第六章
岸本と小野は事件があった翌日、伊香保に着き、十番宿の人に事情聴取を行った後、近くの旅館へも事情聴取を行っていた。
隣の十一番宿、九番宿に事情聴取を行い、その後に四番宿に事情聴取を行っていた。
二人は主人に通され、そこでまず主人に事情聴取を行った。
「事件の日にあなたが何をなさっていたか、教えてもらってもよろしいでしょうか?」
「あの日は、というより、いつもなんですが、私はこのような立場ですので、お客様の前には立つことはあまりなく、事務作業を行っておりました」
「それを証明できる人はいますでしょうか?」
「女将が二度ほど、茶を持ってきてくれましたので」
「それは何時頃ですか?」
「大体いつもは七時と八時になっています。ただ、お客様が多いくて忙しい人などは時間がずれたり、またはお客様の方を優先したりしております。ですけれど、その日はしっかりとその時間であったと思います」
「その日、反対側の旅館から叫び声を聞いたりはしませんでしたか?」
「いえ、特にそう言った声は聞こえませんでした」
この言葉は十番宿の隣の旅館でも同じ言葉であった。
「殺されたのですね」
「はい、刃物で喉元を刺されて」
「そうでしたか。すみません、殺人事件があったのは知っていたのですが、誰が、どう殺されてまでは知らなかったので、つい気になって」
「いえ、あまりこちらとしては情報を広めないようにしていますので、後にまた新聞などに載るかと」
岸本は穏やかな口調で話していた。決して相手を威圧的に感じさせない彼の熟練の技であろう。
続いては女将に事情聴取をすることにした。ゆっくりと部屋に入った女将は落ち着き払っていたが、その不安からくる不必要な汗は小野の目に何度か映っていた。
「さて、他の方にも伺っているのですが、事件があった日、あなたは何をなさっていたか、お話願えますか?」
「ええ、あの日はお客様に料理を運んだり、お話をしていたりしていました」
「とても忙しそうですね。それであなたは主人に茶を持ってくる仕事があるそうですね。何時頃に持って行かれたのですか?」
「七時と八時です」
「ぴったりとですか?」
「ええ、そうだと思います」
女将はしっかりとした声で言った。嘘偽りが全くと言っていいほど感じられない声であった。
「昨日、手前の十番宿から、声が聞こえたりしましたか?」
「声というと、亡くなられた方のですか?」
「ええ、刺されたのですよ」
女将は顔を青白くさせて如何にもショックを受けたようであった。小野は気を失うのではないかと思ったが、女将は一分程して言葉を出した。
「そうですか。お気の毒に。昨日は特にそう言った声は聞いてません」
「そうですか」
そしていくつかの質問をして、女将はその場を後にした。やがて、二人は柳田を始めとする他の従業員にも話を聞いた。
その日の夜に、小野は岸本に気になった事を聞いてみた。
だが、岸本はその小野の疑問には深く考えることはせず、とりあえずは状況を知ろうということになった。
だが、小野はその考えを今の今まで消し去ることはしなかった。




