3 彼の正体
夜のお店でボーイとして働き出して5日が過ぎた頃、またあの人が来店した。
「ミラン様、ようこそお越しくださいました」
お店のお姉さんたちが入口で出迎えると、彼は満足そうに微笑んだ。
「久しぶりだね。みんな会いたかったよ」
ミランさんは一番近くに立っていたお姉さんの腰に手を回して頬にキスをした。
私がその様子をカウンターの側から眺めていると、彼と目が合ってしまった。
「お!君、今日もいたんだね。仕事には慣れた?」
「はい。おかげさまで・・・」
「今日は僕のテーブルに来てくれるよね?少しでいいからさ」
「ミラン様ったら!私たちがいるでしょ?」
「そうよ!こんな子のことは放っておいて行きましょうよ」
お姉さんたちがミランさんをテーブル席に連れて行ってくれた。
良かった・・・。
ああいう時はどうやってお断りすればいいんだろう?
気の利いた断り方を考えながら働いていると、ミランさんがカウンターにお酒を取りに来た。
「あ、僕がテーブルまでお運びしますよ?」
「いいのいいの。あそこはうるさいからね。ここなら君とゆっくり話せると思ってさ?」
「でも僕は仕事中ですし・・・」
「お客と話すのも仕事のうちだよ?ここはそういう店なの。知らなかった?」
「あ・・・そうですよね。失礼しました」
「ははっ。君真面目で可愛いね。歳はいくつ?」
「18です」
「若いね。僕は24歳。北地区に住んでるんだ」
やっぱりお貴族様だったのね。
「君はどこに住んでるの?ここら辺?」
どうしよう。
西地区って正直に話したほうがいいのかな?
「聞いてる?」
ミランさんが私の腰に手を回して顔を近付けてきた。
「あ、あの・・・」
「やっぱり近くで見ても可愛いね」
ど、どうしよう!
これ以上体をくっつけられたら女だってバレちゃう!と私が目を瞑った時だった。
バンッと突然扉が開いて、黒いスーツの男たちが店の中に流れ込んで来た。
な、なに??
それに気付いた店長やスタッフが慌てて入口に集まった。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「今日お越しになるとは思いませんでした!」
店長が深々と頭を下げた相手は・・・。
えぇ?!リュウさん??
私がリュウさんを見て呆然としていると、私に気付いたリュウさんも目を瞬いた。
あ、気付かれちゃった・・・そう思っていたのに。
リュウさんは知らんぷりで私の横を通り過ぎて行った。
ズキンッ
あれ・・・?
気付かなかったのかな?
「ははっ。久々に見たな、彼のこと」
「え?彼?」
「銀の龍窟のボスだよ」
「え・・・?」
銀の龍窟ってネイルデンを仕切ってるマフィアの名前じゃなかったかな・・・。
「君知らないの?銀の龍窟のリュウと言えばネイルデンでは有名だよ?まぁ、彼の姿を知っている人はあまりいないんだけどね。僕はよくここに通っているから知ってるんだ」
うそ・・・リュウさんがマフィアのボス・・・?
「ま、そんなことはいっか。ほら君、僕のテーブルにおいでよ」
ミランさんに腕を引っ張られていると、焦った様子の店長が私を呼びに来た。
「ちょっと君!ボスに紹介するから早く来て!新人は挨拶しないと!」
「は、はい!すみませんミランさん。失礼します」
急いで店長の部屋に入ると、椅子に座ったリュウさんが不機嫌そうに足を組んでいた。
「他の奴らは外に出てろ。こいつと話がある」
「はい!」
リュウさんの一声で、店長とスーツの男たちは頭を下げて部屋から出て行った。
なんだか怖い。
いつものリュウさんじゃないみたい・・・。
「アニス、どうしてこんなところにいるんだ?」
あ・・・やっぱり気付いてたんだ。
「ちょっとだけ働かせてもらってます」
「ここはお前が働くような店じゃないだろう?靴磨きはどうした?」
「それが・・・北地区で兵士のおじさんに他所へ行けって言われて。南地区に来たらお姉さんがいい仕事があるよって紹介してくれたんです」
それを聞いたリュウさんは呆れたように深いため息を吐いた。
「ここは自分の身を守れる奴しか働かない・・・。どんなところかわかってるのか?」
確かに私はわかっていないのかもしれない。
楽にお金が稼げるって浮かれてたわ・・・。
だけど、こうでもしないと借金を返済する術がないんだもの。
「リュウさんには関係ないから、放っておいてください」
「アニス・・・」
どうしよう。
つい突き放すようなこと言っちゃった・・・。
リュウさんはただ私を心配してくれているだけなのに。
「あの、リュウさ・・・」
「わかった。お前が働きたいというなら止めはしない。でも危ない仕事はするな。これからは裏で洗い場の仕事をしてろ」
「洗い場?」
お皿洗いってこと?
でもホールと洗い場じゃお給料が違うんじゃ・・・。
「給料は変わらないから安心しろ」
リュウさんが呆れた様子で笑った。
良かった・・・。
リュウさん怒ってないみたい。
「リュウさんありがとう・・・」
「あと、日付が変わる前には家に帰れ。いいな?」
「はい」
あとから店長に聞いた話だけど、南地区には銀の龍窟がオーナーのお店がたくさんあって、このお店もその一つなのだそうだ。
リュウさんはたまにフラッと店に現れては店長たちに喝を入れるらしい。
店長はリュウさんが来たら寿命が縮むって言ってたけど、私はこれから靴磨き以外でもリュウさんに会えるのかと思うと嬉しかった。
今度はいつリュウさんに会えるのかな?
私は鼻歌を歌いながら洗い場に溜まったお皿を洗っていた。