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第一章

 上州、榛名山の下に伊香保温泉がある。石段の底を流れる黄金の湯が小間口から運ばれる旅館が石段に並び、かつては大屋十四軒と呼ばれる宿が存在した。その十四軒の中には未だに営業している宿もあれば廃業した宿もあるその名残から一番宿や十四番宿などと呼ばれ、柳田が働いてる宿は四番宿であり、石段の中頃に位置する。まだ若き男である柳田はその闘志に燃えた心を温泉街の繁盛を願い日々働いていた。

 この日は秋であるが雨が夕方から降り、遠くに見える子持ち山が少しずつ、霧で薄く消えていく様が見てとれた。

 暗くなるからか、雨が降り始めたからか、その両方か、寒さが増し、人々も傘を差し始め、傘を持ってない人は慌てた様子で石段を登ったり下ったりしていた。

 四番宿の向かい側には十番宿と呼ばれる宿があった。三階建ての四番宿よりも少し高く、柳田にはそれが巨大な壁のように目に映っていた。

 十番宿の玄関前に一台のタクシーが止まった。タクシーから一人の中年の女性が降りてきた。荷物を持ち、それを玄関まで運ぶ姿を柳田は遠目越しに眺めていた。その姿を異様なまでに見つめる目は闘志とは違う炎が上がっていた。

          ・

 柳田は十歳の頃に両親が離婚をした。その事件は彼の一生の中でも消えいることのない傷として出来上がった。

 離婚後、母の元に連れられた柳田であるが、母と恋人からの暴力に体と心を再び傷つけられ、自殺しようにもその勇気さえ出なかった。

 その絶望たるや、自暴自棄という言葉が常に体について回り、目に映る人間全てが憎く思えるほどであった。そして高校生になるかならないか辺りのことであった。その頃になると、母の恋人は母の前にあまり姿を見せなくなっていた。柳田は母を捨て、他の女の所へ行ったのだろうと思い、ほっとしたりもしていた。ただ、母はその恋人をまだ求め続け、それは柳田の姿を認めていないかのようでもあった。

 柳田はその暴力に全てを犯されたからなのか、母の恋人の顔を忘れてしまっていた。優しげのようであり、いかつい印象を与え、髭を携えていたようで、毎朝、髭を剃っていた。そんな矛盾がいくつも取り巻いていた。やがて柳田はその母の恋人の顔が柳田自身の想像で出来上がったように思えた。

 ただそれは、その瞬間だけの幸福であり、母は気を病んで自殺をした。

 父は母の葬儀に姿を見せなかった。柳田はその後、施設で育ち、高校を出るとともに、温泉宿で働くようになった。

 そんな折、ほんの半年前の事である。母の恋人であった男。名前を金山という男が柳田を訪ねてきた。

 柳田はその男の顔をまじまじと見つめた。柳田の頭の中の男の顔とほとんど違っていたのだ。それは時がそうさせたのか、柳田の思い違いなのか。柳田はそんな混乱の最中で、金山から謝罪を受ける。淡々とした言葉に形式そのもののような下げた頭を柳田は何も思わずにそれが自分に関係していないことのように見ていた。その男の心のこもりの無さがそうさせたのかもしれなかった。ただ、柳田の心の中にも怒りに似た感情は何も生まれてこなかった。そこには意味のない形式だけの行いが二人の間で起こっていただけであった。

 金山は柳田には二人だけになれないかと言い、柳田は了承した。それも柳田がこの男に対して無の思いを抱いたからであり、普通であれば何をされるかわからない男にこんな申し出は受けないのである。

 柳田はその夜、金山を旅館の寮の自分の部屋に入れた。

 金山は改めて、頭を下げた。柳田はなぜこの男が今になって、自分のところへ来て、謝罪をしているのかわかりかねた。この男の命が短く、人生の後悔として来ているのか、都合の良いようであるが、今の柳田の心情を知っていれば尚都合が良かった。

 金山はそこである事を伝えに来たと言った。柳田は対して、聞くつもりはなかったが、自身のことでもあるため、耳を傾けざるを得なかった。

 金山は埼玉のある福祉事業所で働いていた。その事業所の上司に飯塚という女がいた。金山は飯塚を尊敬しており、この人に全て身を委ねて、仕事をしようと思う程に仕事にやりがいを感じていた。

 ある時に、金山は事業所に訪れた女性の対応を行い、その女性の担当になることになった。それを決めたのは飯塚であった。飯塚は相手のプライベートな部分にまでも踏み込むように指示し、金山はその意図の真髄に気付かぬままに指示の通りに行った。やがて、金山は女性と想い合うようになった。だが、その女性は既婚者であった。その事に気づいた金山は女性と別れようとするが、金山の感情的に動く性質をよく理解していたのは飯塚であった。飯塚はそれを知った上で金山に不倫を行わせたのだ。

 飯塚は埼玉の福祉事業所で働く金山の上司である。結婚をし、大学生になり、東京へ行った子供もいるが、その心のうちはかつての恋人の思いがいまだに燃えているのであった。

 学生時代に付き合い別れたが、飯塚はかつての恋人と別れるつもりは心底無く、その思いは別れた事でより広がりを見せた。その男の動向を常に見て、結婚をしてからは時間がある時に男の家の前を通ったり、男の家族とすれ違ったりしていた。そうする事で自身の心の奥底の復讐心が刺激されていたのだ。そして長年の夢であった復讐計画を立てる。その年は飯塚が男と別れて、二十年になる。飯塚は男と偶然を装って再会をする。その前後に、男の妻に不倫を行わせ、夫婦の仲に決裂を入れ込む。その役割は金山に行わせる事にした。そして自身は男と再びよりを戻した。そして男は離婚をし、飯塚は旦那を捨て、男と二十年ぶりの関係が始まった。

 だが、金山はその女性と結婚した時、飯塚の計画に載せられていた事に気づいた。だが、その女性を金山は愛していた。金山は自身の思いを裏切ることはできず。そしてその恨みの矛盾に走り、それが女性と女性の子供である寺内の暴力に至った事を話した。

 柳田はそこで何もかもが紐が通ったように理解した。全ては飯塚という人物が原因なのである。そしてこの金山はただ利用されたにすぎなかった。金山に与えられて傷はいまだに残り続けるが、この男もまた自分と似たような人物であったのだ。

 許すも許さないも今の寺内には何もないが、同情が柳田の意図しない所に沸いた。そして、自分の両親の関係を壊し、柳田の家族、そして柳田自身を壊した飯塚に激しい怒りが現れた。全ての破壊には元凶がいたのだ。何もないとは言ったが、その怒りを収めるために柳田は飯塚を敵と認めるようにした。

 そして金山は柳田の予想通り、しばらくして死を遂げた。

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