9 新居
お母さんが帰ってきた。
伯爵の屋敷の一室に閉じ込められていたけれど、兵士が助けに来てくれたらしい。
誰かがネイルデンの兵士団に通報してくれたのかな?
もしかしてリュウさんが・・・?
お母さんも詳しいことはわからないと言っていた。
とにかくお母さんが無事でよかったわ・・・。
これからまたいつもの生活に戻れる、そう思っていたけれど。
朝ごはんを食べ終わって仕事に行こうとすると、家の前に一台の馬車が止まっていた。
中から出てきたのはどこかの従者らしき人で。
「お待ちしておりました。どうぞ馬車にお乗りください」
「え・・・?」
すると、お母さんが慌てた様子で玄関から出て来た。
「あの、どちら様でしょうか?」
「ヒューリー様がお待ちです。どうぞお乗りください」
「そんなこと言われましても・・・これから仕事がありますので」
「それはこちらで対処しますのでご安心ください。ヒューリー様がお待ちです」
私とお母さんは顔を見合わせた。
「ヒューリーって誰なの?」
「私の古い友人なのよ・・・」
「どうする?」
お母さんはしばらく考えた後で渋々了承した。
私たちはどこへ向かうのかも教えてもらえず、長いこと馬車に揺られていた。
あ、山が見えて来たわ・・・。
山をぐんぐん登って行くと、少し古いけれど立派なお屋敷が見えて来た。
屋敷の玄関の前には豪華な馬車が一台止まっていて、明らかに貴族の物だということがわかった。
あの馬車、見覚えがあるわ・・・。
屋敷の中に入ると、あの時の麗しい貴族様が玄関ホールに立っていた。
「来たか」
「レイ様・・・」
レイ様?
この人お母さんの知り合いだったの?
「急に呼んですまなかった。こうでもしないと君は来てくれないかと思ったんだ」
「レイ様・・・私たちにはもう関わらない方が」
「それは無理だ」
え?もしかして!!
お母さんとレイさんは恋仲なのかしら??
私が興奮した目つきで二人を見守っていると、レイさんがこちらを見た。
「君はアニス、だったかな?」
「は、はい。あの時はありがとうございました」
「君がまさかロアンネの息子だったとはな」
「ロアンネ?」
私がお母さんの方を見ると、気まずそうに視線を逸らされた。
どういうこと?
レイさんに本当の名前を教えていないの?
「レイさんはお母さんと知り合いなんですか?」
「あぁ。幼い頃からね」
「そうですか・・・」
貴族に知り合いがいるだなんて聞いたことがなかったわ。
なんで教えてくれなかったのかな・・・。
すると、お母さんが私たちの間に入ってレイさんを見上げた。
「レイ様、どうして私たちをここへお呼びになったのですか?」
「君たちには今後ここで暮らしてもらおうかと思ってね」
「え??」
「この屋敷は私の別荘なんだが、何年も使っていないから寂れてしまってね。管理人として君を雇いたいんだが、どうだろう?」
管理人??
レイさんはお母さんをこの屋敷で雇ってくれようとしてるのかな。
「お母さん、素敵じゃない!私は一人でも平気だよ?」
私は家に帰ろう。
二人の恋路の邪魔をしちゃ悪いし。
「何を言っているのよ!私があなたと離れるわけないじゃない」
「え、でも・・・」
私が戸惑っていると、レイさんが綺麗な顔を私の耳元に寄せた。
「君がいないとロアンネが了承してくれないんだ。協力してくれないだろうか?」
レイさんってば、そんなにお母さんのことが好きなのね?
「・・・わかりました。ここに住みます。ね?お母さんいいでしょ?」
「アニスったら・・・」
お母さんは困った顔をしていたけど少し頬が赤かった。
仕方ない。
私が二人の恋を応援してあげないとね!