第三話 ボアボーアにゾワゾーワ
※ この小説は、あえて短文・縦長で描いております。スマホで読みやすいような形をイメージしております。
◇―◇―◇
数分の待機後、クライブが杖工房:コリドーから出てくる。
レトは少年に視線をやった。
和服に袖を通した、自分と同じ年頃の白髪の子供。
印象的な雰囲気はあるが、それ以上ではない。
先ほどまでとの変化は、腰に付けた小さなポーチくらいだ。
しかし、レトはアレが何か知っていた。
「……もしかして、マジックバック?」
「そだぞ。これに杖が入っているんだ」
「商品ってわけね」
無論、超高級品である。
空間魔法が施されており、見た目以上の容量がある。
だが、今さら指摘する気にもなれなかった。
このクライブは、未だに未知数である。
一旦、マジックバッグについては思考から追い出す。
レトは自分の手にある赤樫の杖を眺める。
本来であれば、これも商品になるはずだったのだろうか。
「この杖って、名前とかあるの?」
「オマエの為に作ったんだ。オマエが決めろ」
「え? ……名付けって重要なことじゃないの?」
「そりゃ時と場合による。オマエのは宣伝用じゃない」
クライブは淡々と言った。
興味なさげに欠伸までする始末である。
何となく、レトは他の意図を嗅ぎ取っていた。
「わ、私が実力不足だから、名付けても宣伝にさえならないってこと?」
「まぁ、そうだ。どうせ歴史に埋もれる一本の杖でしかない」
容赦のない酷い言いようである――が、間違っていない。
超一流の装備する、名前のある杖。
だから、背景に杖の製作者が透けて宣伝にもなる。
しかし、今のレトでは――……
「おい、いつになったら出発するんだ?」
思考の隙間に、クライブの言葉が挟まった。
少し前の言葉が、まだ解決できていないのに。
「わ、私は、どっちに行けばいいのかも分からないから」
「……アッチだぞ」
黒っぽい義手の指を伸ばして、レトが方角を示した。
コリドーから反対に向かって進めばいいらしい。
和服の裾が揺れて、白い斑点に視線を奪われる。
「りょ、了解。それじゃ出発するから」
「――おいッ!」
ムスッとしながらも、レトは指示通りに進もうとする。
だが、そこでクライブに呼び止められた。
ガクッとブレーキを踏んで、レトは生意気な少年を睨んだ。
「――歩かせる気か? 俺は雇い主だぞ」
指をワシワシと嫌らしく動かしながらクライブが言った。
ふざけたヤツだ、との言葉をレトは口内に封じ込めた。
良い杖をくれた雇い主――これは事実である。
――が、すでに後悔し始めてもいる。
どうして、一人で出発せずに残ってしまったのか。
首を左右に振るって邪念を追い出す。
それから、レトは少年の側で屈んだ。
おそらく、「おぶれ」との意味のジェスチャーだろう、と。
――が、そこでレトの肩をクライブの右足が跨いだ。
顔の右隣りに現れた脛に、少女はギョッと目を丸くする。
脛毛も臭いも無く、驚愕が先行して不快感は無かった。
それから少年の左足が左肩を越えてくる。
……――つまり、肩車である。
愛する我が子の為に、父親がアトラクションに化ける。
そんな一幕はレトにも見覚えがあった。
しかし、思春期の男女がするのは見たことがない。
せめて……せめて上下が逆であるべきだ。
レトの頭がポンポンと叩かれる。
足を止めた馬に、優しく指示を出してやるみたいに。
使命感半分、憤怒半分で、少女は立ち上がろうとした。
だが、どれだけ脚に力を込めようが、浮上することができない。
あくまで彼女は魔導士、力に自信がある方では無かった。
「オマエは馬鹿か? 魔法を使えよ」
「マジでムカつく。ぶん殴りたいくらい」
「身体を強化しろ。杖を渡しただろ」
「……身体強化は得意分野じゃない」
「オレは客だぞ。そしてオマエは客を選べる状況じゃない」
杖なしで森に放り出されてしまえば――……すぐに危機感が追ってくる。
一先ず文句を呑み込んで、レトは言われた通りにする努力を始める。
赤樫の杖に魔力を通して、それを反芻するみたいに自分へ戻した。
いとも簡単に身体へと魔力が巡り始める。
杖、レト、杖、レト、杖、レト――と、完全に魔力が循環している。
集中力が高まる――その瞬間、またポンポンと頭を叩かれる。
直後にレトは憤怒に従順になって脚に力を込めた。
