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9.星祭の準備

「今夜の星座は、『星の女神の冠』です」


アデレード夫人の声が、星祭の準備で賑わう大広間に響く。

天井には、その星座を模した水晶のシャンデリアが新たに設置された。


「伝説では、女神が地上に降り立つ前に、この星座が最も明るく輝いたとか」

夫人が続ける。

「セレスティア様の入場の際には、この星座の真下で・・・」


私は微笑みながら頷く。

昨夜、シリウス様からこの星座の物語を聞いたばかり。


(シリウス様の話の方が、もっとロマンチックだったわ)


昨夜の記憶が、心を温かく満たす。





「ほら、ティア」

シリウス様が望遠鏡を覗きながら説明してくれた。

「この星座が描く冠の形は、青い薔薇の冠のモデルになったんだ」


「まあ、本当ですね」


「そして」

シリウス様が私を抱き寄せ、一緒に望遠鏡を覗き込む。

「伝説では、星の女神がこの星座に祈りを捧げた時」


「はい?」


「最愛の人の姿が、星に映し出されたという」

シリウス様の囁きが、耳元で優しく響く。

「ちょうど、今のように」


望遠鏡の中で、星々が私たちの姿を映し出しているかのように見えた。


「シリウス様ったら・・・」

顔が熱くなる。

「そんな素敵な伝説、どこで?」


「ふふ」

シリウス様が、意味ありげな笑みを浮かべる。

「これは、母上から聞いた秘密の物語なんだ」





「セレスティア様?」


アデレード夫人の声に、我に返る。


「申し訳ありません」

私は微笑んで答えた。

「星座の話に聞き入ってしまって」


その時、大広間の扉が開く。

シリウス様が、何やら書類を手に入ってきた。


「失礼します」

シリウス様が、私たちに近づく。

「星祭の最終確認を」


「あら」

アデレード夫人が、にこやかに一礼する。

「では、私は他の準備を」


夫人が立ち去ると、シリウス様が私の隣に座った。


「今夜も、星を見に来てくれるかい?」

書類に目を通しながら、さりげなく尋ねてくる。


「はい、もちろん」

答える私の声に、自然と期待が混じる。


シリウス様が、満足げに微笑んだ。

「では、今夜は『星の航路』という星座の物語を・・・」


夜空に星が瞬き始める頃、いつものように月光の庭園へと向かった。

今夜は、青い薔薇の香りが一段と強く漂っている。


「やあ、ティア」


シリウス様は、いつもの望遠鏡の前ではなく、庭園の小さなテーブルで待っていた。

テーブルの上には、星図と、二つのカップ。


「温かい飲み物を用意させたんだ」

シリウス様が、私の椅子を引いてくれる。

「今夜は少し長い物語になるからね」


「まあ」

カップから立ち上る香りは、懐かしい。

「これは・・・星の実のお茶?」


「よく分かったね」

シリウス様が嬉しそうに微笑む。

「アストラティアの北方でしか採れない、珍しい実からできたお茶だ」


一口すすると、甘く優しい香りが広がる。

星型の実から作られるこのお茶は、確か・・・。


「そう」

シリウス様が、私の思考を読むように続ける。

「星の女神が、最愛の人との船旅で初めて口にしたお茶」


「『星の航路』の伝説に出てくる・・・」


「ああ」

シリウス様が星図を広げる。

「この星座を見て」


私たちは、肩を寄せ合って星図を覗き込む。

船の形をした星座が、美しく描かれている。


「星の女神は、愛する人と共に、この星座が示す航路を辿ったという」

シリウス様の声が、物語を紡ぐ。

「そして、その航路の終点で・・・」


「終点で?」


シリウス様は、意味ありげな笑みを浮かべた。

「それは、まだ秘密だ」


「もう、シリウス様ったら」


「でもね」

シリウス様が、私の手を取る。

「その場所へ、君を連れて行きたいと思っているんだ」


「え?」


「星祭の後、星の見える丘に行った後で」

シリウス様の紫の瞳が、深い愛情を湛えて輝く。

「君と一緒に、星の航路を辿りたい」


その言葉に、胸が高鳴る。

「船旅、ですか?」


「ああ」

シリウス様が頷く。

「新しい王と王妃として、そして・・・」

言葉が一瞬途切れる。

「二人の新たな物語の始まりとして」


