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現れたのは、死んだはずの君  作者: くじら


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第2話:彼女と過ごす、取り戻した日常



 彼女が戻ってきてから、俺の日常は少しずつ動き出した。


 大学に行き、バイトに出て、夜は部屋に帰る。

 失う前と、同じ生活。


 ただ一つだけ違うのは――

 どこへ行くにも、真奈が一緒だということだった。


「ねぇユウ君、今日の講義長くない? 眠くならない?」


「静かにしろ。聞こえてないけど、俺が困る」


「え〜、聞こえないならいいじゃん〜今思ったんだけどさ、カンニングし放題だ!!!」


 講義中、俺の肩越しに顔を出して、真奈はにやにや笑う。

 誰にも見えず、誰にも聞こえない幽霊彼女。


 正直、落ち着かない。


 それでも――

 彼女がいるだけで、世界はちゃんと色を取り戻していた。


「お前さ、今にも死にそうな面してたのに、どうした?」


 昼休み、食堂で声をかけてきたのは莉久だった。


「復活したのか? 人間って案外しぶといな」


「うるさい。黙れ、莉久」


「その反応は元気な証拠だな」


 そう言って、莉久はほっとしたように笑った。


 真奈が死んでから、

 莉久は何度も俺の部屋に来た。


 無理やり飯を食わせて、無理やり外に連れ出して、

 それでも俺が衰弱していくのを見て、

 本気で心配していたらしい。


「元気になってくれて、良かったよ」


 そう言って、莉久は目元を少し赤くした。


「……心配かけて、悪かった」


「ほんとにな」


 そのやり取りを、真奈はすぐ横で見ていた。


「あ〜莉久だぁ! 久しぶり〜!

 ……って、死ぬ前にも会ってたっけ?」


 声は届かない。


 それでも真奈は、楽しそうに莉久の身体をすり抜ける。


「おっと、冷たっ……気のせいか?」


「気のせいだ」


 呆れたように真奈を見て、俺は視線を逸らした。


 ――やっぱり。


 俺以外には、見えない。


 それが確認できただけで、胸の奥が少し締め付けられた。



 幽霊との同棲生活は、思った以上に騒がしい。


「うわああああ!!! 風呂覗くな!!!」


「え〜、すり抜けできるって便利だよ?

 ユウ君の入浴シーン、独り占め〜」


「やめろ!!!」


「いいじゃんいいじゃん。

 入浴剤で白くなってるし〜ユウ君のユウ君は見えないよぉ」


俺の幽霊彼女は、ちょっぴりエッチで、どうしようもなく可愛かった。


だけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。俺は幽霊彼女に向けて、お湯を投げ掛ける。


「ユウ君のケチんぼ〜ぉ」


 そう言って、真奈はくるりと背を向け、

 壁をすり抜けて消えた。


「……ったく」


 呆れながらも、俺は少し笑っていた。


 生きている時には知らなかった、

 彼女の意外な一面。


 それを知れるのが、嬉しかった。



 ある日、俺は真奈が――

 思った以上に、嫉妬深いことを知った。


「……ねぇ、何私のユウ君を上目遣いで見てんの?」


 講義後、話しかけてきた女子学生を、

 真奈は顔面すれすれまで近づいて睨んでいた。


「……呪う? 呪い殺す?」

冗談のはずなのに、空気が一瞬、冷えた。


「やめろ」


「あのね、ユウ君」


 女子学生――アズサが、モジモジしながら声をかけてきた。


「真奈ちゃんが亡くなって、落ち込んでたの知ってるけど……

 元気になってくれて、嬉しい」


「はぁ〜!?

 ユウ君が元気を取り戻したのは、真奈のおかげなんですけどぉ〜!」


 真奈は聞こえない声で怒鳴る。


「それにこいつ、真奈、生きてる時から警戒してたし!

 絶対、色目使ってたし!今も使ってる!!!」


「……ユウ君」


 アズサは少し照れたように笑った。


「今日、手料理作ったんだけど……

 食べに来ない?

 もっと元気出して欲しいから、頑張ったんだ」


 その瞬間。


「何、勝手にさっきからユウ君呼びしてんの!!!

 ユウ君って呼んでいいのは、真奈だけ!!!」


 俺は、真奈の声を聞きながら、

 静かに笑った。


「ああ、ありがとう」


 アズサの顔が、ぱっと明るくなる。


「でも――」


 俺は、はっきりと言った。


「元気になったのは、真奈のおかげなんだ」


 アズサは、きょとんとした。


「それに俺、真奈の手料理以外、食べる気ないし」


「……え?」


「今日は、真奈と買い物に行く予定なんだ。

 だから、邪魔しないでくれ」


 空気が、凍った。


「……そ、そうなんだ」


 アズサは、ぎこちなく笑って立ち去った。


――それでも。

嘘をついて、彼女を裏切るよりは、ずっとましだった。


 頭がおかしいと思われても、構わなかった。


 居ないはずの恋人との約束。

 存在しない手料理。


 それでも、俺は真奈が大事で大切だ。


「……ユウ君」


 真奈は、少し戸惑ったように言った。


「真奈、嬉しいんだけど……その.....」


「いいんだ」


 俺は、迷わず答えた。


「俺の日常は、真奈と一緒じゃないと意味がない」



 こうして、日常は過ぎていった。


 大学。

 バイト。

 家。

 デート。


 どこに行くにも、真奈はいた。


 そして――

 彼女が戻ってきてから、八ヶ月が経った頃。


「……真奈」


「なに?」


 俺は、足元を見て、言葉を失った。


 そこにあるはずのものが、なかった。


 薄く透けて見えていた、

 彼女の小さな足。


 今は、どこにも見当たらない。


「……どうしたの?」


 真奈は、気づいていないふりをして笑う。


――いや。

気づいていないふりを、しているだけだ。


 その笑顔が、

 やけに、遠く感じられた。


 俺は、胸の奥に込み上げる不安を、

 必死に押し殺した。


 ――このまま、永遠に一緒にいられる。

 そう信じたかった。


 けれど、現実は、

 そんなに優しくなかった。

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