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【相愛・二人の物語】  作者: motomaru
第一章
2/10

ビジル

 閉ざされた窓の向こうの廊下に、忙しなく行き交う人の気配が溢れ、午後の日差しが差し込む校舎のあちら此方にも、ざわめきが広がり始めた。

 終令のチャイムが鳴って暫く経つというのに、このクラスでは今、ようやくホームルームが終ろうと為ていた。

「其では、週末迄に各自考えをまとめておく様に!」

 担任がそう締め括った。

「起立!!」

 直ぐにクラス委員が号令をかけると、全員が立ち上がる、そして

「礼!」

と言う合図で一斉に

「有難うございました!」

と頭を下げた。

 担任が出て行くと、教室の中は途端に騒がしくなる、まるで、解き放たれた子犬さながら…と言った所だ。

「恭、急ごう、遅くなった。」

 篠宮佐理(しのみやさり)はそんな級友達をしり目に、急いで荷物を鞄に詰め込んでいる親友の星河希恭(ほしかわききょう)に声を掛けた。

「うん。」

 希恭がそう答えると、二人は連れだって教室を後にした。

 二年の教室が並ぶ南校舎の二階から、人気の少ない正面の本館へ、二人はその先にあるビジルの会の部室に向かっていた。

 ビジルの会は表向き社交倶楽部と言う名目になっていたが、その実態はこの〈私立紫苑学院〉を牛耳るエリートの集まりで、そのメンバーに選ばれるとゆう事は、支配階級の特権を与えられる様なものなのだ。

 二人共メンバーの一員で、集会へ行くところなのだが、ホームルームが長引いた為に遅くなってしまったのだ。

 先にドアノブに手を掛けたのは佐理の方だった。

 静かに開けたドアの僅かな隙間から体を滑り込ませると、希恭が後に続くのを見届けてから音を立てない様にソッと後ろ手にドアを閉めた。

「遅いぞ。」

 奥の中央に有る大きな机に向かって座って居る会長の葉月唯(やづきゆい)が二人を見咎めて言った。

「申し訳有りません。」

 佐理は言い訳をするでも無く、只一言だけそう言うと、軽く頭を下げ、希恭も其れにならった。

「其じゃあ、始めようか…?」

 葉月が佐理の顔を見詰めた侭、ニッコリ笑って言った。

(お遊びが…始まる…)


 頭の何処かをそんな言葉が過ぎり……

佐理は飽くまでも無表情に視線を落とした。

 中央に作られた空きスペースに一脚の椅子が置かれ、其処へ一年の米倉と言う生徒が引き出された。

「座りたまえ、米倉君。」

 葉月の右手に立っていた参謀役の皆川が、どうして良いのか分からない侭オドオド為ている米倉に向かって、優しい口調で言った。

 米倉が言われる侭椅子に座ると、窓に暗幕が引かれ、部屋の中は暗闇で覆われた。

「ひい〜〜ッ!!」

 米倉が泣きそうな悲鳴を上げた。

 直ぐに一つだけ裸電球が灯けられ、スポットライトの様に米倉の姿を照らし出し、米倉は少し落ち着きを取り戻した。

「今日のターゲットは一年の米倉君だ、そして、出題者は……」

 そこまで言った皆川の言葉を引き継ぐ様に葉月が

「俺だ。」

と続けて立ち上がった。

其から机の前へ回ると

「さてと、今回の課題だが…」

と言いながら、米倉の方を向いて机に腰掛けると、先を続ける

「月曜の夜明け迄に、礼拝堂の入口に生物室の標本を吊しておく事。」

「そんなッ…!!」

 米倉が大きな声を上げた。「そうだな、標本は胎児の標本が良い。」

 葉月は米倉の様子など気にも止めずにそう言った。「課題には二つのルールが有る。」

 今度は皆川の反対側に居た相田が前に出て来て言った。

「此処に五枚のカードが有る、一枚がジョーカーで後は普通のカードだ、ターゲットの君と出題者が一枚ずつカードを引いて、どちらかがジョーカーなら…逆に出題者が自分の出した課題を実行する、此は課題の行きすぎを防ぐ為だ。そしてもう一つは、此処に居る者以外のなんびとにも“課題”を知られてはいけない、知られた時は課題を中止する。勿論、懲罰ものだ…ルールは其だけ。」

