第二話 杖工房:コリドー
「……――じ、時空間魔法を使ったの?」
もはや聞かずにはいられず、少女は身体を起こして少年を見つめた。
少女へ視線をやることなく、少年はコクリと頷いた。
少女は絶句していた。
一時的に会話がフリーズしたようなものだ。
「……――クライブだ」
「…………え?」
「オレは【クライブ】だ。オマエは?」
「あ、あぁ……名前ね。私は【レト】。……今は冒険者かな」
周囲を警戒して、レトは動けなかった。
不用意に動くことこそが、この場では最も危険であると知っていたから。
自分の危機感を具体的な形にする為に、レトは警戒しつつも口を開いた。
「クライブは【杖工師】なの?」
杖工師とは、杖の製作を生業とする者の総称である。
「そうだ。オマエは【魔導士】か?」
「う、うん、そうだよ」
また会話が途切れる。
二人ともが会話に不得手、まだまだ探り合いの段階である。
しかし、レトには時間が無かった。
そんなレトの仕草から、クライブは彼女の焦燥を見抜いていた。
椅子をクルリと回して、レトへと身体を向ける。
「安心しろ。今のところ時空の綻びは無い。この部屋は安全だ」
「そ、そうなの。……少し警戒しすぎたのかも」
周囲に視線を巡らせつつ、レトは慎重に立ち上がった。
クライブはクスリと笑って、レトへと杖の端材である枝の破片を投げる。
その瞬間、それは少女の許に到達することなく、彼女の目の前にて消失した。
目を見開いて、「うわッ!?」とレトは上体を仰け反らせて尻もちをつく。
またクライブはクスリと笑った。
「ニッシッシ……――嘘だよ。杖工房の危険性は十分に認識しているようだな」
「じ、人命に関わるレベルの悪戯は止めてよ」
「どこに危険があるのか見せた方が早いかと思ってさ」
ムッと怒りの感情が込み上げたが、レトは首を横に振るって自制する。
この場の主導権はクライブにある、と知っていたからだった。
とはいえ、彼の肩を揺らして笑う姿を見れば、また怒りが再燃してしまう。
一旦は少年から視線を外して、この工房そのものを眺めることにした。
10メートル四方くらいの部屋で、床には鉄板が敷いてある。
これは壁にも床にも言えることだが、青いインクが飛び散った形跡があった。
壁の上部には敷き詰めるように棚が並んでいる。
杖に使うであろう骨やら枝やらがあって、やや雑ではあるが整理されている。
部屋の奥側には机と椅子が一つずつ、扉側には少しだけ空間が余っている。
「それにしても……ここが杖工房か。初めて来た」
「法律で厳重に縛られた場所だからな」
「この【時空の綻び】のせいで、でしょ?」
レトは視線を細めて目の前を注視する――も、綻びは目に見えなかった。
このままでは危険だから、自分の知識を確認する必要があると思った。
有識者であろうクライブに対して、現状を解説することで。
「その構造上、杖の製作工程には魔法による【時間回帰】が用いられる。言うまでもなく、時空間に干渉することは、世界の理に触れる危険な行為。この目には見えない【時空の綻び】のような、天然の凶器を生成する恐れがある」
「オレたち杖工師は、郊外に工房を作るように法規制されている。まぁ、納得しているけどな。杖工房の危険性は、オレたちが一番に理解しているし」
クライブは真意を隠しながら苦笑して、首を左右に振るだけだった。
そんな少年の姿に、レトは罪悪感を抱いていた。
自分たちのような魔導士は、彼らが居るからこそ戦えるのだ。
しかし、繁栄する魔導士に対して杖工師は――……
「オレには夢がある。この道を自ら選んだんだ。だから同情はしてくれるな」
「……その、ごめんなさい」
「まぁ、いいさ。優しさなのは理解してるよ」
少年の力強い視線を受けて、レトは考えを改めた。
「因みに、どうして時空間魔法が必要になるのかは知っているのか?」
