は月を見上げながら言う。何だか彼が消えてしまうような気がして、後ろから抱き締めてみた。


「…寒いのか?」

冷えた身体の影婁は振り返らず僕の手に触れる。


「ううん、違うよ」

何故だか泣きそうになってしまって必死に堪える。


少しの間二人で無言になる。虫の音すら聞こえない寒い冬の夜。ただ月明かりだけが静かに辺りを照らしていた。



吸血鬼には吸血衝動というものがあるらしい。どうしようもない程血が欲しくなり、変貌する。見た目は僕が見たように吸血鬼そのものだ。

吸血鬼は血を飲まないと死ぬ訳ではないが、身体が弱ってしまうそうだ。しかし影婁は頑なに僕の血を飲むのを拒む。血に狂うのが怖いのだろうか。


一度吸血衝動に襲われると自分で抑えるのは難しいらしく、人間を襲う吸血鬼も少なくない。

影婁は優しいから、もしかすると僕の身体を心配しているのかもしれない。自分の本望をひた隠しにして一人で堪えて。


「飲みたかったら僕の血をいつでもあげるから、無理しないで…?影婁、お願い」

抱き寄せたままそう訴えかけた。


「……分かった。でもお前も無理はしないでくれ」

心配になる、と付け足す影婁。やっぱりこの人は優しい。


「分かってるよ。影婁が言うなら無理はしないから」

重ねられる手を握り返して伝える。


吸血衝動を抑えるにはやはり血を飲むか耐えるという選択肢しか無いのだろうか。僕には分からない。彼はその渇きを必死になって抑えつけていたのだ。きっと苦しかっただろう。

あんなに苦しそうにしていたのだから、僕が思っているより遙かに苦しかったはず。そんなになってまで飢えを堪える必要があるのだろうか。苦しむ位なら僕の血を飲めばいいのに。


