第五章
温泉街の事件は瞬く間に広まり、柳田はその昂る気持ちを抑えながら、通りを挟んだ十番宿に連日やってくる刑事に目をやりながら、高らかな目を送っていた。
ただ、柳田としても目的はもう果たした訳であり、このまま自首をしても良い気もしていたのだが、せっかく、誰にも知られずに憎き飯塚由紀子を殺めることができたのであるから、このまま墓場にまでこの秘密を持って行ってみようという気になっていた。また警察がどこまで柳田を追い詰めることができるのか、そんなゲームじみた事を柳田は心のうちで思っていた。
「一体外が騒がしいのはなんですか」
「おい、まだ詳しいことは知らないんだが、手前の十番宿に殺人事件があったって、客がどうにかして殺されたらしい」
「おっかないね。嫌だよここでもおんなじことが起こっちゃ」
翌朝には主人と女将のそんな会話が柳田の耳にも入っていた。
事件の翌日に、警察が柳田が働く四番宿に事情聴取を行いに来た。背の高い厳格そうな刑事に柳田よりも歳が下であろう若々しさが漂う二人の刑事であった。
支配人から、女将と順に事情聴取をされ、柳田はまさか、この意味の無さそうな事情聴取に犯人がいるとは思わないだろうという余裕を持った気持ちで二人の刑事がいる部屋へと向かった。
だが、二人の刑事を前にすると、先程まであった余裕の気持ちは無くなり、張り詰めた緊張が走っていた。
だが、これは柳田にとっても好都合であり、いかにもこういった事件に縁のないただの従業員を演じられるのであるから、柳田はこのどうにもできない緊張に身を任せることにした。
「この度はご協力感謝いたします。柳田さんでよろしいですね?」
「ええ、はい」
柳田のか細い声は二人にどんな印象を与えたろう。そんな事を思っていた。
「事件の日、あなたは何をなさっていたか、教えてもらってもよろしいですか?」
「はい、あの日はお客様の料理を運んだり、片付けや掃除など、いつも通りの仕事を行なっておりました」
「通り沿いの十番宿については特に変なことはありませんでしたか?」
「はい、特に何もなく、刺されたような叫び声もなかったと思います。旅館のお客様の声が大きいもので」
「そうですか。犯人と思われる人も見ていないですか?」
「ええ、見ていないです」
そんな特に進展もなさそうな話だけをして、柳田はまた違う従業員が事情聴取を受けに行くのを見届けた。
そしてあれから数日は警察も四番宿には顔を見せず、十番宿ばかりにたかっていた。
そんな様子を見ると、まだ犯人はわからないのだろうと思われた。
警察が今は何を調べているかはわからないが、柳田のそんな見てない警察の手の内を見てみたいと何度も思っていた。