「も、もちろん。杖を割って【魔力回廊】を筆で書き込むからでしょ?」
「正解、やるじゃんか。最も重要なのは【魔力回廊】だからな。これによって杖は使用者の魔法発動の補助・強化をするわけだ」
「でも、外に書けば回廊が傷つく恐れがある。割って内側に書いて接着するだけでは、杖そのものが脆弱になってしまう」
「だから、オレ達は時間回帰で杖を割った事実を消す。杖の強度は弱らない」
部屋に入った瞬間に目にした、あのクライブの美しい姿をレトは回顧していた。
しかし、そこで疑問が一つ追ってくる。
「気になったんだけど、時間回帰したら描かれた魔力回廊まで消えちゃわないの?」
「特殊なインクを使って書いてるからな」
「そのインクって?」
「時間回帰に影響されない特殊な粉末を混ぜてある」
「詳しく聞いても?」
「――企業秘密だ。作る杖の性能に関わる部分なんでな」
「なるほど。他の杖工師と差をつける部分でもあるってわけか」
であれば、それ以上に聞くのはマナー違反である。
また会話が途切れる――も、今度は危機感が追ってきた。
「そ、そういえば、どのくらい私は寝てた?」
「六時間は経過しているな」
「それなら、まだギリギリで帰れるかな」
「その状態で帰るつもりなのか?」
「傷のことは……今は我慢する」
「いや、違うぞ。オマエには致命的な問題が残ってる」
「……な、なんの話をしているの?」
「杖はどうするつもりだ?」
と言って、クライブは口角を上げて笑みを作る。
やや下卑た感じがして、思わずレトは身構えていた。
ここは杖工房、だから杖は手に入るのかもしれない――が、何を要求されるのか。
主導権はクライブにある。
彼に悪戯っぽいところがあるのは明らかだった。
「まぁ、とりあえずコレを使え。さっき作ったヤツだ」
クライブはレトへと杖を投げた。
急に手元に杖が来て、アワアワとしつつもレトは受け止める。
魔導士の本能というべきか、レトは杖に夢中になった。
赤みのある木材で作られており、よく磨かれているのか艶がある。
あえて凹凸の作られた持ち手部分が、長年使ってきたかのように手に馴染んだ。
それ以外は一直線、もはや槍のようにも見えるくらいだった。
装飾は無いが、その武骨さがレトの趣味にも合っている。
「これって……もしかして赤樫なの?」
「まぁな。硬くて粘りのある良い木だ。鉄並みに硬いと称されることもある」
「で、でも、そんな良い物なら貰えないよ。御金も……無いし」
「とにかく、まずは外に出よう」
答えを得られないまま、レトは外へと誘われる。
嫌な予感がしつつも、今は他に選択肢がない。
一刻も早く帰宅する必要がある。
そんな危機感に彼女は突き動かされていた。
◇―◇―◇
「へぇ、【コリドー】って名前だったんだ」
レトは振り返って杖工房の看板を見上げた。
決して主張は強くない。
二階建ての一軒家の上部に、細長い看板が飾ってある。
明るい色の板に、青で文字が刻印されていた。
同時に周囲へと視線を巡らせる。
森は開拓されて、工房の前には広い庭がある。
これといって装飾は無いが、とにかくスペースが空けてある感じだ。
よく目を凝らすと、地面には幾つか窪みがある。
杖のテストに使うスペースである、とレトは直ぐに気づいた。
そんなレトの横を通って、家の裏に向かったクライブが戻ってくる。
彼は肩に2メートルほどの木材を担いできて、おもむろに地面へと突き立てた。
それからクライブはレトの隣に立ち、彼女の右手首に腕時計のような装置を巻いた。
疑問げに視線を返すレト、応じずクライブは一つ頷くだけだった。
勿論、レトはクライブの意図を理解した。
「ファ、ファファ、ファイアーボール!」
……――瞬間、レトは目を丸くした。
自身の常識とは乖離したサイズの火の玉が目の前を駆け抜けていった。
それは木材へと直進して……――ボンッ!!
