第四章
伊香保には芸者の組合が四つ存在していると言う。それを野中から聞いた岸本と小野は伊香保にある四つの組合の元に話を聞きに行く事にした。
石段を出て、坂を下りながら、遠くに見える子持山に小野はふと目を奪われた。この残悪な事件もこんな美しい景色に包み込まれてしまえば、何事も無かった事になるのではないかと声に出さぬように思った。
「しかし、階段や坂ばかりだとどうも移動に疲れてしまうな」
岸本はそう言いながら、小野よりも素早く坂を降りていった。小野はその背中ばかりを追いかけて、その坂の途中にある一つ目の組合のある建物の前に足を止めた。
玄関からは一人の岸本よりも歳をいっている女性が顔を出した。
「お電話の警察の方ですね」
「少しお時間よろしいでしょうか?」
「ええ、構いません。今度の事件は大変ですね。こんな事生きているうちにあるんですね。まあ、観光地ですから、小さな事件はあれど、まさかね」
女性の口ぶりからして、その優しさが見てとれた。小野は想像していたような拝金主義というやり手婆のようなイメージから外れたこの女性に不思議と好感を持った。しかし、岸本からはそんな時にこそ、相手をよく疑えという言葉を思い出し、その優しさを無碍にする気持ちで女性の話を聞く事にした。
「実はその十番宿の事件のことで、事件当日に芸者が来ていたという情報を頂きまして、現在、その事について話を聞きたいと思っているんです」
「うちはその日は十番宿には行ってませんわ。五番宿、それと石段街ではない場所にある伊香保観光ホテルに行ったのがありますが」
「それはホテルの方に連絡をしたら、わかりますか?」
「ええ、お客様にはホテルの方に連絡をしていただくようにしていますので」
「ここは何人の芸者がいらっしゃるんでしょうか?」
「八人です。だいぶ少なくなって来ましたけれど、ここらではそれでも一番多いんです。あの日は四人と四人で別れました」
「そうですか。大体いつも四人くらいで行かれるのですか?」
「お客様の人数よります。お客様が多ければうちでも多く行かせております。お客様が一人でしたら、一人で行かせます」
女性の言う事に小野は飯塚の元に行くのであれば一人で行くのであると思った。
二人はその後、別の組合に話も聞いたが、どの組合もその日は十番宿には呼ばれてないと言っていた。
「一体何を信じたらいいのかわからなくなってきているな」
「しかし、どれかが、嘘を言ってるのでしょう」
「いや、そうとも限らないんだ。みんな目が嘘を言ってるようには俺には見えなかった」
岸本はそう言って声を歪ませた。小野は岸本の勘に疑問を思った。
「しかし、そうでなければおかしいと思いませんか?芸者の目撃情報があるのに、どの組合も十番宿には行っていないと言ってるのは」
「確かにそうだと思うよ。よし、もう一度、十番宿に行ってみよう」
二人は再び、十番宿に戻った。そこで再び、女将に話を聞くことにした。
「先程まで芸者の組合に行ってました。事件の日に芸者が来ていたので」
「ええ、それで芸者の方はどうでした?」
女将はそんな事を聞いた。小野達の苦悩はまだ知る由もなかった。
「それが、どの組合もその日の夜には十番宿には訪れていないそうですね。女将を疑ってるわけではないのですが、些か疑問に思うところがありまして」
岸本の言葉に女将の顔が青ざめていくのが小野の目にもわかった。
女将の何かを話そうとしているのがわかった。しかし上手く話せないようなのが辛く思えた。
「芸者の方は顔見知りとはいかなくてもみんな見た事ある方ばかりですか?」
女将はその言葉に答えるのは少し時間を要した。しかし、淡々とはっきりとした口ぶりを見せ、小野は女将の強さを見せつけられたような気がした。
「多くは知っている顔で、頭を下げるくらいですが、話をすることはないです。芸者の方は私共ではなく、お客様に用があるので。しかし、新しく入られた方などはわからないかもしれません。顔見せの挨拶などはないですし」
「なるほど、そうなると....。あの日の芸者は知っている方でしたか?」
「あまりよくは見ていないので、よくわからないです。見たのも後ろ姿だけで。ただ、飯塚さんが、電話をして、芸者を呼ぶ事は飯塚さんからお聞きしました。もしかしたら、その芸者を他の従業員なら見たかもしれません」
「そうですか。とりあえず、全員に話を聞いてみたいと思います」
二人はその後、従業員に話を聞いてみたが、女将と同じように後ろ姿だけを見たものや、そもそも芸者を見ていないものもいた。だが、一人だけ、芸者とすれ違った従業員がいた。
「その芸者は見たことある顔でしたか?」
「いえ、はっきりとは言えないのですが、見たことはないです」
「何故、はっきりとは言えないのですか?」
「彼女は小走りで顔を見せないようにしていたんです」
小野はそれを聞いて、その芸者が飯塚を殺害したのだと思った。顔を見せないようにした理由。そして従業員に合わないように入ったに違いないと思った。
しかし、そうなるとその芸者は一体誰なのかという疑問が残った。
「その芸者はどんな方でしたか?」
「背は私より高く、160はあったと思います。白い肌で野生的な印象を受けました」
その言葉に小野は矛盾を思った。それは岸本も同じようで不可解な表情をしていた。
「野生的。女性なのにそんな女性らしくない方でしたか?ましてや芸者なのに」
「ええ、芸者というよりは正義感の強い仕事の方が向いてるように思えたくらいの雰囲気がありました。普通であれば警察官とかにいそうな雰囲気で」
「我々も警察ですので、その感じはよくわかります」
岸本はそう言うと、その従業員を後にさせた。
「ますます怪しいな。犯人が分かりそうで、その時になると変な箇所が出てくる。頭がおかしくなりそうだ」
岸本の煙草の吸う回数が増えるのを小野は悟った。
ただ、野生的な芸者、そんな者が果たしてこの温泉街に存在するのだろうか。小野はそんな事を考えていた。




