016 何も言わずに
「――私がお願いしたの」
「…………え?」
レトは窺うように開口した。
アキの視線が彼女へと向かう。
「確かに学校は辞めた。でも、それはアキちゃんには関係ないことだよ。私は今も自分の意志に従って生きてる」
「レト、それは違いますわ。アナタは才能に従って生きるべきでした。学園に通って才能を伸ばし、力ある者としての責任を全うすべきだったのですわ。あの学園で主席を取るということは、並大抵の事ではないのですから。私からすれば、アナタは逃げ出したに等しいですわ」
「……――逃げてないよ」
そこだけは譲れない。
――との鉄の意志の籠る言葉である。
レトの視線にアキが戸惑う始末だった。
母の治療のために奮闘していたのだ。
当然の主張ではある。
貴族らしい主張だな、とクライブは思った。
まさしくノブレス・オブリージュというか。
才ある者は、それを全うする。
そうやって世界は改善され続けてきたのだから。
「……アキちゃんだって私と変わらないよ。学校では偽名を使っていたでしょ。それは家柄から逃げたのと同じはずでしょ」
「レト、それは違いますわ」
「――同じだよ」
「私が才能を活かす為には、家柄が邪魔になると思って――……」
「でも、戦わなかった」
「……レト、言っていいことと悪いことがありましてよ」
「私は譲らないよ、絶対に」
二人は真正面から睨み合う。
互いの魔力が、僅かに身体から溢れている。
今すぐにでも戦闘が始まりそうだった。
クライブは淡々と視線を巡らせる。
なぜかアカネは嬉々として観察中。
エルは鯉のように口の開閉を繰り返している。
ハルは二人の魔力に少し怯えているようだった。
……――パチンッ!
場を仕切り直す為に一度のみ手を打つ。
それからクライブは視線を巡らせる。
「ここは商談の場です。ですから、取引相手である私の方から一つ提案をさせて頂いても?」
唐突なクライブの言葉に、一同の視線が集結する。
「先ほどの続きから話します。ハル様の色見式適性検査の件です。確かにハル様には茶樫の適性がございました。……が、それよりも適した相性を持つ素材があることが発覚したのです」
「そ、それは……残念ですな。エルエル社として、全力をもって材木の収集に注力するつもりでしたから。――して、それは?」
「……――骨材にございます」
「つ、つまり、骨?」
首を傾げるエルに、クライブが首肯する。
やがて、エルの視線は枝に向かった。
「この枝から素材の適性まで特定できるのですか?」
「可能でございます。実際に材木と骨があれば、見て頂くだけなのですが、あいにく今は持ち合わせがありません。私の言葉を信じて頂くしかないのですが……」
「――信じましょう」
エルは即答してしまった。
視線は真っ直ぐに少年を捉える。
クライブは「感謝します」と答える。
「そこで一つ提案があります。
……――素材採取に同行しませんか?」
「ほう、それはまた……なんとも」
明らかにエルは困惑していた。
遠縁とはいえ王族である。
危険な行為は避けられる立場にいるのだ。
「一概に骨材と申しましても、どの魔物の骨に適性があるのか調べるには、ある程度の試行回数が必要になるのです。私共が狩猟して、屋敷に骨を持ち寄って、では非効率的すぎるのです」
「で、ですが、愛娘を危険な目に合わせるのは……」
「当日はアカネが同行することをお約束いたします」
「……ア、アカネ殿がですか?」
そこでハッキリとエルの表情が変わる。
アカネの名前を聞いて安堵が滲んだのだ。
レトは怪訝に思い、アカネへと視線をやる。
あくまで彼女は微笑むのみ。
しかし、それを偶然的に見つけてしまう。
手の甲には、びっしりと血管が浮き上がっている。
アカネは憤怒している。
レトは恐ろしくて視線を外した。
「そして、御同行いただくのはハル様とアキ様のみ。人数を最小限に抑えれば、それだけ警護は楽になります」
「ア、アキもですか? それに二人だけ?」
「はい。アキ様はアーキルム魔術女学園の首席、それに実技が得意だと仰っておりました。戦力として期待できるのは勿論、今後の為にとても良い経験になるはずです」
「確かに、そうかもしれませんが――……」
エルは両手を貝のように合わせる。
口を結んで逡巡しているようだった。
「御父様、私は行きたいですわ」
「ア、アキ、私を困らせないでくれ」
「まだまだレトと話さないといけませんの」
「ア、アキ……」
クライブは一つ頷く。
やはり、アキは釣れたか、と。
……もう一押しあれば崩れそうだ。
「これには四つの意義があります。
一つ目が、骨材の選定。
二つ目が、アキ様の経験。
三つ目が、アキ様とレトの関係修復。
四つ目が、理念の継承です」
「……四つも、ですか」
「はい。一つ目と二つ目は言わずもがな、三つ目から説明させて頂きます。まず杖工房:コリドーの立場として、材木に長けるエルエル社様とは、今後も懇意にさせて頂きたいと考えております。ですから、アキ様との関係修復は必須……私が思うに、二人は巧妙に掛け違えているだけです。まだ十分に修復可能であるはずです」
「確かに、色見式といい……クライブ殿の技量は明らか。エルエル社としても、共に未来を描きたいと考えてはいます。それにアキには……良き友人を持ってもらいたいと以前から思っていました」
「ちょ、ちょっと御父様!」
アキが羞恥心から頬を赤らめる。
性格に難あり、とは周知の事実だったようだ。
無論、クライブは表情を変えなかった。
レトは隣で気まずそうにしている。
「四つ目は、エル様の理念を子へ継承していく、という意味です。エル様の家柄に囚われず、自ら会社を興した猛き挑戦の精神、それに市井に降りる博愛の精神、この二つを共有する素晴らしい機会になるのでは、と愚考した次第です」
「……ふむ、確かに一理ある」
クライブに向けての言葉ではない。
エルは自分に向けて呟いていた。
念頭にあるのはアキとハル。
当然、娘達には人格者に育ってほしいはず。
クライブは目聡くソコを突いた。
ここで止めの一撃を繰り出す。
クライブは微笑みながら口を開いた。
「おっと、肝心な説明が抜けておりました。
……――【管理迷宮】を使うつもりです」
「え、そうなんですか?」
こうかは ばつぐんだ!
ついにエルの懸念は瓦解した。




