第5話『夜の森のさざめき』
三組に分かれた神子たちは、午後の光を背にそれぞれの担当区域へと向かった。
ガルザスとライゼルは大地の裂け目へ。
セリオスとエルヴィアは均衡域へ。
そして、リュミエルとルナリアは森の奥へ。
「昼の間は、特に変わった様子はなさそうね」
リュミエルが周囲の木々に触れ、生命の流れをそっと確かめる。
「……うん。ここは“静か”すぎるくらい」
ルナリアは木漏れ日の下で影を揺らしながら言った。
ひとしきり巡回を終えると、太陽は傾き、一帯は淡い紫に染まる。
「夜になってからも、もう一度歩いてみよう」
リュミエルの提案にルナリアはうなずいた。
やがて森は完全に夜の姿へと変わった。
虫の音が響き、月光が地面へ淡い光を落とす。
静かで穏やかな夜──のはずだった。
「……あれ?」
ルナリアが小さく足を止めた。
「どうしたの?」
リュミエルが振り返る。
「いま、風……逆向きに動かなかった?」
「逆? そんなこと……」
リュミエルは手をかざして風の流れを確かめる。
しかし今はただ穏やかに吹き抜けていくだけだった。
「気のせい、かもしれないけど……」
ルナリアの影がわずかに揺れ、地面に落ちた月光がふっと色を変えたように見えた。
ほんの一瞬、青白い光が淡く紫に揺らいだ気がする。
「……いま、月が……?」
「月?」
リュミエルが空を仰ぐ。
けれど、月は美しい銀色のまま。
揺れているようには見えない。
「ルナリア、少し疲れてるのかも。今日は昼からずっと歩いてたし」
「……そう、なのかな」
ルナリアは自分の影にそっと触れた。
影がさざ波のように震えたが、それ以上は何も起こらない。
森の鳥たちの声は止んだまま。
風の気配も弱い。
まるで“何かを待っている”ような静けさだった。
けれどそれも、気のせいと言われればそう思える程度の小さな変化。
「今日はもう戻ろうか」
リュミエルが微笑む。
「報告は簡単で済みそうね」
「……うん」
ルナリアは最後にもう一度だけ夜の森を振り返った。
影は揺れもせず、ただ夜の形を保っている。
二人は森をあとにし、静かな夜道を歩き始めた。
任務初日の夜は、ゆっくりと更けていく。




