第28話『無観測の手』
ラグド=オラの姿が視界から滲み消える。
そこに存在するのに、認識させてもらえない。
見えず、聞こえず、未来も視えない。
それでも──
セリオスは息を整えた。
(観測できないのなら……“存在の痕跡”で位置を掴むしかない)
視覚も聴覚も信用できない。
だが、たった一つだけラグド=オラでも隠せないものがある。
──重さだ。
存在がある以上、空気の流れ、地の反響、体温……
微細な“ゆらぎ”だけは消しきれない。
セリオスは片足を大地に押し付け、地の震えを拾った。
(……いた!)
ほんの僅か。
一息ぶんの微量な振動。
それがラグド=オラの位置を教えてくれた。
セリオスはそこへ向け、手を伸ばす。
だが、触れられない。
手のひらが空気に触れた瞬間、輪郭がにじむ。
「存在を掴むな。」
ラグド=オラの声だけが耳の奥で鳴った。
次の瞬間、セリオスの腕に鋭い衝撃が走る。
「っ……!」
ほんの一撃。
だが、観測できない攻撃は致命的に怖い。
腕が勝手に震え、思わず後退してしまう。
それでも、セリオスは踏みとどまった。
(触れられない……でも触れにいった時だけ、奴の周囲が揺れた!)
攻撃をしようとした瞬間、ラグド=オラが反応した。
反応するということは、その時だけ存在は確かにある。
つまり──
攻撃という行動そのものが、唯一の観測手段。
「……分かってきたぞ」
セリオスが低く呟いたその瞬間、ラグド=オラの輪郭がふたたび揺れた。
敵の声が周囲に染みるように広がる。
「理解したつもりか。」
「いいや。つもりじゃない。」
セリオスは踏み込む。
観測できない影へ、迷いなく手を伸ばす。
ラグド=オラが反応する──
世界が一瞬だけ濃くなる。
その濃さを、セリオスは見逃さなかった。
「……そこだ!」
空気の“密度”の変化。
わずかな震え。
呼吸の乱れ。
全部を一瞬で読み取り、
掴むつもりで掌を向ける。
──しかし。
空間そのものがねじれ、セリオスの手は空へすべり落ちた。
「な……!」
ラグド=オラは静かに告げる。
「掴めると思った瞬間……観測は閉じる。」
攻撃しようとした瞬間、敵は“存在そのものを畳んでしまう”。
セリオスは地を蹴って距離を取る。
「……攻撃の瞬間だけ、姿を現す。でも、その瞬間に畳まれる……」
(行動そのものが、観測できる唯一のタイミングでありながら、同時に最も観測できないタイミング……)
完全な矛盾を前にして、額に汗がにじむ。
ラグド=オラの声が、今度ははっきりとした“冷え”を帯びた。
「理解は無意味。」
次の瞬間、地面が静かに沈む。
空気が押し潰されるように重くなる。
セリオスは息を呑んだ。
「……来る!」
ラグド=オラの姿なき攻撃。
これまでより濃く、深く、重い。
観測できないまま、戦いはさらに深淵へ潜っていく。




