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郊外の杖工房 ―十五秒・一筆の軌跡―  作者: 木兎太郎
〈序章:杖工房を知る〉

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3/3

第三話 ボアボーアにゾワゾーワ

※ この小説は、あえて短文・縦長で描いております。スマホで読みやすいような形をイメージしております。


◇―◇―◇


 数分の待機後、クライブが杖工房:コリドーから出てくる。

 レトは少年に視線をやった。

 和服に袖を通した、自分と同じ年頃の白髪の子供。

 印象的な雰囲気はあるが、それ以上ではない。


 先ほどまでとの変化は、腰に付けた小さなポーチくらいだ。

 しかし、レトはアレが何か知っていた。


「……もしかして、マジックバック?」

「そだぞ。これに杖が入っているんだ」

「商品ってわけね」


 無論、超高級品である。

 空間魔法が施されており、見た目以上の容量がある。

 だが、今さら指摘する気にもなれなかった。

 このクライブは、未だに未知数である。


 一旦、マジックバッグについては思考から追い出す。

 レトは自分の手にある赤樫の杖を眺める。

 本来であれば、これも商品になるはずだったのだろうか。


「この杖って、名前とかあるの?」

「オマエの為に作ったんだ。オマエが決めろ」

「え? ……名付けって重要なことじゃないの?」

「そりゃ時と場合による。オマエのは宣伝用じゃない」


 クライブは淡々と言った。

 興味なさげに欠伸までする始末である。

 何となく、レトは他の意図を嗅ぎ取っていた。


「わ、私が実力不足だから、名付けても宣伝にさえならないってこと?」

「まぁ、そうだ。どうせ歴史に埋もれる一本の杖でしかない」


 容赦のない酷い言いようである――が、間違っていない。

 超一流の装備する、名前のある杖。

 だから、背景に杖の製作者が透けて宣伝にもなる。

 しかし、今のレトでは――……


「おい、いつになったら出発するんだ?」


 思考の隙間に、クライブの言葉が挟まった。

 少し前の言葉が、まだ解決できていないのに。


「わ、私は、どっちに行けばいいのかも分からないから」

「……アッチだぞ」


 黒っぽい義手の指を伸ばして、レトが方角を示した。

 コリドーから反対に向かって進めばいいらしい。

 和服の裾が揺れて、白い斑点に視線を奪われる。


「りょ、了解。それじゃ出発するから」

「――おいッ!」


 ムスッとしながらも、レトは指示通りに進もうとする。

 だが、そこでクライブに呼び止められた。

 ガクッとブレーキを踏んで、レトは生意気な少年を睨んだ。


「――歩かせる気か? 俺は雇い主だぞ」


 指をワシワシと嫌らしく動かしながらクライブが言った。

 ふざけたヤツだ、との言葉をレトは口内に封じ込めた。

 良い杖をくれた雇い主――これは事実である。

 ――が、すでに後悔し始めてもいる。

 どうして、一人で出発せずに残ってしまったのか。 


 首を左右に振るって邪念を追い出す。

 それから、レトは少年の側で屈んだ。

 おそらく、「おぶれ」との意味のジェスチャーだろう、と。


 ――が、そこでレトの肩をクライブの右足が跨いだ。

 顔の右隣りに現れた脛に、少女はギョッと目を丸くする。

 脛毛も臭いも無く、驚愕が先行して不快感は無かった。

 それから少年の左足が左肩を越えてくる。

 ……――つまり、肩車である。

 愛する我が子の為に、父親がアトラクションに化ける。

 そんな一幕はレトにも見覚えがあった。

 しかし、思春期の男女がするのは見たことがない。

 せめて……せめて上下が逆であるべきだ。


 レトの頭がポンポンと叩かれる。

 足を止めた馬に、優しく指示を出してやるみたいに。

 使命感半分、憤怒半分で、少女は立ち上がろうとした。

 だが、どれだけ脚に力を込めようが、浮上することができない。

 あくまで彼女は魔導士、力に自信がある方では無かった。

 