星の実のお茶の香りが、夜風に乗って漂う。

青い薔薇が、私たちを見守るように咲き誇っている。


「シリウス様」

私は、彼の手をそっと握り返した。

「はい、喜んで」


「少し、付いてきてくれないか」


星図を片付けた後、シリウス様は私を庭園の奥へと導いた。

普段は入ることのない、小さな離れ。


「ここは・・・」


「私の書斎さ」

シリウス様が扉を開ける。

「母上が使っていた場所なんだ」


部屋に入ると、思わず息を呑む。

壁一面に星図が飾られ、天井には精巧な天球儀。

そして、部屋の中央には・・・。


「これは!」


大きな地図が広げられ、その上には青い線が描かれている。

航路だ。


「星の航路を、完全に再現したんだ」

シリウス様が誇らしげに説明する。

「母上の日記を頼りに」


地図上の航路は、アストラティアの港町から始まり、北方の海を通って・・・。


「この先は、まだ秘密だよ」

シリウス様が、地図の一部を素早く隠す。

「でも、これだけは教えておこう」


彼が指さした先には、小さな島が描かれていた。

「星降る島」という文字が、優雅な筆跡で記されている。


「母上は言っていた」

シリウス様の声が懐かしむように響く。

「この島こそが、星の女神が最も大切な誓いを立てた場所だと」


「誓い・・・」


「ティア」

シリウス様が、突然真剣な表情になる。

「君を、そこへお連れしたい」


「シリウス様・・・」


「この航路を辿り、星降る島で」

言葉が途切れる。

「いや、これ以上は言えないな。まだ秘密なんだ」


でも、シリウス様の紫の瞳は、期待と愛情で輝いている。

何か、とても特別な計画があるのは明らか。


「楽しみに待っています」

私は微笑んで答えた。


シリウス様は安堵したように息をつき、そっと私を抱き寄せた。

「君が私のそばにいてくれて、本当に良かった」


窓の外で、流れ星が一筋、光を引く。

まるで、私たちの未来を祝福するように。


「ねえ、シリウス様」


「なんだい?」


「これって、夢じゃないですよね?」

思わず口にした言葉に、シリウス様は優しく笑った。


「もし夢だとしても」

彼が私の額にそっとキスをする。

「君と見る夢なら、それも素敵だと思うよ」


書斎から戻る道すがら、夜空には星々が一層輝きを増していた。


「星祭まで、あと3日」

シリウス様が、私の手を優しく握る。

「緊張はしていないかい?」


「少しは」

正直に答える。

「でも、不安はありません」


「それは、なぜ?」


私は立ち止まり、シリウス様を見上げた。

「だって、シリウス様が一緒だから」


その言葉に、シリウス様の紫の瞳が感動で潤む。

「ティア・・・」


突然、彼が私を抱きしめた。

「君という星に導かれて、本当に良かった」


温かな腕の中で、私は幸せな溜息をつく。

首元では、グランツヴェルト家の星のネックレスが静かに輝いている。


「シリウス様」


「ん?」


「星降る島での秘密・・・少しだけヒントを教えてくれませんか?」


シリウス様が、くすりと笑う。

「好奇心旺盛だね」


「だって・・・」


「ただ、これだけは言えるよ」

シリウス様が、私の頬に触れる。

「それは、永遠の誓いに関係があること」


「永遠の・・・誓い?」


「ああ」

シリウス様の目が、夜空のように深く美しい。

「星の女神が、最愛の人と交わした、特別な誓い」


その言葉の意味を考える前に、シリウス様は話題を変えた。


「さあ、遅くなってきたね」

彼が、私の肩に上着を掛ける。

「明日も、星の物語の続きを聞きに来てくれるかい?」


「はい、もちろん」


帰り道、私の頭の中は、様々な想いで一杯だった。

星祭。

星の見える丘。

そして、星降る島での永遠の誓い。


(シリウス様は、いったい何を計画していらっしゃるの?)


でも不思議と、その答えを急いで知りたいとは思わない。

この人との物語が、一歩一歩、確かに紡がれていくことが、何より幸せだから。


部屋に戻る前、もう一度空を見上げると、アストラティアの守護星が、青く美しく輝いていた。


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