4 お母さんの行方
あっという間に月末が来てしまった。
今日はお母さんがロイデン伯爵の屋敷にお金を返済に行く日だ。
さっきお母さんが肩掛けバッグにお金を入れていたけど、200万レギンもあるようには見えなかった。
あの封筒の薄さだと、あっても10万レギンくらいだろうか。
それでも私たちからしたら大金だった。
「お母さん、これも持って行って」
私が少し厚めの茶封筒を渡すと、お母さんが目を見張った。
「これ・・・どうしたの?」
「靴磨きで稼いだんだよ?」
「こんなに??」
「うん!お貴族様は太っ腹な人が多いから」
「本当なの??」
「本当だよ?」
「そう・・・それならいいんだけど・・・。こんなに稼ぐのは大変だったでしょう?」
「大したことないよ。これからもたくさん稼ぐから、伯爵にも言っておいてね?すぐに全額返しますって」
「えぇ。もう少し猶予をいただけるようにお願いしてくるわね」
「うん・・・。いってらっしゃい」
笑顔でお母さんを見送ったけれど・・・。
この日、お母さんは帰って来なかった。
そして眠れないまま朝を迎えた。
私は持っている服の中で一番小綺麗なシャツとズボンを引っ張り出して着替えた。
ロイデン伯爵の屋敷に行くしかないわ。
きっと屋敷に閉じ込められているのよ・・・。
屋敷が北地区にあるってことしか知らないけど、そこらへんにいる人に聞いたらきっと教えてもらえるわよね。
北地区に着いてから何時間経っただろう。
ロイデン伯爵の屋敷は簡単には見つからなかった。
北地区は似たような大きな屋敷がたくさん立ち並んでいて、門の前に表札を出していない屋敷も多かった。
通りすがりの貴族に話しかけてみても、私を怪しんでいるのか誰も応えてくれない。
朝から歩き通しで、昨夜から何も食べていなかった私は、通りすがりに見つけたパン屋さんに立ち寄った。
やっぱり高いな・・・。
クロワッサンを一つ取ってレジに持って行くと、パン屋のおばさんが私を見て微笑んだ。
「おや、ここら辺の子じゃないね?今日はどうしたんだい?」
「あ、ちょっと知り合いのお屋敷を探してて・・・」
「そう・・・。誰のお屋敷だい?」
「ロイデン伯爵です」
「あぁ・・・。それならここの通りをまっすぐ行って4つ目の道を右に曲がったら見えるよ。赤い屋根のお屋敷だよ」
「あ、ありがとうございます」
この街にもいい人はいるのね・・・。
私が暖かい気持ちでパン屋を出ると、ポツポツと雨が降り出していた。
急がないと・・・。
ロイデン伯爵の屋敷に着いた頃には雨足は強まり、服はびっしょりと体に張り付いていた。
私は悴む手で門にあったベルを鳴らした。
あれ?
出て来ないな・・・。
それでもベルを何度か鳴らしていると、使用人らしきおじさんが屋敷から出てきた。
「さっきから何の用だ?」
「あの、ロイデン伯爵様のお屋敷ですよね?こちらに母が伺っていませんか?」
「母・・・?」
「昨日伯爵様に会いに来た女性です」
「さあ?知らないな」
「え・・・?」
「何度も鳴らされると迷惑だ。帰れ!」
「で、でも、母を探してるんです!本当にこちらに来ませんでしたか??」
「うるさい!とっとと帰れ!兵士を呼ばれたいのか??」
「・・・・」
「もうここへは来るなよ?わかったな?」
おじさんはうんざりした顔をしながら屋敷に戻って行った。
門の隙間から屋敷を覗いてみたけど、窓にはカーテンがかかっていて中まで見ることは出来なかった。
お母さんどこにいるの?
早く帰って来てよ・・・。
雨の中をただぼんやりと歩いていた。
西地区に向かっているつもりだけど、今自分がどこを歩いているのかはわからなかった。
雨に濡れた体は先程から寒さを感じなくなっていて、指先にも感覚がなかった。
それでもしばらく歩いていると、見覚えのある大通りが見えてきた。
あ!あそこは私がいつも靴磨きをしている場所だわ!
いつもの通りに出て来られてホッとしたのか、走り出そうとすると急に全身の力が抜けて。
あれ?
バシャーン
私はそのまま意識を失った。