010 緋色の止まり木
ゆっくりと火の鳥が降りてくる。
その優雅な様子に、思わずレトは見惚れてしまっていた。
しかし、すぐに危機感を抱いた。
……――戦闘になる可能性がある。
レトは半歩だけ下がって背中を探る。
当然、杖は持ってきている。
この危険な森を歩いて来たのだから。
――が、そこでクライブが義手を伸ばした。
肘を折って、止まり木の代わりに。
そんな少年の義手に、火の鳥が止まる。
目を丸くしてレトは静かに喉を鳴らした。
体長は50センチほど。
そこまで大きくは無かった。
しかし、サイズ以上の存在感がある。
間近にすると凄まじい迫力があるのだ。
「ニッシッシ、ヒイロ、今日もお疲れさん」
「本当に大変だったわよ。アカネは魔物使いが荒いし、クライブは変な場所に住みすぎじゃないかしら?」
「悪いな。オレは法律で都市には住めないんだ」
「法律? 人間って面倒くさいわね」
火の鳥が眉間に皺を寄せる。
あまりに不思議な光景に、レトは思考停止していた。
「レト、この美人はヒイロ。アカネの相棒だ」
「た、確かに綺麗だけど――……」
「あら、お上手。クライブの彼女さんかしら?」
「ち、違いますッ!」
「へ~……脈ありってところかしらね」
ヒイロはレト見てピヨピヨと笑う。
翼で口元を隠してお上品に。
――完全に格が違う。
鳥なのに、そう思わせる迫力があった。
「ニッシッシ、新人を虐めないでやってくれ」
「……新人?」
「そだぞ。新しく人を雇ったんだ」
「でも、どうしてまた急に?」
「ん~……レトならいいかなって思ったんだ」
――ボッ、一瞬にしてレトの顔が赤くなった。
色白だから、やけに強調されている。
しかし、クライブは夢中でヒイロを愛でている。
そして、たまにヒイロがレトに微笑む。
奇妙な構図が完成してしまっていた。
「それで依頼が入ったのか?」
「そうよ。アカネが呼んでいるわ」
「……今日中にか?」
「もちろん、今日中に、よ」
「もう夕方なんだが?」
「それってアカネに関係ある?」
「いや、ないな。……アカネには」
「なら、すぐに向かって。彼女は時間に煩いわよ」
「そうだな。行くよ」
「それじゃ、アタシは行くわ。店で待ってる」
ヒイロは素早くクライブの顔に接近。
そのままチュッとキスをして飛び立つ。
まさしく、良い女の素振りである。
どうやら完璧に習得しているらしい。
火の鳥が目立つとはいえ、見る見る姿が遠のいていく。
あっという間にヒイロは見えなくなってしまった。
「……ね、ねぇクライブ」
「どうした?」
「義手、燃えないの?」
「ヒイロは火の聖獣【スザク】だ。完全に火をコントロールしているから、熱を持たない火炎を放つこともできるのさ。彼女曰く、あの火炎は化粧だそうだ」
「へぇ、スザクね。……スザク。………――スゥ、スザクゥッ!!??」
腰を抜かしてレトは尻もちをついた。
聖獣と言えば、崇拝されるような存在である。
それが目の前に現れたのだ。
少女の反応は至極真っ当であった。
むしろ、釣りを続行している少年が異常なのだ。
「す、すぐにスカーレット・パーチへ向かお」
「いや、別に明日でいいだろ」
「せ、聖獣に嘘をつくつもりなの?」
「オレは『行くよ』としか言ってない」
「…………え?」
「『すぐに』とは言ってない」
「そ、そんな子供みたいな……」
「釣りって面白いよな。止まらん」
「……も、もういい。知らないからね」
レトは溜息をつきながら竿を振るった。
餌の落ちた個所から湖面に円が広がる。
それからボーっと水面を見つめていた。
いつの間にか釣りに没頭している。
少女もまたクライブと同じ。
いいや、もう似始めているのかもしれなかった。
◇―◇―◇
……――ガシャンッ!
酒瓶の爆ぜる音が鳴った。
前回よりも盛大に、破片を飛び散らせて。
もうレトは隣に視線をやらなかった。
目の前のアカネに視線を置いている。
自分も反省していると主張するために。
「クライブ坊や。私の時間は高いよ」
「ニッシッシ、視界が揺れてるぞ」
クライブは頭部から流血していた。
ここはスカーレット・パーチである。
ガラスケースに囲まれた清潔な店内だ。
この場所はアカネの気質を完璧に反映している。
つまり、アカネはクライブの遅刻に憤怒していた。
こと酒癖以外には、彼女は完璧主義者である。
そんな彼女がカウンターを挟んで仁王立ちしている。
「どうして昨日は来なかったんだい?」
「――釣りをしていたのさ」
「へぇ。つまり、死にたいのかい?」
「いや、オレは死なない。夢があるからな」
「……はぁ、会話が成立してないわ」
アカネは首を横に振るう。
割れた酒瓶を机に置いてジロッと睨んでくる。
なぜかクライブは満天の笑顔である。
「ニッシッシ、今日も熱烈な歓迎に感謝する。見事な胸の躍らせっぷりだったぞ」
「クライブ坊や。これ以上に殺意を刺激しないで。依頼人との仕事が果たせなくなっちゃうわ。もちろん、アンタの死が原因で……」
「どうしてオレが死ぬんだ?」
レトは苦い顔をしていた。
明らかに会話が成立していない。
アカネは際どいところで理性を保っている。
しかし、今のレトは助手だ。
このまま傍観者ではいられない。
「あの~クライブも本当は反省してるんです。許してあげてくれませんか?」
「……アンタは、確か前にも会ったね」
「三か月くらい前に……一度だけ」
「あの時の嬢ちゃんか。またクライブに雇われたのかい?」
「あぁ、いえ、コリドーの従業員になりました」
「…………え?」
「レ、レトです。今度とも、よろしくお願いします」
「ク、クライブが……従業員を雇った?」
「ま、まぁ一応、そうです」
アカネは亡霊を見るような目でレトを見ている。
レトは不安になってクライブに視線をやる。
クライブは特に気にしていないようだった。
そんな少年に、アカネが疑問を投げる。
「ふ、二人は……どんな関係なんだい?」
「もちろん、身体の関係だ」
クライブは義手ワシをしながら答える。
「……それは、御気の毒に」
「い、いや、違いますからッ!!」
レトの怒号が、スカーレット・パーチに響き渡った。




