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郊外の杖工房 ―十五秒・一筆の軌跡―  作者: 木兎太郎
〈第一章:仕事を知る〉

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010 緋色の止まり木


 ゆっくりと火の鳥が降りてくる。

 その優雅な様子に、思わずレトは見惚れてしまっていた。


 しかし、すぐに危機感を抱いた。

 ……――戦闘になる可能性がある。

 レトは半歩だけ下がって背中を探る。

 当然、杖は持ってきている。

 この危険な森を歩いて来たのだから。


 ――が、そこでクライブが義手を伸ばした。

 肘を折って、止まり木の代わりに。

 そんな少年の義手に、火の鳥が止まる。

 目を丸くしてレトは静かに喉を鳴らした。


 体長は50センチほど。

 そこまで大きくは無かった。

 しかし、サイズ以上の存在感がある。

 間近にすると凄まじい迫力があるのだ。


「ニッシッシ、ヒイロ、今日もお疲れさん」

「本当に大変だったわよ。アカネは魔物使いが荒いし、クライブは変な場所に住みすぎじゃないかしら?」

「悪いな。オレは法律で都市には住めないんだ」

「法律? 人間って面倒くさいわね」


 火の鳥が眉間に皺を寄せる。

 あまりに不思議な光景に、レトは思考停止していた。


「レト、この美人はヒイロ。アカネの相棒だ」

「た、確かに綺麗だけど――……」

「あら、お上手。クライブの彼女さんかしら?」

「ち、違いますッ!」

「へ~……脈ありってところかしらね」


 ヒイロはレト見てピヨピヨと笑う。

 翼で口元を隠してお上品に。

 ――完全に格が違う。

 鳥なのに、そう思わせる迫力があった。


「ニッシッシ、新人を虐めないでやってくれ」

「……新人?」

「そだぞ。新しく人を雇ったんだ」

「でも、どうしてまた急に?」

「ん~……レトならいいかなって思ったんだ」


 ――ボッ、一瞬にしてレトの顔が赤くなった。

 色白だから、やけに強調されている。

 しかし、クライブは夢中でヒイロを愛でている。

 そして、たまにヒイロがレトに微笑む。

 奇妙な構図が完成してしまっていた。


「それで依頼が入ったのか?」

「そうよ。アカネが呼んでいるわ」

「……今日中にか?」

「もちろん、今日中に、よ」

「もう夕方なんだが?」

「それってアカネに関係ある?」

「いや、ないな。……アカネには」

「なら、すぐに向かって。彼女は時間に煩いわよ」

「そうだな。行くよ」

「それじゃ、アタシは行くわ。店で待ってる」


 ヒイロは素早くクライブの顔に接近。

 そのままチュッとキスをして飛び立つ。

 まさしく、良い女の素振りである。

 どうやら完璧に習得しているらしい。


 火の鳥が目立つとはいえ、見る見る姿が遠のいていく。

 あっという間にヒイロは見えなくなってしまった。


「……ね、ねぇクライブ」

「どうした?」

「義手、燃えないの?」

「ヒイロは火の聖獣【スザク】だ。完全に火をコントロールしているから、熱を持たない火炎を放つこともできるのさ。彼女曰く、あの火炎は化粧だそうだ」

「へぇ、スザクね。……スザク。………――スゥ、スザクゥッ!!??」


 腰を抜かしてレトは尻もちをついた。

 聖獣と言えば、崇拝されるような存在である。

 それが目の前に現れたのだ。

 少女の反応は至極真っ当であった。

 むしろ、釣りを続行している少年が異常なのだ。

 

「す、すぐにスカーレット・パーチへ向かお」

「いや、別に明日でいいだろ」

「せ、聖獣に嘘をつくつもりなの?」

「オレは『行くよ』としか言ってない」

「…………え?」

「『すぐに』とは言ってない」

「そ、そんな子供みたいな……」

「釣りって面白いよな。止まらん」

「……も、もういい。知らないからね」


 レトは溜息をつきながら竿を振るった。

 餌の落ちた個所から湖面に円が広がる。

 それからボーっと水面を見つめていた。

 いつの間にか釣りに没頭している。

 少女もまたクライブと同じ。

 いいや、もう似始めているのかもしれなかった。


◇―◇―◇


 ……――ガシャンッ!

 酒瓶の爆ぜる音が鳴った。

 前回よりも盛大に、破片を飛び散らせて。

 もうレトは隣に視線をやらなかった。

 目の前のアカネに視線を置いている。

 自分も反省していると主張するために。


「クライブ坊や。私の時間は高いよ」

「ニッシッシ、視界が揺れてるぞ」


 クライブは頭部から流血していた。

 ここはスカーレット・パーチである。

 ガラスケースに囲まれた清潔な店内だ。

 この場所はアカネの気質を完璧に反映している。

 

 つまり、アカネはクライブの遅刻に憤怒していた。

 こと酒癖以外には、彼女は完璧主義者である。

 そんな彼女がカウンターを挟んで仁王立ちしている。


「どうして昨日は来なかったんだい?」

「――釣りをしていたのさ」

「へぇ。つまり、死にたいのかい?」

「いや、オレは死なない。夢があるからな」

「……はぁ、会話が成立してないわ」


 アカネは首を横に振るう。

 割れた酒瓶を机に置いてジロッと睨んでくる。

 なぜかクライブは満天の笑顔である。


「ニッシッシ、今日も熱烈な歓迎に感謝する。見事な胸の躍らせっぷりだったぞ」

「クライブ坊や。これ以上に殺意を刺激しないで。依頼人との仕事が果たせなくなっちゃうわ。もちろん、アンタの死が原因で……」

「どうしてオレが死ぬんだ?」


 レトは苦い顔をしていた。

 明らかに会話が成立していない。

 アカネは際どいところで理性を保っている。

 しかし、今のレトは助手だ。

 このまま傍観者ではいられない。


「あの~クライブも本当は反省してるんです。許してあげてくれませんか?」

「……アンタは、確か前にも会ったね」

「三か月くらい前に……一度だけ」

「あの時の嬢ちゃんか。またクライブに雇われたのかい?」

「あぁ、いえ、コリドーの従業員になりました」

「…………え?」

「レ、レトです。今度とも、よろしくお願いします」

「ク、クライブが……従業員を雇った?」

「ま、まぁ一応、そうです」


 アカネは亡霊を見るような目でレトを見ている。

 レトは不安になってクライブに視線をやる。

 クライブは特に気にしていないようだった。

 そんな少年に、アカネが疑問を投げる。


「ふ、二人は……どんな関係なんだい?」

「もちろん、身体の関係だ」


 クライブは義手ワシをしながら答える。


「……それは、御気の毒に」

「い、いや、違いますからッ!!」


 レトの怒号が、スカーレット・パーチに響き渡った。

 

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