018 そろそろ
◇―◇―◇
「ニッシッシ、それじゃ進むぞ」
「あっ、私が……」
と言って、レトが前に出る。
そっと迷宮の門に両手を当てた。
意外にも扉は軽かった。
力を入れてやれば、するりと動き始める。
ズズズゥという特有の音を鳴らして。
「この迷宮に名前はありますの?」
「アーキルム第一管理迷宮だったはず」
「……面白味はありませんのね」
「ニッシッシ、まぁ管理迷宮だからな」
アキの疑問にクライブが答える。
そうして、ついに扉は開かれた。
レトは視線を細めて先を窺う。
一言で表せば、正方形に整えられた洞穴。
薄暗いソレが、ずっと奥まで続いている。
どこか生命体の喉のようにも見えた。
――総じて不気味である。
「並び順は、どうなさいますの?」
そこでクライブはアカネに視線をやる。
勿論、自分より的確な判断ができるからだ。
それに説得力も段違いにある。
「先頭はレトに任せるわ。護衛だからね」
「りょ、了解です」
「身体能力強化で『かく乱』する感じで」
「そ、それはまた……はい」
「二番手はアキ。遠距離で魔物の迎撃」
「一つ質問をしても?」
アキは素直には従わなかった。
一同の視線が彼女へと向かう。
「レトは火属性に適性があるのでは?」
「光属性の適性があるわ」
「……どういうことですの?」
アキは問答が面倒になりクライブを見る。
少年は微笑みを絶やさずに開口する。
「レトは魔法属性の適性検査を受けていなかったんだ。ここ最近、オレが検査をしてみたら光属性に適性があることが発覚したのさ」
「そう……でしたの」
少しショックを受けているみたいだった。
貧富の差に驚いているのか。
それとも別の理由なのか。
関係が浅くクライブには見抜けなかった。
とかく、一同は迷宮へと入った。
計画通りにレトを先頭にして進んでいく。
彼女は【ライト】を使った。
光属性の初級魔法である。
赤樫の杖の先端が、眩く発光する。
通路の広さは7メートル弱。
正面に魔物が居れば、素通りは不可能である。
全ての面が岩肌のように硬い。
しかし、砂地のように見えるから不思議だった。
レトから少し離れてハル、アキ、クライブ。
最後尾にアカネが控えている。
ふとレトが何かを感じ取る。
……これは、魔物の気配?
そのまま前方へとライトを放つ。
攻撃ではなく更に奥まで照らそうとして。
「……【サーチ・アイ】」
視力強化の光属性初級魔法である。
暗視の効果までつく優れた魔法だ。
……――ゴブリンだ。
すぐにレトは遠くのソレを発見した。
緑色で120センチほどの小さな体躯。
四肢は細くて枝のようでもある。
なのに、腹だけは出ている。
長い鷲鼻にガチャガチャな歯。
毛の一本もない見事な禿頭。
根源的な不快感を全て備えている。
草臥れた腰布が浅く地面を撫でている。
「ゴブリンがいる。……三匹かな」
「――【アイス・ランス】」
報告の瞬間、問答無用で魔法が放たれる。
それらは曲線を描いてレトの真横を通った。
計三本の氷の槍が、前方へと直進していく。
レトの頬を冷や汗が伝う。
……――ギギギャッ!!??
遠くからゴブリンの叫びが聞こえた。
強化されたレトの視力が状況を捉える。
魔法はゴブリンへと着弾していた。
それぞれに一本ずつ、正確に。
流石の技量にレトは息をのむ。
――が、すぐに怒りが生じた。
勢いのままに後方へ視線をやる。
やはり、杖を構えるアキの姿があった。
「ちょ、ちょっとアキちゃん……危ないよ」
「私がミスをするとでも?」
「……こ、声くらいあってもいいでしょ」
「ゴブリンに気付かれますわ」
「それでも同士討ちよりはマシなはず」
「そうなるはずがありませんわ」
両者とも明らかに喧嘩腰である。
クライブはポリポリと頭を掻いた。
しかし、すぐに表情を隠す。
「二人とも、ここは迷宮の中だぞ」
「……部下を制御できていないクライブの責任でもありましてよ」
「アカネ、今のは何方の落ち度だ?」
「両方の落ち度よ。レトは背後から魔法が来るのを想定しておくべき。そういう陣形だと説明したはず。アキは適当に魔法を使いすぎ。魔力の温存は迷宮攻略の基礎中の基礎だわ。それに、今のは流石にクライブの落ち度じゃない」
…………。
レトとアキが同時に黙る。
先に言葉を発した方が負け。
そんな勝負があるかのようだった。
だが、沈黙が同意を示すこともある。
二人はアカネの意見に納得はしているらしい。
……仕方がない、話題を変えてやるか。
クライブはレトへと義手で指示を飛ばす。
シッシと振って前進を促したのだ。
同時にアキを見ながら開口する。
「ニッシッシ、青樫の杖か。凄まじい逸品だな」
「流石は期待の杖工師、良い目をお持ちですわね」
アキは機嫌よく答えた。
杖を構えてクライブへと見せつける。
迷宮内だから手放しはしなかった。
捻じれた二本の枝が絡み合っている。
【編み型】と呼ばれる非常に稀有な形状である。
魔力回廊を描き込むのは至難の業。
しかし、完成すれば杖二本分の力を発揮する。
――という説がある。
それに値段も普通の杖の二倍ちかくする。
あのエルが目を付けたのだ。
おそらく相当な逸品であるはず。
「名前はあるのか?」
「――【ブルーツイスト】ですわ」
「……良い名前だ」
クライブはジッとアキの杖を見つめる。
観察にしては過剰なほどに。
最終的には静かに顎を撫でる。
「その杖が送られたのは何時頃だった?」
「……今年ですわね」
「……へぇ、そうなのか」
「どうかなさいまして?」
「いや、それだけの杖を手に入れられる財力があって、どうしてオレに依頼が回ってきたのかなって思ってな」
「あぁ、それは……ふむ、迷いますわね」
「言い辛い理由なのか?」
「いえ、まぁクライブなら大丈夫そうですわね」
アキは杖を撫でながら開口する。
やはり、少し言い辛い事であるようだった。
「最初から強すぎる杖を持たせると、成長が阻害される恐れがある。御父様は、そう考えておりますわ。ですから、有力な若手との出会いの場としても使えるように、入学当初は新人の杖を私たちに持たせておりますの」
「なるほど、な。じゃあ作る杖が強すぎても駄目なんだな」
「ふふふ、面白いですわね。……まるで、これ以上の杖が作れるかのような口ぶりですわ」
「ん、あぁ……いや、ハハハ」
クライブは「ハハハ」と笑った。
前方にいるレトがギョッとして振り返る。
珍しく誤魔化すかのような笑いだった。
「ところで、アキは氷属性魔法の適性が?」
続けて流れるように話題を変えてしまう。
明らかに異様な会話の動きだった。
レトは思った。
クライブは、今の瞬間に何かを企んだ。
――が、それを隠したのだ。
ひっそりと不安を溜めつつ、彼女は前進を続けた。




