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郊外の杖工房 ―十五秒・一筆の軌跡―  作者: 木兎太郎
〈第一章:仕事を知る〉

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11/13

011 御洒落


「と、とにかく、仕事の話をしましょ!」


 このままでは精神が摩耗する。

 そう思ったレトは指を立てて提案した。

 アカネがポリポリと頭を掻く。


「クライブに指名依頼が入ったの」

「ニッシッシ、ありがたいね」

「杖の製作をして欲しいって人がいるわ」

「もちろん、請け負うつもりでいる」


 クライブは即答した。

 年相応の少年のような笑顔で。


 隣に立つレトは不安げだった。

 というのも、まだ杖工師について詳しくないからだった。


「その……指名依頼っていうのは、つまりオーダーメイドってことだよね?」

「そだぞ。実際、そっちの方が良い杖になる」


 レトは「だよね」と冷や汗を垂らした。

 自分には縁のない話だったからだ。

 オーダーメイド、イコール高級品である。


「それで依頼料は?」

「出来高で通してあるわ。今のクライブの状況だと、安く見積もられる可能性があるから、あえての出来高ってこと。きっと高く値をつけてくれるわよ」

「ニッシッシ、まだまだオレは無名だからな」


 これは少し意外だった。

 こんな杖を作れるクライブが無名なのか、とレトは少しショックを受けていた。

 赤樫の杖を背中で静かに撫でてやる。


「仲介手数料は?」

「――100%欲しいわ。これまでの迷惑料として」


 アカネは大胆不敵に言った。

 レトは驚愕するしかなかった。

 正直いって、横暴も横暴、大横暴である。

 だが、クライブは平然としている。

 これといって感情が動いた様子がない。


「――いいぞ。それでいこう」

「えッ!? 絶対にダメでしょ」


 五秒くらいの間を空けて少年は答えた。

 勿論、レトは目を丸くして否定する。

 こんなの交渉にさえなっていないのだから。


「ニッシッシ、アカネは筋金入りの商人だからな」

「そ、それって理由になってるの?」

「なってるさ。今にわかるはずだぞ」


 アカネは腰のくびれに手を掛けて微笑む。

 確かに、そこに悪意は見えない。

 というか、とんでもない美貌である。

 それだけで全てが誤魔化されそうだった。


 だから、危機感を覚えてクライブを見る。

 彼はアカネを見てニマニマとしている。

 自分がしっかりとしなければ、と改めてレトは気を引き締める必要があった。


「で、なんだけど、この後は依頼主と会ってもらうから」

「ほう、スケジュールまで組んでくれたのか」

「今回は徹底的に管理するわ。だって納期に遅れれば、私の評判にまで傷がつくことになるからね」

「了解した。オレとしては問題ない」


 それからアカネは、レトに視線を移した。

 急に見つめられて、レトは動悸は激しくなる。

 彼女の視線は爪先から頭頂部まで浮上していく。


「……ひとつ、重大な問題が残ってるわね」


 なぜか自分を見つめてアカネが言うのだ。

 レトは自分の身体を触って異常を探した。

 残念ながら何も見つからない。


「……――ダサすぎるわ。反吐が出るレベル」

「………………え?」


 逆にショックを受けなかった。

 ストレート過ぎて感情が追いつかない。

 鳥の糞が身体に落ちて来た時の感情に近かった。

 レトは呆然としてアカネに視線を返した。


「その服では商売に連れていけないってこと」


 レトの沈黙にアカネが追撃を差し込む。


「はぁ、まずは服を買いにいくわよ」

「悪いな、うちの従業員が」

「本当、ちゃんと教育しておきなさいよね」


 ――不憫である。

 そうレトは思った。

 もはや殆ど自動的に、少女は二人の後に続いた。


 アカネを先頭にして店を出る。

 二人は彼女の部下であるかのようだった。

 石レンガの街道をスタスタと進んでいく。

 彼女の歩く速度は速い。

 若干、アルコールの臭いがしているのに。


 十分ほどで、アカネが足を止める。

 レトは冷静に店舗の外観を確認した。


 美しいガラスのショウウィンドウを構える見るからに高級店である。

 木製のマネキンが服を着てポーズを決めている。

 その全員が嫌味なほどレトよりスタイルが良かった。

 とはいえ、アカネには劣る程度だが。


 外観から白い大理石が用いられている。

 二階建ての頑強そうな建造物だった。

 少なくとも自分は場違いである、とレトは思った。


「ほう、こりゃ取引は期待できるな」


 ボソッとクライブが言った。

 ちょうどアカネが扉を開けるタイミングで。

 彼もまたアカネに続いて入店してしまった。

 慌ててレトも店に入る。

 

 その瞬間、良い香りが鼻を潜った。

 この店にはフレグランスが設置されている。


 天井からはガラスのシャンデリア。

 外観から一転して、床は黒い大理石だ。

 壁と天井には白い大理石が使われている。


 左右には複数のハンガーラック。

 それにマネキンが設置されている。

 中央部には余計な物は置かない。

 高級店の鉄則なのかもしれなかった。

 勿論、スカーレットパーチと同じく、だ。


 入店して直ぐ、三人の下に店員が来る。

 タキシードを着た紳士である。

 黒いオールバックとチョビ髭と丸眼鏡。

 すっきりと痩せて背も高い。

 おそらく五十代くらいだと思われる。


「いらっしゃいませ、アカネ様」

「ユゼフ、久しぶりね」

「お待ちしておりました。本日は――……」


 と言って、ユゼフは言葉を止める。

 視線の先にはレトが立っていた。

 呆然と彼女を見つめて、やがて首を横に振るう。


「な、なるほど……申し上げても?」

「言ってみなさい」

「アカネ様が見出された期待の若手……なるほど、その眼光、只者ではございません。 然るに、傍らに控える『コブ』が少々過ぎます。今のままでは、先方に対して礼を失すること必定。早急に、場に相応しい衣裳をご用意させていただきたく存じます。 これも全てはアカネ様のご面目のため。……私の推察、ご同意いただけますでしょうか」

「お見事、流石はユゼフね」


 と言って、アカネは一つ頷いた。

 レトは傷心して床に膝をついた。

 しかし、そこで「おい、オマエ」とクライブがユゼフを睨みつける。


「レトは貧乏なんだ。あんまり厳しく言ってくれるな」

「そ、それは……大変失礼いたしました」


 ユゼフは深々と頭を下げる。

 その動作に一瞬の迷いさえ無かった。

 だが、クライブの反論が逆に響いている。

 立場を弁えてはいるが、流石に悲しかった。


「ク、クライブ、庇ってくれるのは嬉しいけど……」

「気にするな。でも、すぐに服を変えろ」


 珍しくクライブが命令してきた。

 自分のダサさは、この場の総意である。

 ようやく、たった一つの真実に少女は気づいた。


 絶望しつつ、ユゼフへ向かって頭を下げる。


「よ、よろしくお願いします。私……――変わりたいッ!」

「承知いたしました。お任せ下さいませ!」


 ニコッと紳士的に笑って、ユゼフは答えた。


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