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【相愛・二人の物語】  作者: motomaru
第二章

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電話

「はい、星河で御座います」

 恭子は先程とは打って変わった優しい猫撫で声で応対した。

相手が誰か分からない内は、得てしてそんなものだろうが、つい今しがたまで甲高い声で喚いていたというのに、よくもまぁこうコロコロと変われるものだと、希恭は呆れるやら感心するやらで恭子の顔をマジマジと眺めるのだった。

『ご無沙汰してます、佐理です』

「まあ!!佐理君!?本当に久し振りねぇ」

(え、佐理!?)

 希恭は耳を疑った。

この一年近く、佐理から電話が掛かってくる事など無かったからだ。

「最近覗かないけど元気なの?偶には遊びにいらっしゃいよ」

 恭子が嬉しそうに声を弾ませている。

佐理は恭子に限らず他の母親達の間でもすこぶる評判が良い。

礼儀正しく、おまけに名門校の中でも成績はトップクラスとなれば悪い訳が無い。 

 佐理がビジルの参謀としての顔を部外者に見せる事は決して無いし、父兄の間ではビジルの存在すら誰一人知らないのだから無理もないが、あの他人を見下すような薄笑いを浮かべた佐理を見る事が出来るのは生徒の、それも男子部内だけの事だった。

 しかしその佐理が、実は硝子のように脆く壊れやすい繊細な心の持ち主であることを希恭は知っている。

『ええ、その内寄らせて頂きます。あの、恭……居ますか?』

 受話器の向こうから聞こえる佐理の声は、普通の高校生と何ら変わりは無い。

「居るわよ、ちょっと待ってね」

 恭子は希恭の所へ来て受話器を差し出した。

 希恭はそれを受け取ると、自分の部屋へ引き上げてから応答した。

お陰で恭子のお小言からは解放されることになったが、喜んでばかりもいられない。

「もしもし……佐理……」

『やぁ、今日は楽しんで貰えたかな?』

 受話器の向こうで薄笑いを浮かべた佐理の顔が目に浮かぶ様だ。

「ああ、充分楽しませて貰ったよ」

 希恭はベッドに身を投げ出して答えた。

『それは良かった。で、三日間の自宅謹慎だって?』

「情報が早いな……?」

『まあな、伊達に参謀をやってる訳じゃないからな』

 何故だか分からないが、どうやら佐理は学校側の情報を手に入れることが出来るようなのだ。

「佐理、俺だけの事なら何も言わない。だけど……他の者まで巻き添えにするのは止めてくれ」

『充の事を言ってるのか?お前が課題を拒否するからこんな事になるんだろ?素直にビジルの言う事を聞いてれば良いのに』

 佐理は希恭の感情を逆撫でするように、その言葉の意味とは裏腹な優しい声で答えた。

「俺の気持ちは変わらないよ、そもそもビジルが存在している事自体、間違ってる」

『それは俺も否定するという事か?』

「違う!!そんな事言ってないだろッ!」

 希恭は思わず声を荒げて起き上がった。

『どうしてそうムキになる?たかがお遊びくらいで……』

「お遊び!?」

『そう……俺にとっては遊びのようなものだ』

「お前、最近おかしくなってないか……?絶対おかしいよ……遊びなら尚の事ビジルを解散させろ、それが駄目ならせめてお前だけでもメンバーズを抜けてくれ……」

『生憎その気は無いね、支配階級の優越感とやらに首までドップリと浸かりきってるのに、今更そんな事言っても無理だな』

「嘘だ!!本当のお前はそんな奴じゃない。俺の知ってる佐理は……」

『俺の何を知ってると言うんだ?』

 佐理は希恭の言葉を遮った。

「それは……」

“何を”と言われても言葉で表す事は難しい。 

『俺は卑怯者で偽善者で……今じゃお前の知らない部分のほうが多い』

 佐理の声が静かに響いた。

「そんなこと無い!!人間ってそんな簡単に変わるもんじゃないだろ……?夜ちゃんと眠ってるのか?ちゃんと食事してるのか?」

『何を突拍子も無いことを……他人ひとの心配をする暇が有ったら自分の心配でもしてろ、言い忘れてたけどあの写真……ちゃんと小椋にもプレゼントしておいたからな』

「なんだって!!」

『アハハハ!じゃ、謹慎明け楽しみに待ってるよ』

「あ、佐理待てよ、佐理ッ!!」

〔ブツッ〕と音がして電話は切れてしまった。

「くそっ!!」

 希恭は電話を切って乱暴に机の上に置くと、溜め息を吐きながら再度ベッドに転がって天井を見上げた。

(綾……あれから連絡が無い……こんな時、俺のほうから連絡したほうが良いのかな……どうしたら良い……?教えてくれよ……お前なら何だって知ってるんだろ?佐理……)


