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2.運命の日までのカウントダウン

朝もやの立ち込めるアストラティア王宮。

廊下を歩く侍女たちの間で、小さな噂が飛び交っていた。


「聞きました?グランツヴェルト侯爵令嬢が・・・」

「まさか、ご自分から婚約を・・・」

「でも、とても凛々しかったそうですわ」


私は噂の中心にいながら、不思議なほど心が穏やかだった。

純白のドレスから、今日は淡い水色のドレスに着替えて。昨日の決意は、静かな覚悟へと変わっている。


「お嬢様」

侍女長のアンナが、心配そうに声をかけてきた。

「本当に大丈夫でございますか?」


「ええ」 窓の外を見やると、白薔薇の小径が朝日に輝いていた。

「むしろ、晴れやかな気分よ」


「でも・・・」


「アンナ」 私は優しく微笑んだ。

「時には、自分で運命を選ぶことも大切なの」


その言葉に、アンナの目が潤んだ。


「お嬢様は、本当に・・・立派な方に」


「さて」


私は話題を変えるように立ち上がる。


「白薔薇の小径に行かなければ」

「シリウス様とのお約束・・・ですね」


アンナの声には、かすかな期待が混ざっていた。

きっと、昨日の廊下での出来事を、誰かが目撃していたのだろう。


「ええ」


胸の高鳴りを感じながら、私は答えた。


「大切な・・・約束なの」


白薔薇の小径に足を踏み入れると、甘い香りが漂ってきた。

朝露に濡れた白い花びらが、まるで昨夜の星々の名残のように輝いている。


「来てくれたんだね、ティア」


振り返ると、そこにシリウス様が立っていた。

普段の軍服姿ではなく、深い青の礼服に身を包んでいる。金色の髪が朝日に輝き、紫の瞳には昨日と同じ、深い想いが宿っていた。


「シリウス様」

「昨日の続きを、話させてほしい」


一歩、近づいてくる。


「もう、誰にも邪魔されることはない」


私の心臓が大きく跳ねた。

昨日、エドワード兄様に遮られた言葉。

白薔薇の香りに包まれながら、その続きを聞こうとしている。





「ティア」


シリウス様が、真摯な眼差しで私を見つめる。


「私が婚約者を持たなかった理由。それは、ずっと君を見つめていたからだ。幼い頃から、君はいつも輝いていた。優しくて、凛として、そして儚いほど美しく」


シリウス様の声が、感情を抑えきれないように震える。


「でも、君には婚約者がいた。それも、この国の王太子である兄が」

「シリウス様・・・」


「だから私は決めたんだ。君の幸せを、ただ見守ることを」


紫の瞳が切なく揺れる。


「でも、本当は・・・ずっと、君を」


言葉が途切れた瞬間、私は思わず声を上げていた。


「私も、です」


シリウス様の瞳が驚きに見開かれる。


「幼い頃から、シリウス様はいつも私のことを見ていてくださった。ピアノを間違えた時も、舞踏会で緊張した時も・・・」


言葉が、想いと共に溢れ出す。


「そして昨日、婚約破棄を決意できたのも、シリウス様がいてくださったから」

「ティア・・・」


風が吹き、白薔薇の花びらが舞い散る。

その中で、シリウス様が私の手を取った。

温かく、少し震えている手。


「これは、運命なのかもしれないね」


シリウス様が柔らかく微笑む。


「君が自分の意思で選んだ未来に、私の想いを重ねることができるなんて」


「はい」


その時、シリウス様が突然、片膝をついた。

私の左手を取り、そっと唇を寄せる。


「セレスティア・グランツヴェルト」 厳かな、しかし愛に満ちた声。

「君を、生涯愛し続けることを、ここに誓おう」





王宮図書館の静寂を、柔らかな足音が破る。


シリウス様との想いを胸に、私は本を探しに来ていた。婚約解消の正式な手続きについて、確認しておきたいことがあったのだ。


「あ・・・」


書架の向こうから、小さな声が聞こえた。

振り返ると、そこにはリリアーナ・アシュフォードが立っていた。

ブラウンの柔らかな髪に、エメラルドグリーンの瞳。原作のヒロインは、想像以上に愛らしい少女だった。


「グランツヴェルト侯爵令嬢・・・」

彼女は明らかに動揺している。

「申し訳ございません、私・・・」


「リリアーナ・アシュフォード令嬢」 私は穏やかに微笑みかけた。

「こんなところでお会いできるなんて、奇遇ですね」


「え・・・?」


リリアーナの瞳が驚きに見開かれる。

おそらく、私が敵意を向けてくると思っていたのだろう。


「歴史の本をお探しですか?」

自然な会話を心がけながら、私は尋ねた。


「い、いえ・・・その・・・」


彼女は戸惑いながらも、小さく首を振る。

「婚約についての・・・本を」


「まあ」 私は思わず微笑んだ。

「私も同じ目的で来ていたところです」


「え?」


「婚約解消の手続きについて、確認したいことがありまして」


その言葉に、リリアーナの顔が真っ青になった。


「そ、それは・・・私のせいで・・・」


「違います」


私は静かに、でもはっきりと告げた。


「これは私自身の選択です。そして・・・」

少し間を置いて、付け加える。

「誰もが自分の幸せを選ぶ権利を持っているのですから」


「グランツヴェルト侯爵令嬢・・・」


リリアーナの瞳に、涙が浮かぶ。


「セレスティアと呼んでください」 私は優しく告げた。

「これからは、お互いを理解し合える関係になれたらと思いますので」


夕暮れ時、私は自室のバルコニーに立っていた。

一日の出来事が、まるで夢のように思い返される。


シリウス様からの想いの告白。

白薔薇の花びらが舞う中での誓い。

そして、リリアーナとの出会い。


(彼女は、本当に純真な子なのね)


図書館での会話の後、リリアーナは涙ながらに謝罪し、同時に感謝の言葉を述べてきた。その素直さは、原作で描かれていた通りだった。


「お嬢様」 アンナが静かにノックをする。

「エドワード様がお呼びです」


「分かったわ」


明日には婚約解消の正式な手続きが始まる。

そして、その先には・・・。

シリウス様との新しい未来が、アストラティアの星空のように輝いていた。


(原作とは違う物語が、始まろうとしているのね)


私は夕暮れの空に微笑みかけた。

これは、誰もが幸せになれる物語——。

その確信が、静かに胸の中で輝いていた。

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