想定を超える物騒な音を奏でたのだ。
木材までの距離は十メートルと少しくらい。
なのに、レトは少しだけ顔が熱かった。
「こ、これって……馬鹿げてる」
「1.2倍か。まぁまぁだな」
クライブはレトの右腕を掴んで、手首の装置に視線をやる。
あくまで平坦に感想を述べていた。
「い、いや、こんなの……普通じゃないよ」
「まぁ、むしろ弱い方だわな。世の中には魔法の威力を2倍以上に高める杖もある」
「1.2倍だって、十分に高級な部類だからッ!」
「……高いだけで意味なんてないさ」
何かを含ませるようにクライブが言った。
淡々と爆ぜた木材を眺めており、表情から真意は見抜けない。
レトは逡巡していた。
この杖が手に入れば、間違いなく街へ帰れる。
しかし、何の条件も無く、こんな品が手に入るとは思えなかった。
多分に警戒心を含ませつつ、レトは窺うように口を開いた。
「そ、それで……この杖を……貸してくれるの?」
「いや、それはやる。オマエの為に作った杖だ。他のヤツじゃ性能を発揮できない」
「オーダーメイドってこと? でも、私は何も……」
「測定の事か? そりゃ寝てる間に済ませたさ」
クライブは両手を前に出して、器用にも指をクネクネと動かし始める。
続けて何かを揉みしだくみたいに、ワシワシと動かしてみせた。
更には目が弧を描くほどの笑みを浮かべて、記憶を反芻しているようだった。
反射的にレトは両腕で自分を抱きしめる。
特に胸を覆い隠して、顔を真っ赤に染めて少年を睨みつけた。
「さ、最低ッ! な、なにをしたの!?」
「ニッシッシ、そりゃ測定だよ。それ以上でも、それ以下でもないさ」
明らかに測定以上の何かをした、そう思わせる少年の満面の笑みである。
レトは口の端をヒクヒクと痙攣させつつ、クライブから距離をとった。
しかし、必要以上には拒絶できない。
彼女は杖を必要としていた。
この森から脱出するために。
「杖をくれるのなら有難く貰うから!」
秘めたる怒りのせいで、どこか突き放すようなニュアンスになった。
先ほどまでの遠慮は、気絶という名の空白に抹消されたのだ。
「いや、条件がある。流石に無料ってわけじゃないさ」
「わ、私の身体を弄んだくせに」
「それは……明言を避けるとして、とにかく冷静になれ」
「うッ……なによ」
勢いだけでは突破できない、とレトは奥歯を噛みしめる。
このクライブは年不相応に冷静だし、のらりくらりと主導権を握り続けている。
あえて明言を避けて、罪を認めないスタンスでいる始末だ。
「オレはオマエを何度も助けてやってる。
一つ、森でボアボーアから守ってやった。
二つ、杖工房に運んで治療してやった。
三つ、森から脱出するのに必要な杖を譲渡しようとしている。
二束三文のガキの身体じゃ不釣り合いな事は理解できるな?」
「ク、クライブだってガキでしょ!」
ビッ! ――と、クライブは義手の人差し指を立てた。
あまりの勢いに、レトは続く言葉を見失った。
「……――警護してくれ、街まで、な」
「そんな変態的な要求なんて…………え、それだけ?」
拍子抜けである、とレトは瞬きを繰り返した。
そんな彼女に視線をやって、クライブは静かに開口する。
「それで、承諾してくれるのか? それとも断るのか?」
「す、するするッ! 超承諾するッ!!」
「ニッシッシ、素晴らしい。じゃあ準備ができ次第、出発しよう」
そう言って、クライブは【コリドー】に戻ってしまった。
おいていかれてしまって、レトはポツンと庭に立っていた。
視線を左右に巡らせて、冷静に状況を精査してみる。
……これ、勝手に出発できるのでは?
との邪念が、ふと思い浮かんだ。
しかし、そこでレトは冷静になる。
この瞬間までに、何か大きな損を被っただろうか。
気絶中の空白にさえ目を瞑れば、今のところは本当に救われているだけである。
それに、なぜかクライブの事が気になって仕方がない。
どうして、少年が森の中で杖工房を営んでいるのだろうか。
それも、たったの一人で。
しばらく考えた後に、レトは残ることに決めた。
そうするべきだと告げる、幾度も彼女を救ってきた直感を信じて。