「オマエは馬鹿か? 魔法を使えよ」

「マジでムカつく。ぶん殴りたいくらい」

「身体を強化しろ。杖を渡しただろ」

「……身体強化は得意分野じゃない」

「オレは客だぞ。そしてオマエは客を選べる状況じゃない」


 杖なしで森に放り出されてしまえば――……すぐに危機感が追ってくる。

 一先ず文句を呑み込んで、レトは言われた通りにする努力を始める。

 赤樫の杖に魔力を通して、それを反芻するみたいに自分へ戻した。

 いとも簡単に身体へと魔力が巡り始める。

 杖、レト、杖、レト、杖、レト――と、完全に魔力が循環している。


 集中力が高まる――その瞬間、またポンポンと頭を叩かれる。

 直後にレトは憤怒に従順になって脚に力を込めた。

 スッと身体が浮上する。

 何の抵抗も無く、脚が直線を描いていた。

 もはや彼女は、疑問気に自分の足を眺めていた。


 嘘は、ついていなかった。

 身体能力強化は、レトにとって最も苦手な分野だった。


「なにこれ……どいうこと?」

「それだけオマエの杖はゴミだった。そんだけの話だ」

「で、でも、こんなに差が出るなんて……」


 これまでの負の実績が、一瞬にしてレトの脳に積みあがる。


「だ、だって……だって学校では――……ッ」


 そこまで言って、レトはハッとなって言葉を止める。

 少年の反応を窺って、少しの間が空いた。


 ――が、そこでもポンポンと頭を叩かれるだけ。

 少しムカつきはしたが、ホッと安堵の息を落とした。

 少年の指示に従って、レトは歩き始める。


 獣道以上、道路未満――のような草の無い森の割れ目が続いている。

 周囲は鬱蒼としていて、決して油断はできない。


「……オマエには光属性魔法の適性がある」


 上からクライブのボソッとした声が降ってくる。

 レトは反射的に「え?」と聞き返していた。

 これまでに彼女が蓄えてきた自分の常識とは乖離していたからだ。

 火属性が得意である、との自認があった。


「ニッシッシ、オマエ、かなりの貧乏人だろ?」

「うッ……いちいちムカつく言い方をして……」

「魔法属性の適性検査を受けられなかったんだな」

「ま、魔法を使っていれば、ある程度の適性は勝手に理解できるものでしょ」

「まともな杖を使っていれば、な」

「そ、それは……」


 数回のラリーで、レトは返す球を失った。


「安い杖にだって個性はある。オマエは今まで杖の個性に引っ張られてたんだ」

「あ、あの杖は火属性の魔法に適性があったってこと?」

「そういう偏りのある杖だった。それも多分、意図しない偏りだな」


 要約すれば製造ミスである。

 レトは絶句していた。


「で、でも、やっぱり信じられない」

「こんなに楽々とオレを乗せて歩いているのにか?」

「うッ……そ、それは――……」

「光属性の得意分野は回復や身体能力強化、これ以上ない証拠だと思うが?」

「……う、うぅ」


 完全なる論破に、レトは飢えた獣のような声で答えた。


「ニッシッシ、まぁ、誤認しやすい属性ではある。光と火は似てるしな」

「ク、クライブにフォローされるなんて……」

「ニッシッシ、感動してくれて何よりだ」

「ど、どうやって私の適性を調べたの?」

「おッ、詳しく聞きたいのか?」


 と言って、レトの顔の前にクライブの義手が降りて来る。

 少年の義手は、ワシワシと嫌らしく動いていた。

 まるで、何かを揉みしだくみたいに。


「やっぱり、いいです。聞きたくなくなった」

「まぁ細かい事は気にするな」

「乙女にとっては、あんまり細かくない気がする」

「そんなことより、アッチを見ろ。ちょうど良いのが歩いているぞ」


 クライブの義手が、また一定の方角を指し示した。

 断然「そんなことより」との部分が気になったが、一先ず感情を飲み下す。

 少年の指先を視線で追って、レトは今日何度目かに目を丸くした。


 ……――ボアボーアである。


 つい数刻前に、彼女を殺しかけた魔物だ。

 足と息を同時に止めて、なんとか気配を消す。

 あの恐怖を回顧して鳥肌が立つ。

 冷や汗が少女の頬を撫でる。

 どうにかして、この場をやり過ごさなければ――……


「――やい醜い豚野郎ッ! コッチだぞッ!」


 一瞬にして、レトの潜伏は無駄になった。

 頭上にいる満面の笑みを浮かべたクライブによって。


 勿論、ボアボーアは二人を睨みつけてきた。

 相手は獣だというのに、眉間に皺が寄ったのがハッキリわかる。

 あの凶悪かつ巨大な猪は、確実に苛立っているのだ。

 すぐに二人へ進行方法を定めて、後ろ足で地面を何度も蹴る。


「ファ、ファファ、ファ――……」

「――おい、教えたろ。オマエの適性は何だ?」


 レトは「ファ」の口のままで、クライブの言葉を反芻していた。

 少年の冷静沈着な言葉が、わずかに少女を落ち着かせる。

 レトは深呼吸を一つ挟んだ。

 今まで蓄えてきた知識が、次々と彼女の脳内に列挙される。

 

