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郊外の杖工房 ―十五秒・一筆の軌跡―  作者: 木兎太郎
〈第一章:仕事を知る〉

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013 紳士と少女


 握手の最中に、レトはエルを直視した。

 金髪の前髪を左右に流した紳士である。

 後ろは刈上げて清潔感も十分にある。

 彫の深い顔立ちで、青い目が特徴的だ。

 おそらく四十代の後半くらい。

 背は180センチと少し。

 緑を基調としたジャストコール。

 それに白いシャツとズボンを着用している。


「ご丁寧にありがとうございます。本日は対等な商談ということで、御互いに満足のできる十分な話し合いが出来ればと考えております」

「勿論、そのつもりです。ささ、どうぞ座って下さい」


 右手でエルがソファを示した。

 床とは一転して紫色の豪奢な三人掛け。

 美しい花をイメージしているのかもしれない。


 左から順にアカネ・クライブ・レトで座った。

 そこでアカネがクスリと笑う。


「実は、今日の商談相手がエル様である事はサプライズにしていたのです。栄えある大きな一歩を二人に噛みしめて欲しいと考えておりましたので」

「それはそれは……驚きになったことでしょう」

「ですので、エル様の事を二人に説明させて頂いても?」

「おぉ、そうですか。少し恥ずかしいですが、構いませんよ」

「ありがとうございます」


 アカネが優美に御辞儀をする。

 正直いって、レトは度肝を抜かれていた。

 これまでの彼女とは全く違う姿である。

 規則正しい酔っ払い、とのイメージがあった。


「先の説明にあった通りに、エル様は王族の遠縁にあたる方です。ですが、出自に拘る事なく労働の場に赴き、その身一つで豪商へと上り詰めた才多きお方なのです。主に林業を手掛け、アーキルム内に流通する材木の約90%が【エルエル社】印。ほとんど市場を支配していると言っても過言ではありませんわ」

「ハッハッハ、そこまで言われると悪い気はしませんな。特に杖工師ともなると、興味を持って頂けたのではございませんか?」


 王族が商売、との言葉にレトは驚いていた。

 しかし、そこにはアカネの手腕に対する感情も含まれている。

 ここまで、あえて商売相手を明かさなかったのだ。

 この場で説明することで、同時に御機嫌伺いまで両立させる。

 明らかにエルの機嫌は上向いている。

 普通であれば失礼千万。

 だが、アカネは見事に賭けに勝利したのだ。


 ――が、ここでエルの視線はクライブへ。

 瞬間的に走る緊張感。

 この失礼な少年が、いったい何を言うのか。

 すでにレトは恐怖を募らせ始めていた。


「興味だなんてとんでもございません。実は以前からエルエル社印の材木には助けられてきました。まさか、その経営者様とお会いできるとは考えてもおりませんでした。正直いって感無量でございます」

「そう言って頂けると、自分の仕事に誇りが持てますな。とはいえ、今は経営からは退いているのです。いわゆる名誉会長にあたります」

「それはそれは……現社長にとっては心強いこと間違いなしですね。エル様ほどの功績を持つ方が支えて下さるのですから」

「いやぁ、御若いのにお上手ですな。今日は良い商談ができそうだ。ガッハッハ」


 豪快に機嫌よくエルが笑っている。

 レトはクライブを見て呆然としていた。

 ある種の疎外感さえ抱き始めていた。

 失礼なクソガキ、それがクライブだったはず。

 ――なのに、あの丁寧な受け答え。

 

 ……この裏切り者ッ!

 との理不尽な想いが芽生え始めていた。


「失礼、紹介が遅れました。私は杖工師のクライブと申します。アーキルムの北にコリドーという工房を構えております」

「勿論、存じ上げておりますとも。スカーレット・パーチにて、作品を拝見しました。職業柄、杖の造詣も深いんです。いやぁ、まだまだお若いのに、素晴らしい腕前をお持ちだ。是非とも、今日は素晴らしい商談にしましょう」

「何卒よろしくお願いいたします」


 エルが手を伸ばして、頭を下げつつクライブが握手に応じる。

 この僅かな間に二度の握手である。

 明らかに商談は順調である。

 この光景が、レトには馬鹿げた夢のように思えていた。


「ところで、そちらの方は護衛ですかな?」

「彼女はレトと言います。こういう場には慣れない武骨な冒険者でして、今日は失礼があるかもしれませんが、それは彼女の本意ではないのです。エル様のご温情に預かれればと思います」

「構いませんよ。冒険者は、そうでなくては」

「ありがとうございます」


 エルは一つ頷いて、レトへと微笑む。

 すかさずレトも御辞儀を返した。

 クライブの配慮によって、見事に言葉の必要ない立場に昇格したのだ。

 先ほどの恨み節は完全に抹消された。


 ……クライブ様、一生ついていきます。

 乙女心とは、時に理不尽である。


「ちょ、ちょっと御父様、そろそろ私の紹介を……」


 ――と、エルの隣に座る少女が言った。

 彼女は会話の進行を見て気まずそうにしている。

 この場にいる、唯一のレトの理解者なのかもしれなかった。

 レトは親近感を視線に含めて少女を見る。


「あぁ、悪かったね。彼女は愛娘の【ハルエル・ド・アーキルム】です」

「気軽に【ハル】とお呼びくださいませ」


 エルの紹介と共に、ハルは立ち上がって御辞儀をした。

 それにならって三人で御辞儀を返す。

 礼儀というより、レトは雰囲気に乗じていた。


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