第九章
柳田が殺人道具を処分してから、一週間後、四番宿に岸本と小野が訪れた。小野は手に紙袋を持っていた。
「柳田さんとお話しを願い得ますか?」
岸本は女将にそう言うと、そのただならぬ雰囲気に女将はすぐに柳田を呼びつけた。女将はその時までも柳田を重要参考人と思ってたような表情をしていた。
三人は部屋に入ると、岸本は柳田を奥に通し、その手前に二人は座った。
「君は....」
岸本の重い声に柳田はひどく顔を硬直させた。その声に真実を悟られたようなものが見えた。
「君は確か、事件のあった日、芸者を呼んだ客に絡まれていたと言っていましたね」
「ええ」
柳田は蚊の鳴くような声で言った。その声が異様に響くほど、部屋の中は静寂に犯されていた。
「我々は貴方が言う芸者を呼んだ客に会ってきたんだよ。ただ、あの客は従業員に絡んだと言うことは誰一人として言ってないんだ。それにその時の芸者も同じことを言っていた。酔いが回っていた場所とはいえ、これ程までに全員が同じことを言うのは全員が嘘を根回しして言っているか、はたまた君が嘘を言ってるか。普通に考えたら、後者の方を考えるだろうね」
小野はその言葉を横目に聞きながら、柳田をただ見つめていた。そしてその柳田に優しく話しかけた。
「それにおかしなところもいくつかあるんだ。殺人事件の翌日、温泉街では殺人事件のことは知られていたが、どのように殺されていたかはまだ広まっていなかった。ここの女将なんかもどうやって殺されたのかを聞きにきた程だ。でも貴方は刺されて殺されていたことを知っていた」
「けれど、普通なら誰だってそう思うんじゃないんですか⁉︎」
柳田は抵抗をするかのように声をほんの少し荒げたが、その声は二人の圧にやられているようであった。
「まあ、そうでしょうね。ただ、先程、我々が四番宿に滞在した客についても話を聞きに行ったことである程度は察しはついたかもしれませんが、我々は貴方の出生についてももう調べてあります。殺された飯塚に対する思いは同情する所はありますね。それに少しお待ちください」
小野はそこで紙袋に手を伸ばした。その中に入っていた新聞紙を机に広げ、そして紙袋の中に入っていた物を大事そうに手に取り、その上に乗せた。
「私達は全て調べ尽くしてあります。もう抵抗はなさいませんね?」
机の上には柳田が一週間前に隠した殺人道具であった。刃物、それと血に汚れた着物があった。
「私は一週間程前に貴方と話をしましたのを覚えていますか?温泉街全部の宿に家宅捜査を入れると、その日から私達二人は四番宿を常に向かい側の十番宿から見張っていました。殺人のあった場所から殺人道具を隠すために逃げ出すかのように出ていく貴方を見ているのは皮肉のようでもありました。貴方はその日の夜にはもう殺人道具を隠しに行ってました。我々はそれを遠くからこっそりとつけていき、石段を降りて少しした土産屋の廃墟に貴方が入っていったのを見て、その場を去りました。そして、昨日、この隠された殺人道具を回収したというわけです」
小野はここまで言うと、あとは岸本に託した。
「芸者に化けるとはうまくやったと私は思いますよ。なかなかできない大胆な考えかと、ただ、それで飯塚は貴方とわかって死んでいったのかは疑問ですが」
柳田はそこで机に置いてあった刃物を手に取ろうとした。小野は柳田の手を掴み、岸本は刃物を取り上げようとした。
しばらくその争いがあり、やがて柳田の力が弱まり、岸本は刃物を柳田の手から離した。小野もその手を離した瞬間、小野は柳田に突き飛ばされ、壁に体を強打した。
柳田は小野を突き飛ばし、部屋から逃げ出した。岸本はすぐ無線で応援を呼んだ。
「大丈夫か小野?」
岸本は小野に手を差し伸べた。
「ええ、しかし、彼は大丈夫でしょうか?」
岸本はすぐには答えなかった。自分の仕事は済んだとでも言うように悠々と煙草を吸い始めた。
「ああ、きっとな。あの子は真面目な子だから」
そう言って煙草を吸う岸本の姿は小野の目に深く焼きついた。
「お前があの子の言葉に疑問を持ったからここまで来れたんだ。お前は立派な刑事だよ」
その言葉を岸本は小野の心に残して行った。
やがて柳田はすぐに身柄を拘束され、逮捕された。
そんな若き頃から四十年程経つが、小野は岸本亡き今でも岸本の姿を事件を終えた日には思い出すのである。