 相田は米倉に向かって説明する様に言うと、ジョーカーが入っている事を米倉に確認させてから、丹念に切ったカードを扇状に広げて差し出した。

「一枚引いて。」

 相田が米倉を促す。

 米倉はオズオズと一枚のカードを引いて表に反した。

「カードはダイヤの5だ。」

 相田はメンバーに知らせる様に言ってから、残りのカードを葉月の方へ示した。

 葉月は米倉に向かって

「悪いな、俺は強運だから今迄負けた事が無いんだ。」

と言いながらカードを一枚抜き取って灯りにかざした。

「カードはスペードの8、従って、課題は米倉君が実行する事に決定した。」

 相田が皆に向かって言った。「其れで、立会人は誰にする?」

 皆川が葉月に尋ねた時

「僕が。」

と、佐理が応えた。

「待て、立会人は出題者が決める事になってるだろ。」

 皆川が佐理をたしなめる様に言うと、葉月は皆川を掌で軽く制して

「良いだろう、立会人はお前に任せると言った。

「なら、パートナーを選べ。」

 皆川は仕方なしにそう言った。

「聞く迄もなく、相棒は星河…だろ?」

 葉月は佐理に同意を求める様に言ってニヤリと笑った。

「はい、そうして頂ければ…。」

 佐理はそう答えた。

「決まりだな。」

 葉月が皆川に流し目で合図を送り、其を受けた皆川が

「では、異議が無ければ立会人は篠宮と星河に決定する。」

と言ったが、ビジルの会長である葉月の決めた事に逆らう者など居る筈もなかった。

「他に何も無ければ此でお開きにしよう。」

 葉月がそう言ったので、暗幕が開けられ、部屋の中に光が取り込まれた。

「其では此で解散する。」

 皆川がそう言うと、メンバー達は思い思いに帰り始め、力無く肩を落とした米倉も其に続いた。

 ドアの直ぐ側に立っていた佐理は、擦れ違いざま米倉に

「月曜の朝、二時に迎えに行く。」

と、小声で告げた。

 その様子を見ていた葉月は

「佐理はちょっと残れ。」

と言った。

  希恭は佐理に

「其じゃ、表で待ってる。」

と言って、佐理が頷くのを見ると、先に部屋を出て行った。

 他に誰も居なくなると、佐理は葉月の前に歩み寄って

「何か?」

と尋ねた。

 葉月は机に腰掛けた侭

「米倉をどう思う?」

と尋ねる

 其に対し、佐理は

「別に何とも。」

とだけ答えた。

 葉月も

「そうか。」

と言っただけだったが、その視線はじっと佐理に注がれていた。

「一つ質問為てもよろしいでしょうか?」

 佐理が唐突に尋ねた。

「何だ?」

「何故、あの様な課題を?」

「お前こそどうしてそんな事を訊く?」

 葉月は佐理という人間の機微を一つも見逃すまいとでもするかの様に、じっと見詰めた侭聞き返した。

「葉月さんの考えていた課題は、もっと別な事だった様な気がしたので……」

「それから?」

「いえ、只それだけです……。」

「なら、そんな事お前が気にする必要は無いだろ?」

 葉月は皮肉る様に言ってニヤリと笑った。

「申し訳有りません。」

 佐理は軽く頭を下げた。

「謝る必要は無い、其より、もう帰って良いぞ。」

「え…?」

 葉月の意外な言葉に佐理は少し怪訝な面持ちだ。

「聞こえなかったのか?帰って良いと言ったんだぞ。」

「僕に何か用が有ったのでは?」

「別に、只、お前と少し話がしたかっただけだ、其に星河が待ってるんだろ?」

「はい。」

「なら、もういい。」

「分かりました、では僕は此で失礼します。」

 佐理はそう言って軽く一礼すると、部室を後にした。


 廊下に出ると希恭が待っていて、空かさず声を掛けて来た

「悪い話し?」

 肩を並べて歩きながら希恭が言った。

「いや、只米倉の事を訊かれただけ。」

「米倉の事?」

「ああ。」

「何て?」

「どう思うって。」

「其れだけ?」

「そう、其れだけ。」

 少し呆れた様な顔をした希恭に、佐理は笑って答えた。

「何だ、また何時もの気まぐれか…」

 希恭が拍子抜けした様に言ったので、佐理は

「あながち、そうとも言えない。」

と言った。

「ん?そうなのか…?」

「ああ、葉月さんの気まぐれは怖い……」

 佐理はそう答えておいてから、少し伏し目勝ちになって

「あの人…俺を試した……。」

と呟いた。「佐理…?」

 希恭は佐理の様子に首を傾げた。

(訊くんじゃなかった……)

 佐理は課題について葉月に尋ねた事に後悔の念を抱いた。

「俺とした事が、しくじった…。」

 佐理がそう言って眉をしかめた。

「え、何の事だ?」

 希恭が尋ねた。

「いや、何でも無い、其より早く帰ろう。」

 希恭は佐理の様子が少し気になったが、佐理が笑ってそう答えたのでその場はそれっきりになってしまった。

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