 ……光属性魔法は、他の魔法とは明確に違う。

 球体に整えても、剣や槍に整えても、高い破壊力は期待できない。

 今までの授業を思い出すんだ。

 この瞬間に、全てを、今までの全てを……――収束させる。


 ――ボンッ!


 ボアボーアの加速する、爆ぜるような音が鳴った。

 瞬く間に巨体は二倍に、三倍にも膨れ上がる。

 しかし、それは距離感による視覚的な変化でしかない。

 今のレトは、ボアボーアを等身大にて捉えられていた。


「……――【フォトン・レイ】」


 ボソリと、あくまで平坦に少女は言った。

 その瞬間、杖の先端に光が収束。

 発動者である彼女でさえ、目を細める必要があった。

 

 光の帯が、一直線にボアボーアの額と繋がる。

 いや、あまりの早さに、気付いた時には繋がっていたのだ。

 ほんの数秒間、それは続いて……――大猪は足を止めた。

 トコトコと街道を歩いて、ふと気になる店を見つけたみたいに。


 おおよそ一メートルくらいにまで、巨体は迫って来ていた。

 わずかに呼気の音が聞こえるくらいの距離である。


 ――が、ついに巨体が膝から崩れる。

 繋がっていた糸が切れたみたいに、地面に横たわったのだ。

 数舜の間を開けて、ボアボーアの額からゴボゴボと血が零れ始める。

 少女は自分の成した現状に追いつけず、呆然としていた。


 だが、そこで頭をポンポンと叩かれる。

 上から「降ろして」との場に合わない優しい声が降りて来た。

 もはや半自動的に、レトは屈んでいた。

 クライブの両足が肩から外れて、地面に降り立つ。

 少年はボアボーアの亡骸に近寄った。

 ジッと額を見つめてから、プッと息を吹き出した。


「ニッシッシ、まだまだってとこだな」

「…………え?」

「本来なら血なんて吹き出ないはずだ。組織を焼き切って塞ぐからな」

「…………え?」

「まぁ、三流の駆け出し魔導士として、今後も励め」


 クライブの偉そうな助言によって、ようやくレトは現実に戻ってこれた。

 少年への純然たる憤怒が、幾重にも生じていた余計な感情を追い出したのだ。

 思わずレトは溜息を吐いていた。

 まったく、このガキは……という苛立ちを少しでも抑えるために。

 それから、首を左右に振るって、少女は歩き始める。


「――おいッ!」


 しかし、そこでまた呼び止められてしまった。

 続く言葉は想像できる。


「――歩かせる気か? 俺は雇い主だぞ」


 その口調まで、寸分違わずにレトの想定と一致していた。

 だから、今回は怒りを最低限に抑えられた。

 グッと奥歯を噛みしめてから、レトは素直に腰を落とした。

 また右肩を、続けて左肩をクライブの足が跨いでくる。

 少年の足は、細くて白くて――女性的であるほどに美しい。

 それが、せめてもの慰めであった。


 また魔力を身体と杖に循環させて、身体能力強化を自らに施す。

 レトはスッと立ち上がる。

 相変わらず、自分でも驚くほどの効果である。

 ほとんど苦労は無く、簡単に足が進んでいくのだ。


 そんな最中に、ふとレトは右側に視線をやる。

 少し焦げっぽい匂いがしていた。


 ……――木に穴が開いている。


 綺麗な円形をした穴に、レトは一つの答えを得る。

 通り過ぎて、完全に見えなくなるまで、少女の視線は穴に囚われていた。

 あの空洞の先に見える景色に、レトは思いをはせていた。


 やはり、あの瞬間、杖工房の前にて自分は正解を選んだのだ、と。

 クライブを待たなければ、この成果は得られなかった。

 いつの間にか、少女の足取りからは迷いが消えていた。

 ただ一心に前進している。

 少年の指し示した方角へと、只々ひたすらに。 


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