晒し者
慌ただしい朝の学校が今朝はまた一段と騒がしい。
正面玄関の脇にある掲示板の前に人集りが出来ていて、ザワザワとざわめいている。
(なんだろう?)
登校して来た希恭と充は必然的にそっちの方へ引き寄せられて行く。
良く見ると掲示板に何か貼られているようだ。
周りにいた生徒達は希恭の姿を見ると、道を開けて前列へ誘った。
「ああッ!!」
思わず声を上げた充はその場に茫然と立ち尽くした。
途端に辺りから
〔ヒューヒュー!〕という指笛や
「よっお二人さん!!」
などと冷やかしの言葉が飛んでくる。
そこには、充が希恭にキスをした時の写真のカラーコピーが大きく引き伸ばされて貼られていたのだ。
御丁寧に“禁断の愛の行方は……?”と添え書きまでされている。
希恭はいきなり貼り紙を剥がしてグシャグシャにすると、それを手に持ったまま黙って校舎へ入って行った。
充も仕方なく教室へ向かうが、頭の中が混乱していてどうすれば良いのか分からなかった。
しかし写真はそれだけではなかった。
校舎内の掲示板という掲示板の全てや階段の踊り場、廊下の突き当たり、挙げ句は職員室の前にまで同じ物が貼られていたのだ。
希恭は階段を駆け上がって一旦教室に鞄を置くと、片っ端からそれを剥がして回った。
廊下ですれ違う生徒達は希恭の顔を見ると、態とらしくニヤニヤ笑ってみせたり罵倒を浴びせたりする。
希恭は一切を無視したが、完全に晒し者だった。
クラスの者は、いや、学校中の者がまるで奇異なものでも見るように興味本位な視線を投げ掛けてくる。
親しかった者までがよそよそしい態度で希恭を失望させた。
「……かわ、星河!」
授業の終わりにボーっとしていた希恭は、名前を呼ばれた事に気付いて我に返った。
「あ、はっはい!」
「放課後、校長室へ来なさい」
担任が眉を顰めて言った。
「はい。分かりました」
希恭は静かに答えた。
佐理の方へ目を遣ると、佐理は頬杖を付いて机の上のノートに視線を落としたままニヤリと笑っていた。
呼ばれた原因は訊くまでもなく、担任をはじめここに居る全員がよく承知していた。
(気が…重い……)
今朝の事を思うと当然だが、それがおそらく佐理の仕業であろう事を考えると尚更気が重かった。
〔コンコン〕
「星河希恭です、失礼します!」
希恭はノックをした後に声を掛けて校長室のドアを開けた。
「ここへ来て座りなさい」
入って来た希恭に向って教頭が指示する。
歩を進めて衝立で仕切られたソファーの所へ来ると、先に来ていた充と二人の女性が座っていた。
(母さん!!おばさんも……)
学校から呼び出されるのも当然といえば当然だが、希恭は帰ってからの事が思いやられた。
希恭が充と並んで座ると、教頭は一枚の写真をテーブルの上へ置いて四人の前へ指で〔ツーッ〕と滑らせてから話を切り出した。
「先程お母様方には御越し頂いた理由をお話ししたのですが……コレについて説明しなさい」
「何もお話しする事はありません」
希恭が答えた。
事実、希恭から話す事は何も無いし、話したくもなかった。
「話す事は無い?ではこれをどう受け取れば良いのかね?」
教頭は別段怒っている様子も無く、希恭を見て尋ねた。
「それは……」
希恭は言い訳の言葉が見つからず口籠った。
「それは、僕が悪いんです!ほんの悪戯で……」
咄嗟に充が言い訳を始めた。
「写真撮られてたなんて知らなかったんです、こんな大騒ぎになるなんて思ってもみませんでしたから……」
充はバツが悪そうに肩を落として俯いた。
「悪戯ねぇ……」
教頭は眉を顰めた。
恭子達は何も言わず黙って成り行きを見ているようだ。
平静を装ってはいても、内心いかばかりかと思うと冷や汗ものだ。
「それは本当です!僕達は決して……本当に悪戯だったんです、信じて下さい!!」
希恭も真剣に訴えた。
ただでさえ校則では男女交際が禁じられているというのに、況してや男同士ともなれば風紀を乱したという理由で退学にもなりかねない。