多分 僕の身体を心配して彼は血を求めなかったんだろう。僕は何となくそんな予想を勝手にしてみる。彼は優しい人だから、なんて理由でそんな結論に結び付けた。



「明莉、もう中へ入ろう。風邪を引く前に」

影婁は僕の手を引き廃墟の中へと誘う。


「影婁はいつも手が冷たいね」

握り合うその手は冷たく氷のようだ。


「冷たいのは嫌いか?」

振り返った彼は苦笑して僕に質問を投げかけた。


「影婁の手は好き」

微笑みかけながらそんな風に言ってみる。


「…そうか」

影婁は安堵の表情を見せ廃墟の闇へと二人で溶け込む。


彼の手や身体はいつも冷たいけれど、僕にとって心地良い冷たさだ。冬だからか余計に冷たく感じる。

青白い肌は日に当たっていないことを物語っていて、とても吸血鬼らしい。素敵だとさえ僕は思う。僕も日に当たっていない為、素肌が白い。

影婁の身体は細身で でもちゃんと筋肉があって しっかり僕のことを支えてくれる。その冷たい身体に抱き締めて貰えるのが好きで心地良くて、堪らなく愛おしくなるんだ。


「影婁、一緒に眠ろう?」

ベッドに寝転がり彼を見据える。


「…お前が望むなら」

彼も同じベッドへ寝転がって僕の頭を撫でる。


「眠くないの?」

少し眠くなった僕は彼にそう尋ねてみた。


「吸血鬼は眠らない。夜は眠れないから」

クスッと笑い彼が僕に告げる。


「そうなんだ。僕は眠れるのかな?」

笑う影婁に質問を重ねる。


「お前は眠れる。吸血鬼なのは半分だけだから、大丈夫」

そんな彼の言葉を聞いて安心出来た。


隣に寝転んでいる彼を抱き寄せてみる。優しい手付きで髪を撫でられ、思わず眠くなってくる。




―――夢を見た。


僕と影婁が笑い合っている夢。冷たいけど優しい彼の手が僕を抱き締めてくれて頭を撫でたりしてくれる。それが本当に愛しくて胸が苦しくなる。

そして今まで幸せだった夢が悪夢へと変わる。影婁が真の姿へと豹変したのだ。


「明莉…」

骨が折れてしまいそうな程に強く抱き寄せられた。


「かげ、る。苦しいよ」

僕はそんな彼の身体を押し返すも彼の力には適わない。


「…っはあ」

耳元で聞こえる息遣いは荒々しく苦しそうだ。


すると彼は躊躇わずに僕の血を飲み始めた。首筋にガブリと噛み付かれて僕は動けないでいる。大量の血が飲み下されて行き身体から血の気が引いていくのが分かる。

意識が無くなりかけ目の前が真っ暗になると影婁の視点になった。夢と分かっているのに不思議な感じがする。


妙に現実的なその夢の中では血の味さえ再現される。影婁が感じている血の風味はやはりこの今感じているように甘く美味しいのだろうか。


影婁の目から通してみる僕は青白くぐったりしていた。そう まるで死んでいるかのように。ぼんやりした瞳、青白い肌、色の無い唇。

視界がぼやけて来る。どうやら彼が泣いているようだ。



「明莉…明莉、すまない」

悲痛なその声に答える者は誰一人居ない。


「俺のせいだ」

動かない僕の身体を彼がきつく抱き締める。


そして彼はこう呟く。



俺が殺した、と。


そこで僕は目が覚めた。涙で顔がぐちゃぐちゃになっていて、そんな僕の顔を影婁が不安げに覗き込んでいた。


「どうした?」

細長い指が僕の涙を拭う。


「哀しい夢を見ただけだよ」

そんな風に言って小さく笑ってみる。


「…俺もだ」

もしかしたら彼も同じ夢を見たのだろうか。


「どんな夢?」

気になって尋ねてみた。


「……、お前を喰い殺す夢。あれはきっと俺の恐怖が呼び起こした悪夢だ」

哀しみに溢れた顔を僕に向け、彼は僕を抱き締める。


多分、同じ夢を見たんだ。それならあの夢は影婁の恐怖だったのだろう。彼の恐怖が作り出した悪夢。隠しきれない恐怖に彼は怯えている。人を喰らいたいという本能に怯えているのだ。

一番苦しいのは影婁。記憶を失った僕じゃない。彼は一人で苦しんで、それに耐えて来たんだ。たった一人だけで。


「影婁っ…」

抱き締めてくれる彼を抱き締め返した。胸が苦しくなってしまう。


「明莉、大丈夫か?」

冷たい手が僕の頭を撫でる。


「影婁を一人にしないから。僕が傍に居るからね」

頭がぐらぐらする。それでも僕はそのことを伝えた。


「…お前だけは傍に居ろ」

抱き締める手に力が入る。少し身体が痛いけれど気にはしない。


僕は彼の記憶も自分のことさえも分からない。でも彼の傍に居たいと思う。僕の単なる我が儘かもしれないけど、でも傍に居たいんだ。

少しずつでも思い出して影婁のことも分かりたい。そして僕だけは影婁の近くで離れないでおこう。



そんなことを考えている内にもういつの間にか朝。徐々に外が明るくなっているようで、窓の隙間から光が差した。

吸血鬼は日に当たっても大丈夫なようだが影婁は余り昼間 外に出たがらない。やはり少し身体に負担がかかるのかもしれない。

半分吸血鬼の僕も日光を浴びると少しクラクラする。僕も日中外出したいとはそれ程思わない。常に貧血が起こっているような状態になってしまうから。


故に二人とも外出は夕方頃からだ。日中は基本、外には出ないで廃墟の中で活動する。廃墟の中は余り日が差さず暗い。しかしその暗さが少し心地良い。これは僕が半分吸血鬼だから感じるのかもしれない。

でも太陽の下に出れない訳じゃない。影婁は吸血鬼だが日光に当たっても死にはしないが、大量に体力を消耗してしまうのだ。



「影婁、外に出たい」

昼間、僕は彼に無茶なお願いをしてみる。今日は曇りだ。


「ん、分かった」

曇りの日は影婁も外出に付き合ってくれる。僕を一人で行動をさせようとはしない。


「珍しいね」

こんなあっさり許可してくれたのは初めてだ。


「…曇ってるから」

僕と手を繋ぎながらボソッと呟いた。相変わらず冷たい手だ。


「そっか」

無愛想な裏に隠された優しさに気付き、思わず口元が緩んでしまう。


外に出ると太陽は雲に隠れていた。いつも見る空はどんよりとした灰色だ。記憶には無いが影婁曰わく僕は空が好きだったそうだ。今みたいに曇っていない、晴れた青色の空が。

そうは言うものの晴れた空なんて見たことがない。いつも空は灰色で、何処か寂しげだ。空をちゃんと見るのは夜ぐらいで、いつも太陽ではなく月が辺りを照らしている。


「ねぇ影婁、晴れた空って綺麗?」

曇った空を見上げ僕は彼に尋ねた。


「お前は好きだった」

繋いだ手は離さずに喋る。


「いつか見てみたいな」

どれほど綺麗なんだろう。一度でいいから見てみたい。


僕が好きだったという晴れた空を見てみたい。一体どんな風に感じて 何を思うのか。この灰色の空に色が付く。そう考えただけで胸がときめいた。


「次、晴れたら見に行くか?」

隣に居る彼は微かに笑う。その笑顔は優しかった。


「いいの…?」

予想外の反応に目が見開かれる。


「ああ、明莉が見たいなら」


「見たいな」

繋いだままの手をぎゅっと握って言ってみた。


「晴れたらな」

そう言い彼はくしゃっと頭を撫でて来る。そんな行動につい鼓動が高鳴ってしまう。


晴れたら、青色の空が見れる。小さな楽しみを胸に抱きながら僕等は廃墟の中へと入った。

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