012 商売相手
◇―◇―◇
馬車に揺られること二十分が経過。
レトは、もう十分に尻が痛かった。
軽く経緯を説明する。
ユゼフの許で衣服を購入。
この時点で十四時を過ぎていた。
スカーレット・パーチに帰還。
十五時に馬車の迎えが到着。
クライブとアカネは堂々と乗車。
膝を笑わせながらレトが続いた。
そして、今に至る。
何もせずとも、馬車の扉が開かれる。
先に二人が降りて、その後にレトは続いた。
……ここは本当にアーキルム?
というのがレトの初見の感想である。
奥に見える巨大な屋敷。
一つ手前の広大な庭園。
敷地全体を囲む背の高い鉄柵。
目の前に門番が二人。
もはや、レトは怯え始めていた。
「ニッシッシ、そんな緊張するな」
「こればかりはクライブの言う通りね」
「わ、わわ、わかりました」
期待のできない返答である。
そっとアカネの手がレトに伸びる。
レトは彼女の手を見て、目を見開いた。
手のひらサイズの瓶が握られている。
「……こ、これって?」
「――酒よ。緊張がほぐれるわ」
「わ、わたし、まだ十五です」
「大丈夫、これはワインだから」
「あの、普通に駄目です」
レトはアカネの手を押し返した。
彼女は渋々といった感じで酒を上着のポケットに戻した。
しかし、今の問答で少し緊張がほぐれた。
深呼吸をして、改めて気持ちを作り直す。
それからレトはクライブに視線をやった。
「ど、どうかな? もう大丈夫だよね?」
「その服装のことか?」
「う、うん、この服装のこと」
また別の意味を持つ動悸が始まる。
レトはクライブの返答を健気に待った。
クライブの視線がジッとレトを捉える。
クライブとは対照的に、白を基調としている。
胸元にはトーンを落とした皮鎧。
上衣は薄手のフリルつきシャツだ。
優しく広がる腰までのスリット入りスカート。
その下には黒い短パンを履いている。
主張は強くないが、実に美しく洗練されている。
今日の役割『護衛』にあった服装である。
クライブは顎を撫でつつ一つ頷いた。
「――綺麗だ。生まれ変わったみたいだぞ」
「あ、ありがとう。照れちゃうな」
「――当然よ、私が支払ったんだから」
と、アカネの言葉が差し込まれる。
今回のお会計はアカネが請け負った。
例の100%の取り分から、ということらしい。
御者と門番がアイコンタクトを取る。
無事に門は開かれ、アカネが先陣を切った。
それからクライブ、レトの順に庭を進む。
「普通は屋敷の前まで馬車なんじゃ?」
「地面を見なさい」
アカネの指示に従って視線を降ろした。
余すことなく芝が植えられている。
左右には花畑が広がっていた。
「も、もしかして芝を傷つけたくないから?」
「そうよ。自然を愛する人なの」
「そ、そうなんですか」
会話の最中に、ついに屋敷に到着した。
大理石の柱が伸びる、石材を使った建築である。
純白の大きな扉が、手前に屋根を伸ばして待ち構えている。
縁には金の飾りまであって、レトは絶句していた。
ノックする前に、中から執事が出てくる。
白髪のオールバックとタキシード。
どこかユゼフにも似た老紳士である。
彼は三人に向かって深々とお辞儀をした。
「ご主人様が御待ちしております。どうぞ、こちらへ」
執事は頭を上げて、さっそく先導を始めた。
三人は執事の後に続いて屋敷の中を進んでいく。
レトは視線を至る所へ巡らせていく。
白を基調とした内装で、埃一つ見えなかった。
それに通路にまで赤い絨毯が敷かれている。
天井には一定間隔で室内灯が設置されていた。
普段見る魔具より明らかに光量が強い。
隅々まで資金が投入された豪華な御屋敷。
それがレトの得た大まかな印象である。
「こちらでございます」
三人に代わって執事が扉をノックした。
中から「入ってくれ」と短く答えが返ってくる。
やや嗄れた声だった。
執事は軽く頭を下げながら扉を開いた。
そのまま入り口の横に立って御辞儀をする。
招かれるままに、三人は扉を潜った。
あまりの美しさにレトは言葉を失う。
夕暮れが天井から降りてきているのだ。
大きな円形の天窓があり、陽光を部屋に迎えている。
その周囲には、長さ違いのガラスのシャンデリアが幾本も下がる。
ある種の不均一さが、飽きさせない魅力を作っていた。
さらには大理石の支柱が計四本。
どれもよく磨かれて光を反射している。
床には芝のように深い緑の絨毯。
この部屋は自然をモチーフにしているのかもしれない。
中心部には計四つのソファと机が一つ。
壁際には複数の棚が並んでいる。
中には大きな瓶で作ったテラリウムが飾られていた。
とても珍しい趣味だが、レトは好ましく感じた。
執事に案内されるがままに部屋の中心へ。
先んじてアカネが、屋敷の主人の前に立つ。
そこでレトは少しだけ驚いていた。
この場には主人だけでなく娘も居たのだ。
どちらも洗練された佇まいをしている。
勿論、アカネは動じなかった。
先に依頼内容を知っていたから、というのもある。
アカネは深々とお辞儀をして敬意を示した。
それに習ってクライブとレトも頭を下げる。
「本日は御招きいただき光栄にございます。スカーレット・パーチより参りました。アカネと申します」
「いえいえ、わざわざご足労いただき感謝いたします。私は【エルエル・ド・アーキルム】と申します。仲間内からは【エル】と呼ばれているので、皆様方も気軽にエルと呼んでください。一応は王族の端くれではありますが、遠縁もいいところですので……それに取引相手とは立場を対等に、との信条もあるのです」
と言って、あえてエルは立ち上がった。
三人と同じ分だけ頭を下げる。
それから一人ずつに握手を求めてくるのだ。
もはや、レトは緊張で失神しかけていた。
――紛れもない王族である。
遠縁だとかの謙遜は、レトからすれば細事であった。