スッと身体が浮上する。
何の抵抗も無く、脚が直線を描いていた。
もはや彼女は、疑問気に自分の足を眺めていた。
嘘は、ついていなかった。
身体能力強化は、レトにとって最も苦手な分野だった。
「なにこれ……どいうこと?」
「それだけオマエの杖はゴミだった。そんだけの話だ」
「で、でも、こんなに差が出るなんて……」
これまでの負の実績が、一瞬にしてレトの脳に積みあがる。
「だ、だって……だって学校では――……ッ」
そこまで言って、レトはハッとなって言葉を止める。
少年の反応を窺って、少しの間が空いた。
――が、そこでもポンポンと頭を叩かれるだけ。
少しムカつきはしたが、ホッと安堵の息を落とした。
少年の指示に従って、レトは歩き始める。
獣道以上、道路未満――のような草の無い森の割れ目が続いている。
周囲は鬱蒼としていて、決して油断はできない。
「……オマエには光属性魔法の適性がある」
上からクライブのボソッとした声が降ってくる。
レトは反射的に「え?」と聞き返していた。
これまでに彼女が蓄えてきた自分の常識とは乖離していたからだ。
火属性が得意である、との自認があった。
「ニッシッシ、オマエ、かなりの貧乏人だろ?」
「うッ……いちいちムカつく言い方をして……」
「魔法属性の適性検査を受けられなかったんだな」
「ま、魔法を使っていれば、ある程度の適性は勝手に理解できるものでしょ」
「まともな杖を使っていれば、な」
「そ、それは……」
数回のラリーで、レトは返す球を失った。
「安い杖にだって個性はある。オマエは今まで杖の個性に引っ張られてたんだ」
「あ、あの杖は火属性の魔法に適性があったってこと?」
「そういう偏りのある杖だった。それも多分、意図しない偏りだな」
要約すれば製造ミスである。
レトは絶句していた。
「で、でも、やっぱり信じられない」
「こんなに楽々とオレを乗せて歩いているのにか?」
「うッ……そ、それは――……」
「光属性の得意分野は回復や身体能力強化、これ以上ない証拠だと思うが?」
「……う、うぅ」
完全なる論破に、レトは飢えた獣のような声で答えた。
「ニッシッシ、まぁ、誤認しやすい属性ではある。光と火は似てるしな」
「ク、クライブにフォローされるなんて……」
「ニッシッシ、感動してくれて何よりだ」
「ど、どうやって私の適性を調べたの?」
「おッ、詳しく聞きたいのか?」
と言って、レトの顔の前にクライブの義手が降りて来る。
少年の義手は、ワシワシと嫌らしく動いていた。
まるで、何かを揉みしだくみたいに。
「やっぱり、いいです。聞きたくなくなった」
「まぁ細かい事は気にするな」
「乙女にとっては、あんまり細かくない気がする」
「そんなことより、アッチを見ろ。ちょうど良いのが歩いているぞ」
クライブの義手が、また一定の方角を指し示した。
断然「そんなことより」との部分が気になったが、一先ず感情を飲み下す。
少年の指先を視線で追って、レトは今日何度目かに目を丸くした。
……――ボアボーアである。
つい数刻前に、彼女を殺しかけた魔物だ。
足と息を同時に止めて、なんとか気配を消す。
あの恐怖を回顧して鳥肌が立つ。
冷や汗が少女の頬を撫でる。
どうにかして、この場をやり過ごさなければ――……
「――やい醜い豚野郎ッ! コッチだぞッ!」
一瞬にして、レトの潜伏は無駄になった。
頭上にいる満面の笑みを浮かべたクライブによって。
勿論、ボアボーアは二人を睨みつけてきた。
相手は獣だというのに、眉間に皺が寄ったのがハッキリわかる。
あの凶悪かつ巨大な猪は、確実に苛立っているのだ。
すぐに二人へ進行方法を定めて、後ろ足で地面を何度も蹴る。
「ファ、ファファ、ファ――……」
「――おい、教えたろ。オマエの適性は何だ?」
レトは「ファ」の口のままで、クライブの言葉を反芻していた。
少年の冷静沈着な言葉が、わずかに少女を落ち着かせる。
レトは深呼吸を一つ挟んだ。
今まで蓄えてきた知識が、次々と彼女の脳内に列挙される。
……光属性魔法は、他の魔法とは明確に違う。
球体に整えても、剣や槍に整えても、高い破壊力は期待できない。
今までの授業を思い出すんだ。
この瞬間に、全てを、今までの全てを……――収束させる。
――ボンッ!