「よろしい、まぁそれは信じるとしましょう……しかし、我が校はミッション系なのですから、こんな事が世間に知れればそれこそ悪戯では済まなくなるのですよ、強いて言えば名門紫苑の名を汚す事にもなりかねません。君達にしてみればただの悪戯に過ぎなくてもこの写真で校内を騒がし、他の生徒達に迷惑を掛けた事は事実です」
「それは……認めます」
希恭は素直に認めた。
「それに星河君は最上級生なのですから、もう少し言動に注意しなければなりません。分かりますね?」
「はい。申し訳有りませんでした」
希恭はハッキリした口調で答えると、深く頭を下げた。
「では君達に三日間の自宅謹慎を申し渡します。お母様方もそれでよろしいですね?」
教頭が頷くようにして返答を求める。
「はい。結構です」
恭子達が口を揃えて答えた。
「君達も?」
教頭は念を押すように希恭達に尋ねた。
「はい」
「はい」
希恭達もやむなく従った。
不本意ではあるが、学校中を騒がせた事は否めない。
「では、これでお引き取り頂いて結構です。君達は反省文を書いて謹慎明けに提出しなさい」
教頭は立ち上がると恭子達に一礼した。
恭子達も慌てて立ち上がるとそれに応えるように深々と頭を下げた。
恭子は教頭が出て行くのを横目で見ながら、残された写真をバッグにしまい込んで
「帰りますよ」
少しきつい口調で希恭達を促した。
玄関を出て恭子の車に乗り込むと、それまで黙っていた郁恵が“やれやれ”といった具合に口を開いた。
「全くもうこの子達は親に恥をかかせて……!」
「本当よ!悪戯も程々にしなさい!!」
車を出しながら恭子も相槌を打つ。
「母さん、信じてくれたんだね?」
後部座席から身を乗り出して希恭が尋ねた。
「当たり前でしょ、いくら仲が良いからって……それくらい分かってるわよ、親なんだから」
恭子はルームミラーで希恭の顔をチラッと見て答えた。
それを聞いて少し安心したが、恭子達には申し訳無く思えた。
「理解のある親で良かったね」
充が冗談めかしに言った。
「何言ってんの、原因は充……貴方なんでしょ?少しは反省しなさい!!」
郁恵が咎めるように言った。
いくら親しいといっても、さすがに母親のヒステリーを曝け出すことは憚られたようで、車の中は結構和やかな雰囲気だった。
が、しかしそれも家へ帰り着くと話は違ってくる。
車をガレージに入れた後、恭子は家の中に入ってリビングに移るなり口火を切る。
「そこへ座んなさい」
から始まり、愚痴とも説教とも取れない文句が長々と続く。
「どうしてこうなったのか、お母さんが納得出来るように説明してちょうだい」
分かっていると言っておきながらこれだ。
母親というものは子供の事なら何でも知っていると自負している癖に、自分の知らない面がちょっとでも顔を覗かせようものなら、仰天して根掘り葉掘り問い詰めてくる。
全く、女という生き物はどうしてこうも知りたがりなのだろうと、男なら誰でも共感し得る、あの……男の勝手な論理というヤツを希恭はつい……抱いてしまう。
「だから悪戯だって言っただろ……!」
「だから!その悪戯がどうしてこうなるの?一体誰が言い出したのよ!?」
「知らないよ、誰からともなく言い出したんだろ、賭けみたいなもんだよ。ホラ、何となく人前でこんな事出来るか出来ないかなんて言い出して、後に引けなくなる事ってよく有るじゃないか」
「無いわよ!!高三にもなってそんな馬鹿な事有りますか、普通なら後の事考えるでしょ?まったく一昨日は顔腫らして帰ってくるし……一体学校で何やってるの?こんな事お父さんが知ったら何て言うか……」
(今頃……充も絞られてるんだろうな……)
希恭は眉間に皺を寄せた恭子をよそに、ふとそんな事を考えながら
「父さんに話すの?」
と尋ねた。
「話せる訳ないでしょ、いくら悪戯でも自分の息子が男同士でキスして学校に呼び出されたなんて知ったら、血圧が上がってしまうわよ!!」
恭子がヒステリックに答えた。
と、その時リビングの電話が突然鳴り始めた。
恭子は出しかけた言葉を呑み込んで一瞬躊躇いを見せた後、仕方なくコードレスの受話器を取り上げた。
ベルの音に救われて一息つけた、というところだが、その反面自分の中に重苦しい気分が滞っていることを希恭は冷静に自覚していた。




