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第二章

 柳田はその夜、仕事をしている中、客から呼ばれたと言い、旅館の主人達の目を盗み、こっそりと裏口から、目の前の十番宿へと忍び込んだ。宿で長く働いていると、他の旅館の形状も理解できるものである。柳田はその時間に人が通るのかということまでも熟知し、それでいて慎重に侵入を試みた。ただ、四番宿から十番宿に行くまでも、四番宿の裏口から遠回りをして、十番宿の裏口にまで行く。そして柳田は仕事着から、殺人をする時に用意をしておいた服に着替えた。裏口に刺さる薄明るい電気だけが頼りに、小さい鏡を持って、柳田は自身の全体を見た。そして、何も不自由がない所を見ると、柳田は素早く、旅館へと入り込んだ。

 しばらくすると、飯塚はか細い叫び声を上げて死んだ。柳田は仕事をやり遂げ、服装はそのままに急いで裏口から、石段を遠回りし、四番宿の裏口へと戻った。そして全ての服を元々着ていた仕事着に着替え、殺人に使った道具や服をバッグに詰め込み、そのまま四番宿に入った。バッグをすぐさま自室のロッカーにしまい、急いで主人がいる玄関近くにやって、やりかけていた掃除を始めた。

「随分長かったね」

 女将が玄関の先の帳場から声を掛けた。柳田は咄嗟の言い訳を考えた。

「はい、あの女将、酔っ払っていて、飲んでけと」

「芸者が他で使われてて出せなかったから、その分お前を付き合わせたんでしょう。お疲れ様。煙草の匂いがこっちまでするわ」

 女将は特に何も怪しむ様子を見せることはなかった。柳田は安堵のうちに掃除を終えて、自室へと戻っていった。

 殺人に使用した服や道具は無闇に捨てると見つかった時によくないと思い、柳田はそのままロッカーに隠すことにした。それも人には見えないよう、高い位置に置いておいた。

 飯塚殺人のニュースはすぐに広がるであろう。今頃は飯塚の死体が発見された頃合いかと柳田はそんな事を思いながら、窓の外に広がる暗闇を見た。

 そして翌日に明るさが広がると同時に事件は温泉街に広がっていた。

 柳田が帳場へ行くと、主人が慌てた様子で柳田を見た。

「おい、十番宿で殺人があったらしい」

 その言葉に柳田は他人事のように驚いた。そして警察は早朝にはやってきた。四番宿の玄関からも警察が何人も動き回っているのが見てとれた。

 宿の客はおっかないといった事を口にしながら、柳田に話しかけていた。柳田はその様子を遠目に眺め、客を宥めようと声を掛けていた。

 時折、警察と目が合うのが、柳田にとって、恐怖以外の何者でもなかった。決して愉快犯などではない。スリルを楽しむこともない、逃げ切ることだけを柳田は考えていた。

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