ボアボーアの加速する、爆ぜるような音が鳴った。
瞬く間に巨体は二倍に、三倍にも膨れ上がる。
しかし、それは距離感による視覚的な変化でしかない。
今のレトは、ボアボーアを等身大にて捉えられていた。
「……――【フォトン・レイ】」
ボソリと、あくまで平坦に少女は言った。
その瞬間、杖の先端に光が収束。
発動者である彼女でさえ、目を細める必要があった。
光の帯が、一直線にボアボーアの額と繋がる。
いや、あまりの早さに、気付いた時には繋がっていたのだ。
ほんの数秒間、それは続いて……――大猪は足を止めた。
トコトコと街道を歩いて、ふと気になる店を見つけたみたいに。
おおよそ一メートルくらいにまで、巨体は迫って来ていた。
わずかに呼気の音が聞こえるくらいの距離である。
――が、ついに巨体が膝から崩れる。
繋がっていた糸が切れたみたいに、地面に横たわったのだ。
数舜の間を開けて、ボアボーアの額からゴボゴボと血が零れ始める。
少女は自分の成した現状に追いつけず、呆然としていた。
だが、そこで頭をポンポンと叩かれる。
上から「降ろして」との場に合わない優しい声が降りて来た。
もはや半自動的に、レトは屈んでいた。
クライブの両足が肩から外れて、地面に降り立つ。
少年はボアボーアの亡骸に近寄った。
ジッと額を見つめてから、プッと息を吹き出した。
「ニッシッシ、まだまだってとこだな」
「…………え?」
「本来なら血なんて吹き出ないはずだ。組織を焼き切って塞ぐからな」
「…………え?」
「まぁ、三流の駆け出し魔導士として、今後も励め」
クライブの偉そうな助言によって、ようやくレトは現実に戻ってこれた。
少年への純然たる憤怒が、幾重にも生じていた余計な感情を追い出したのだ。
思わずレトは溜息を吐いていた。
まったく、このガキは……という苛立ちを少しでも抑えるために。
それから、首を左右に振るって、少女は歩き始める。
「――おいッ!」
しかし、そこでまた呼び止められてしまった。
続く言葉は想像できる。
「――歩かせる気か? 俺は雇い主だぞ」
その口調まで、寸分違わずにレトの想定と一致していた。
だから、今回は怒りを最低限に抑えられた。
グッと奥歯を噛みしめてから、レトは素直に腰を落とした。
また右肩を、続けて左肩をクライブの足が跨いでくる。
少年の足は、細くて白くて――女性的であるほどに美しい。
それが、せめてもの慰めであった。
また魔力を身体と杖に循環させて、身体能力強化を自らに施す。
レトはスッと立ち上がる。
相変わらず、自分でも驚くほどの効果である。
ほとんど苦労は無く、簡単に足が進んでいくのだ。
そんな最中に、ふとレトは右側に視線をやる。
少し焦げっぽい匂いがしていた。
……――木に穴が開いている。
綺麗な円形をした穴に、レトは一つの答えを得る。
通り過ぎて、完全に見えなくなるまで、少女の視線は穴に囚われていた。
あの空洞の先に見える景色に、レトは思いをはせていた。
やはり、あの瞬間、杖工房の前にて自分は正解を選んだのだ、と。
クライブを待たなければ、この成果は得られなかった。
いつの間にか、少女の足取りからは迷いが消えていた。
ただ一心に前進している。
少年の指し示した方角へと、只々ひたすらに。




