14 彼女の正体
やってしまった。
俺は帰りの馬車の中でアニスにしてしまったことを後悔していた。
あの潤んだ目で睨まれたら何故か急にスイッチが入って。
俺の腕の中から逃げようとするから更に抑えが効かなくなって貪りついてしまった。
俺はアニスのことをそういう対象として見ているのか?
いや、子犬や子猫のような可愛いペットだと思っていたはずだろ。
そうだ、今日の俺はどうかしてただけで・・・。
それにしても・・・あいつの唇は柔らかかったな・・・って俺は一体何を考えてる!?
くそっ!!
俺が頭を抱えていると、前に座っている部下が心配そうに顔を覗き込んできた。
「ボ、ボス、大丈夫ですか?」
「あ?」
「お顔が真っ赤ですが、馬車に酔われましたか?」
「いや、酔ってない。気にするな」
「はい・・・」
屋敷に着くと、使用人たちが今か今かと俺の帰りを待っていた。
「旦那様、お帰りなさいませ!」
「どうした?」
「公爵様がお待ちです」
「なに?」
公爵がわざわざ俺の屋敷に?
急いで応接室に向かうと、ティーカップを持った公爵がソファに座っていた。
「お待たせしました」
「急に来てすまないな」
「いえ、急用ですか?」
「あぁ。君に伝えておきたいことがあってね」
わざわざ出向いてまで伝えたいこと?
「私の王位継承権が戻ったんだ」
「は?」
「一位にね」
まさかそんなことが・・・?
辞退した継承権が戻ることがあるのか?
「それで、私は城に戻ることになったんだが、王都にロアンネとアニスも連れて行こうかと思っている」
は?
なぜそこまでする必要がある?
「公爵にとってあの二人はそれほどまで重要なんですか?」
「あぁ。俺の命よりもね」
「ははっ・・・冗談ですよね?」
「冗談ではない」
公爵の目はひとつも笑っていなかった。
「アニスの母親がお好きでしたらどうぞご勝手に。ですがアニスはあの別荘に残してください」
「君は勘違いをしているな。私にとってはロアンネよりもアニスの方が重要なんだ」
「はっ・・・それはどういう」
まさかそっちの趣味でもあるのか?
「実はアニスは・・・前王妃が産んだ王子なんだ」
はっ??
「前王妃はアニスを出産してすぐに亡くなってしまった。その時一緒に赤子も亡くなったとされていたが、ロアンネが赤子のアニスを城から連れ出していたんだ」
「どういうとだ??誘拐したということか??」
「いや、助けたんだ。アニスは命を狙われていたからね」
待て・・・。
アニスが王子・・・いや、王女だと?
「それでロアンネとアニスはネイルデンの西地区で18年間隠れて暮らしていた」
「それは・・・アニスも知ってるのか?」
「いや、アニスはまだ知らない。知っているのは私とロアンネだけだ」
「そんな秘密をなぜ俺に?」
「君はアニスが気を許す唯一の友人だからね。君にも協力して欲しい」
「協力?」
「アニスは君と離れたがらないだろう」
「そうでしょうね・・・」
「だから君から別れを告げて欲しい。アニスが気兼ねなく王都に行けるように」
「ははっ」
何を言い出すのかと思えば。
「そして、いつになるかはわからないが、私はアニスに王子の座を取り戻してやりたいと思っている」
「それをアニスが望んでいるとは限らないのでは?」
「確かにそうだな。でも今の暮らしよりはいいだろう」
「今でも十分幸せそうだとは思いますが?」
「ロアンネは王妃殺害の容疑者として未だ追われる身だ。二人が安心して暮らすには、身の潔白を証明して身分を回復させる必要がある」
くそっ・・・。
公爵は母親のためならアニスが王都に行くとわかっていて・・・。
「わかりました・・・。アニスが行くというのであれば俺は引き留めません」
「そうか。ではアニス次第だな。急に来てすまなかった」
公爵はホッとした様子で帰って行った。
ははっ傑作だ。
まさか捨てられた子猫だと思っていたアニスがこの国の王女だったとはな・・・。
アニスを初めて見つけた時、この街に不釣り合いな彼女の存在がただ気になって目が行ったのかと思っていた。
でも今思えば、どちらかというとこの街や貴族たちが彼女に不釣り合いだったのかもしれない。
アニスはこの薄汚れた世界にたった一輪だけ咲く花のようだった。
ここはアニスが本来いるべき世界ではなかったんだ・・・。
そして俺の存在も、これからのアニスにとっては邪魔でしかない。
一国の王女がマフィアと関わっていていいわけがない。
残念だが・・・アニスとのお遊びもここまでか。