 その夜、希恭は久し振りに夢を見た……あの時の夢を……

 心の底から絞り出すように必死で助けを求める佐理の声が、段々……弱く小さくなっていく……

 血の海の中で人形のように横たわる佐理の唇が微かに震え、目の前で血の気が失せていくのを、何も出来ずに、ただ……佐理を掻き抱いて名前を呼び続けた……

 その心の叫びが、佐理の悲痛な思いで満ち溢れた夢の中から希恭を引きずり出す……

「う……あぁ……佐理……死ぬな……佐理……」

 

 希恭はハッと目を覚ました。

夜のとばりに閉ざされた部屋の中はあくまでも暗く静まり返っていて、その静けさが一層心を締め付ける。

 切なさに込み上げる涙が希恭の頬を伝って落ちた。

 こんな時、独りでいることがこんなにも切ないものなのかと希恭は酷く身に染みて、佐理のことを思わずにはいられなかった。

(佐理……お前はこんな思いをどれだけしてきたんだ……こんな切ない夜を……たった独りで……どれだけ過ごしてきたんだ……)

 そう思うと希恭は堪らなく佐理の声が聞きたくなって、思わず受話器を手にしていた。

 呼び出し音が鳴り響く。

五回、六回、七回……

時計に目を遣ると午前二時を指している。

(やっぱり眠ってるのか……)

 希恭が思い直して電話を切ろうとした時〔ガチャ〕っと音がした後に続いて佐理の声が聞こえてきた。 

『はい、篠宮です』

 声はハッキリしている。

「佐理……眠ってた……?」

希恭は静かに尋ねた。 

『希恭……か……?当たり前だろ、今何時だと思ってるんだ』

しかしそう言った佐理の口調は穏やかだった。

「そうか……ごめんな、起こして悪かったよ……」

『こんな夜中にどうしたんだ……?何かあったのか?』

「別に何も……ただ……夢を見たんだ……」

『どうかしてるぞ、夢見たくらいで夜中に電話してくるなんて……』

 佐理は小さな子供を宥めるように優しく言った。

本当にとても優しかった。

「あの時の夢なんだ……それでどうしてもお前のことが気掛かりで……」

『あの時の……』

 佐理か呟いた。

「今でも夢にうなされてるんじゃないかって……眠れないでいるんじゃないかって……心配で……」

『また言ってる、女みたいだぞ。ちゃんと眠ってるよ、食事もちゃんとしてる。でなきゃこうして生きてられないだろ、それに……この頃は夢も見なくなった』

 佐理は嘘を吐いた。

あの時の事が潜在意識の底に根強く残っていて、希恭の心配通り今も麗華の記憶と共に佐理を苛み続けていた。

 眠るのが怖くて、何日も眠れない夜を過ごした後に、薬に頼りながら昏昏と死んだように眠り続ける……

そんな事の繰り返しで、現に今夜希恭から電話が掛かってきた時も眠ってはいなかった。

「それなら良いんだ……却って起こして悪かったな……」

『いや、いいんだ……』

 そう言った切り佐理は黙り込んでしまった。

「佐理……」

希恭は静かに呼び掛けた。

『ん……?』

佐理が小さく答えた。

「何か言ってくれよ……俺……なんか今日……変だ……」

『変って……どんな風に……?』

「上手く言えないけど……胸が……苦しくて……なんだか切ない……」

『それは……俺のせい……そうなんだろ?』

 二人の会話が静かに交わされていく。

「自分でもよく分からない……なのに……どうしょうもなく切なくて……堪らない……」

希恭は声を詰まらせた。

『泣いてるのか……?もう忘れろ、お前が気にすることはない。俺は明日学校なんだ、お前も少し眠れ、眠れば気も晴れる』

佐理はそう言った。

だが、そうでないことは自分が一番よく知っている。

「分かってる……そうするよ」

『恭……電話有難う……嬉しかったよ……』

 佐理が囁くように言った。

「佐理……」

(今……確かに恭って……) 

 佐理の意外な言葉に希恭の心は少しだけ救われる思いがした。

『じゃあな……眠れよ』

 電話が切れた後も希恭は暫くベッドの上で静かに座っていた。

(有難う……嬉しかったよ)

 耳に残る佐理の声が、何度もリフレインしながら心に染みて切なさを溶かしていく。

 以前のような優しい佐理の心に触れ、希恭はそれから朝まで心地良い眠りに着いた。

 今日もまた、佐理が眠れない夜を独りぼっちで明かした事など知る由もないままに……。




 








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