5 不思議な存在
北地区にある公爵家で用を済ませた俺は、馬車で南地区へと向かっていた。
雨が降っていて視界が悪かったが、もしかしたらまだアニスがいるかもしれないと思った俺は、窓から外を眺めていた。
すると突然、道端に誰かが倒れているのが見えた。
華奢な体に深く被った帽子、ピンクブラウンの髪・・・。
その時、俺の心臓がドクンッと脈打った。
「止めろ!!」
馬車から飛び降りて駆け寄ると、倒れていたのはやはりアニスだった。
俺はすぐに抱き抱えて馬車に戻った。
「屋敷に急げ!」
体が冷たい・・・一体何時間あそこにいたんだ?
アニスの顔は真っ青で、唇は紫がかっていた。
俺は着ていたジャケットを脱いでアニスの体を包み込んだ。
くそっ・・・こんなものじゃ温まらない・・・早く風呂に入れないと・・・。
屋敷に着くと、使用人にすぐに湯を沸かすように伝えてアニスを部屋に運んだ。
まずは服を脱がせないと。
俺はアニスをベッドに寝かせて上着を脱がせた。
そしてシャツのボタンに手をかけたが。
いや待て・・・アニスは・・・。
服を脱がせるのを断念した俺は、アニスを暖炉の近くに寝かせて火を起こした。
「湯をお持ちしました!」
使用人たちが湯の入ったヤカンを持って部屋に入って来た。
彼らは隣のシャワールームの風呂釜に大量の湯を流し入れ、水を加えて調節した。
「旦那様、丁度いい温度になったかと・・・」
「わかった。お前たちは下がれ」
「はい」
俺はシャツを脱ぎ、服を着せたままのアニスを抱いて湯船に浸かった。
頼む・・・目を覚ましてくれ・・・。
アニスの頭を肩に寄りかからせてしばらくじっとしていると、アニスの体がビクッと動いた。
「ん・・・あったかい・・・」
「アニス?」
「あれ・・・?お風呂?」
「気が付いたか」
「え・・・リュウさん?」
アニスはとろんとした目で俺を見上げた。
良かった・・・血色が戻ってるな。
「リュウさん?なんで・・・」
アニスは今の状況を飲み込めないようだった。
「お前が北地区の路上に倒れていたから俺の家に連れて来たんだ」
「え?私、倒れちゃってたの?あ・・・僕・・・」
「ははっ。僕か」
まだ俺を騙せてると思ってるのか?
こんな状況で。
「自分の姿を見てから言ったらどうだ?」
「え?」
アニスは自分の姿を見下ろすと「きゃあ!」と叫んで胸元を隠した。
風呂に浸かっている間に胸に巻いていた布が解けてしまったのだ。
シャツを着ているからすべてが見えているわけではないが、一応弁解はしておかないとな。
「俺が解いたんじゃないからな?」
「う〜〜〜〜見た??」
「・・・見てない」
「やっぱり見たでしょ?!」
「こうやって抱きしめてたんだから見えるわけないだろう?」
「そ、そっか・・・。ずっとこうやって私を温めてくれてたの?」
「あぁ・・・もう大丈夫そうだな」
アニスの首筋に触れて体温を確認すると、アニスが頬を擦り寄せてきた。
ははっ。
まるで子猫みたいだな。
「なんであんなところに倒れてたんだ?」
「・・・お母さんを探してて」
「家に戻らないのか?」
「うん。昨日伯爵様の家にお金を返しに行ってから戻って来なくて・・・」
借金の形に売り飛ばされたか・・・?
「それで伯爵様の家に行って来たんだけど」
「いなかったのか?」
「わからない・・・。屋敷に入れてもらえなかった」
門前払いか・・・。
正直言ってこいつの母親がどうなろうと俺には関係ないが・・・。
このまま放っておくことも出来ないな。
「わかった。俺が調べてみるから、お前は家に帰れ」
「え・・・本当?」
「あぁ。見つかるかどうかはわからないけどな」
「リュウさんありがとう!」
アニスは勢いよくシャツが張り付いた体で抱きついてきた。
おい待て・・・柔らかいものが当たってるんだが・・・。
こいつ、俺を男だと思ってないな?
風呂から出ると、俺は細めのシャツとズボンをクローゼットから引っ張り出してアニスに着せてみた。
「やはりでかいな」
「ほんとだ。大きい」
アニスはズボンの裾をずるずると引きずりながら部屋を歩き回っていた。
ぷっ・・・。
昔からこいつを見ていると、まるで赤子を見ているような感覚に陥る。
無条件に守ってやりたくなるような、この不思議な感覚はなんだ・・・?
これまで他人に興味を持ったことなんてなかったのに、なぜ俺はこいつの存在がこんなにも気になるんだろうな。
仕方ない。
この気持ちが何なのか分かるまでは、しばらくこいつの人生を見届けよう。
俺はそんなことを考えながら、ベッドで嬉しそうに飛び跳ねるアニスを眺めていた。




