14.明かされる想い
夜明け前、私は小さな揺れで目を覚ました。
「星の導き」が、静かに停泊する音。
「ティア、起きているかい?」
シリウス様が、そっとドアをノックする。
「島に到着したよ」
急いで支度を整え、甲板に出ると、息を呑むような光景が広がっていた。
星降る島は、青い薔薇で覆われていた。
野生の青い薔薇が、島全体を星空のように彩っている。
そして島の中心には——。
「あれが、青い薔薇の神殿」
シリウス様が、水晶のように輝く建物を指さす。
「母上が、エレナ妃が、そして星の女神が訪れた場所」
朝もやの中、神殿は神秘的な光を放っていた。
まるで、星の光を閉じ込めたかのよう。
「さあ」
シリウス様が、私の手を取る。
「案内しよう」
小舟で島に渡ると、青い薔薇の香りが私たちを包み込んだ。
道なき道を、花々が自然と開いて道を作る。
まるで、私たちの訪れを待っていたかのように。
「シリウス様」
私は、不思議な感覚に包まれながら尋ねた。
「この島には、本当に魔法があるのですね」
「ああ」
シリウス様が頷く。
「でも、それは特別な魔法なんだ」
「特別な・・・?」
「愛する人同士にしか、その力は現れない」
シリウス様の紫の瞳が、深い愛情を湛えている。
「だから母上は、この場所を私に託したんだ」
神殿に近づくにつれ、星の光が強くなっていく。
夜が明けているというのに、私たちの周りでは星々が踊っている。
そして、神殿の入り口で——。
「まあ・・・!」
私は、思わず声を上げた。
そこには、見覚えのある人影が。
半透明の姿で、しかし確かな存在感を放って。
「シリウス、よく来てくれたわね」
その声に、シリウス様の体が震えた。
「母上・・・」
*
エレナ妃は、まるで星の光で形作られたかのような姿で、私たちの前に立っていた。
シリウス様の紫の瞳に似た優しい目と、柔らかな微笑み。
「母上・・・本当に・・・」
シリウス様の声が震える。
「ええ、この場所だけは特別なの」
エレナ妃が、青い薔薇に囲まれた神殿を見上げる。
「愛する人との誓いを、星々が永遠に記憶する場所」
そして、エレナ妃は私の方に向き直った。
「セレスティア」
その声には、深い愛情が込められている。
「あなたに会えて、本当に嬉しいわ」
「エレナ妃様・・・」
「ずっと見守っていたのよ」
妃が優しく微笑む。
「シリウスがあなたを想い続ける様子を。そして、あなたが新しい物語を紡ぎ出す姿を」
「母上は・・・知っていたんですか?」
シリウス様が尋ねる。
「私がティアを・・・」
「ええ、もちろんよ」
エレナ妃が、くすりと笑う。
「だって、あなたの目は、私とそっくりだもの」
「え?」
「かつて私も、同じ目で父上を見つめていたわ」
妃の姿が、一瞬強く輝く。
「決して叶わないと思われた愛を、ただ想い続けて」
シリウス様の手が、私の手をそっと握る。
「そして」
エレナ妃が続ける。
「この神殿で、奇跡は起きたの」
妃が手を差し出すと、星の光が集まり、小さな箱の形を作り出す。
シリウス様が昨夜見せてくれた箱と、そっくりなもの。
「その箱の中身と共に」
エレナ妃の声が、神秘的に響く。
「最後の秘密を教えましょう」
「最後の・・・秘密?」
「ええ」
妃が、にこやかに頷く。
「星の女神が、この場所で交わした本当の誓いについて」
シリウス様と私は、息を呑んで聞き入る。
青い薔薇の香りが漂う中、エレナ妃の物語が始まろうとしていた。
*
「星の女神の物語は、実は転生の物語なの」
エレナ妃の声が、静かに響く。
「転生・・・?」
私は思わず息を呑む。
「ええ。女神は、別の世界から来た魂」
妃が微笑む。
「そして、この世界で本当の愛を見つけた。ちょうど、セレスティアのように」
シリウス様の手が、私の手をそっと握り締める。
「神殿で交わされた誓いは」
エレナ妃が続ける。
「『どんな世界でも、どんな時代でも、必ずまた巡り会うこと』」
星の光が、私たちの周りでより強く輝き始める。
「そして、その証として」
エレナ妃が光の箱を開く。
中には、小さな星型のペンダント。
「『星の記憶』という宝物が作られたの」
シリウス様が、懐から昨夜の箱を取り出す。
「これが、その『星の記憶』なのですか?」
「ええ」
妃が頷く。
「代々、本当の愛を見つけた者たちに託されてきた宝物」
エレナ妃は、私たちに近づいてきた。
「セレスティア」
妃の声が、優しく響く。
「あなたは、きっと気付いているでしょう?」
「え?」
「なぜ、この世界の物語を知っていたのか。なぜ、シリウスに強く惹かれたのか」
私の心臓が、大きく跳ねる。
「そう」
エレナ妃が、満足げに微笑む。
「あなたとシリウスは、前世でも、その前の世でも、きっと・・・」
「出会っていた・・・?」
私の声が震える。
シリウス様が箱を開けると、中からもう一つの星型のペンダントが現れる。
エレナ妃の持つものと、ぴったりと対になるような。
「母上」
シリウス様の声には、深い感動が込められている。
「だから、ティアに出会った時から、この強い想いが・・・」
「ええ」
妃が嬉しそうに頷く。
「魂は覚えているのよ。永遠の愛を」
「ティア」
シリウス様が、私の前に膝をつく。
手には二つの星型のペンダント。
「やっと分かったんだ」
シリウス様の紫の瞳が、深い愛情で潤んでいる。
「なぜ、幼い頃から君に惹かれ続けたのか」
私の頬を、涙が伝う。
それは喜びの涙であり、懐かしさの涙。
「母上」
シリウス様が、エレナ妃の方を向く。
「儀式を、執り行っていただけますか」
「ええ、もちろんよ」
エレナ妃の姿が、一層輝きを増す。
神殿の中心へと導かれる。
床には星座が描かれ、天井からは青い薔薇が垂れ下がっている。
そして、無数の星の光が私たちを包み込む。
「この『星の記憶』は」
エレナ妃が説明を始める。
「二つが一つになることで、その力を発揮するの」
シリウス様が、一つ目のペンダントを私の首に掛ける。
「永遠の愛を誓います」
私は、もう一つのペンダントをシリウス様の首に。
「永遠に、共に歩むことを誓います」
二つのペンダントが触れ合った瞬間——。
眩いほどの光が広がり、そして・・・。
記憶が、走馬灯のように流れ込んでくる。
***
古代の神殿で出会った二人。
中世の城で愛を誓った二人。
様々な時代、様々な場所で、常に惹かれ合い、見つけ合ってきた魂。
***
「思い出せた?」
エレナ妃の声が、優しく響く。
「あなたたちの魂の記憶を」
「はい・・・」
私は、溢れる涙を拭いながら答える。
「私たちは、ずっと・・・」
「探し合っていた」
シリウス様が、言葉を継ぐ。
「そして、やっとここで・・・」
「永遠の愛を、交わす時が来たのね」
エレナ妃が、満足げに微笑む。
*
「でも、まだ終わりじゃないのよ」
エレナ妃が、意味深な笑みを浮かべる。
「シリウス、その箱の中には、もう一つ大切なものがあるはず」
シリウス様が、小さく頷く。
「ええ、母上」
箱の底から、さらに小さな青い宝石箱が取り出される。
星の光を集めたような、深い青色の箱。
「ティア」
シリウス様が、再び私の前に膝をつく。
「永遠の愛を誓い合った今、もう一つ、大切な約束を」
箱が開かれると、そこには・・・。
青い薔薇の形をした指輪。
中心には星型のダイヤモンドが埋め込まれている。
「これは!」
「星の女神が身につけていた伝説の指輪」
エレナ妃が説明する。
「そして、私も受け継いだもの」
「実は」
シリウス様が、少し照れたように微笑む。
「この指輪には、特別な力があるんだ」
「特別な・・・?」
「二人の子供に、星の祝福が宿るという」
エレナ妃が、幸せそうに告げる。
「だから、シリウスにも星の力が宿っているの」
シリウス様の頬が、少し赤くなる。
「ティア」
真っ直ぐな眼差しで、私を見つめ。
「君と共に、新しい家族を作りたい」
私の目から、また涙が溢れ出す。
でも今度は、幸せすぎて止まらない涙。
「はい」
震える声で答える。
「喜んで」
指輪が、私の薬指に優しく滑り込む。
その瞬間、神殿全体が青い光に包まれ、無数の星が降り注ぎ始めた。
「星降る島の、本当の理由」
エレナ妃が微笑む。
「それは、新しい命への祝福なの」
シリウス様が、私を抱き寄せる。
「愛してる、ティア」
「永遠に、そしてこれからも」
*
星の光が静かに降り注ぐ中、エレナ妃の姿が徐々に透明になっていく。
「母上・・・」
シリウス様の声が切なさを帯びる。
「大丈夫よ」
妃が優しく微笑む。
「私の役目は、これで終わり。あとは、あなたたちの物語」
「エレナ妃様」
私は、感謝の気持ちを込めて深く頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました」
「セレスティア」
妃の声が、まるで風のように優しく響く。
「あなたのような素敵な娘を得られて、私は幸せ者よ」
シリウス様の手が、私の手をぎゅっと握る。
「そうそう」
消えゆく前に、エレナ妃が楽しそうに付け加えた。
「その指輪の力は、とても強いものよ?」
意味深な笑みを浮かべ。
「双子の星が宿ることも、よくあるの」
「え!?」
私とシリウス様が、同時に声を上げる。
妃の透明な姿が、幸せそうな笑い声と共に星の光となって消えていく。
「幸せに。そして、また会いましょう」
最後の言葉が、神殿に優しく響き渡った。
*
エレナ妃の物語が終わり、二人は神殿の外に出た。
青い薔薇の香りが漂い、星空が広がる中、シリウス様は私の手を取り、静かに微笑んだ。
「ティア、君とこうして一緒にいられることが、本当に幸せだよ」
「私も幸せです。シリウス様」
私は彼の肩に寄り添いながら答える。
しかし、心の中には少しの不安があった。
この先、私たちはどうなるのだろうか。
未来への不安が頭をよぎる。
シリウス様はそんな私の心情を察したのか、優しく問いかけた。
「ティア、どうしたんだい?」
私は少し躊躇しながらも、心の中の思いを口にした。
「未来が少し怖いのです。新しい家族を作ること、そしてその責任を背負うことが。」
シリウス様は私の不安をしっかりと受け止めるかのように、優しく微笑んだ。
「ティア、その不安はよく分かるよ。でも、君と共に未来を歩んでいくことを僕は信じているんだ。君が隣にいれば、どんな困難も乗り越えられる。」
その言葉に、私は胸が温かくなるのを感じた。
「私も、シリウス様と共に未来を歩んでいきたい。そして・・・いつか、新しい家族を作りたい。」
シリウス様の手が私の手をぎゅっと握った。
「それが僕たちの夢だよ、ティア。」
その夜、私たちは星空の下で愛を確かめ合い、未来への希望を胸に抱いた。