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13.運命の転換

夜明け前のアストラティアの港。

静かな波音と、遠くで鳴く海鳥の声だけが響いている。


「まあ・・・!」


港に停泊している船を見て、私は息を呑んだ。

純白の帆に、青い薔薇の紋章。

船首には星の女神を模した像が飾られ、その手には青い薔薇が握られている。


「母上が『星の導き』と名付けた船だ」

シリウス様が、誇らしげに説明する。

「星の女神が航海した時の船を、できる限り再現したんだ」


甲板に上がると、そこには見覚えのある顔があった。


「お二人とも、お気をつけて」

エドワード兄様が、温かな笑みを浮かべている。


「エドワード兄様!」


「国のことは任せておけ」

兄様が頷く。

「シリウス、妹を頼んだぞ」


「ああ、この命に代えても」

シリウス様の声には、強い決意が込められている。


朝日が昇り始める中、船は静かに出港した。

岸壁では、エドワード兄様が見送ってくれている。


私は、波を見つめながら呟く。

「原作の『時計台の下で待ってて』には、こんな展開はなかったのに」


「ティア」

シリウス様が、後ろから私を抱きしめる。

「君が紡ぎ出した、新しい物語だよ」


青い海が、朝日に輝いている。

遠くには、私たちの目的地である星降る島が待っている。


「シリウス様」

私は、ふと気になっていたことを尋ねた。

「どうして、この航海を選んだんですか?」


シリウス様は、意味深な笑みを浮かべた。

「それはね・・・」





「母上の日記には、こう書かれていたんだ」

シリウス様が、航海日誌のような革表紙の本を取り出す。


『星降る島には、特別な力がある。

それは、二つの魂を永遠に結びつける力。

星の女神が、最愛の人と永遠の絆を交わした場所——。


島の中心には、青い薔薇の神殿がある。

そこで交わされる誓いは、星々が永遠に記憶するという。』


「神殿・・・」

私は息を呑む。


「ああ」

シリウス様の紫の瞳が、深い愛情を湛えている。

「そこで、改めて誓いを立てたいんだ」


船は静かに波を切って進む。

潮風が、私たちの髪を優しく撫でる。


「実は、もう一つ理由があるんだ」

シリウス様が、船首の方を指さす。

「あの星の女神の像を、よく見てごらん」


私は像に近づき、その手に握られた青い薔薇をじっと見つめた。

すると・・・。


「まあ!」

薔薇の中心に、小さな星型の宝石が埋め込まれているのが見えた。


「母上が遺してくれた最後の贈り物さ」

シリウス様が説明する。

「星の女神が身につけていたという『星の雫』。二つの心を永遠に結びつける力を持つ宝石」


「シリウス様・・・」


「星降る島の神殿で」

シリウス様が、私の手を取る。

「この『星の雫』を使って、特別な儀式を執り行いたいんだ」


「特別な・・・儀式?」


シリウス様は、またあの意味深な笑みを浮かべただけ。

「それは、まだ秘密だよ」


その時、船の周りで小さな光が踊るのが見えた。

海面に反射する光・・・いや、違う。


「星の光!」

思わず声を上げる。

真昼なのに、確かに星の光が私たちを取り囲んでいる。


「母上の日記にあったんだ」

シリウス様が嬉しそうに説明する。

「星降る島に近づくにつれ、不思議な現象が起きると」





昼下がり、甲板に設けられた小さなテーブルで、私たちは星の実のお茶を楽しんでいた。

周りでは、星の光が静かに舞い続けている。


「不思議ね」

私は、光を見つめながら言う。

「まるで、星の女神の物語の中にいるみたい」


「ティア」

シリウス様が、懐から一冊の古い手帳を取り出す。

「これも、母上の遺品なんだが」


開くと、そこには美しいスケッチが描かれていた。

青い薔薇の神殿、星降る島の風景、そして・・・。


「これは!」


中央のページには、二人の人物が描かれている。

星の光に包まれながら、愛を誓い合う様子。

女神のような美しい女性と、凛々しい男性。


「母上が描いた、星の女神の伝説」

シリウス様が説明する。

「でも、これは単なる伝説の絵ではないんだ」


「どういう意味ですか?」


「よく見て」

シリウス様がページをめくる。

「この署名を」


そこには、日付と共に名前が記されていた。

『アストラティア王妃 エレナ・フォン・ヴァイスクローネ』


「これは、母上自身の経験だった」

シリウス様の声が柔らかくなる。

「父上との」


波の音が静かに響く中、私たちはページをめくっていく。

そこには、エレナ妃の幸せな日々が、絵と共に記されていた。


「最後のページを見て」

シリウス様が、そっとページを開く。


『愛する息子へ


この航路を辿り、星降る島に至る時。

きっとあなたも、運命の人と共にいることでしょう。


神殿で交わされる誓いは、単なる約束ではありません。

それは、魂と魂を結ぶ永遠の絆。


星の雫が輝く時、二つの心は一つになる——。


あなたの幸せを、星の上から見守っています。』


「王妃様・・・」

私の目に、涙が浮かぶ。


シリウス様が、私を優しく抱きしめる。

「母上は知っていたんだ。いつか私が、君という特別な星を見つけることを」


その時、船の周りの星の光が一層強く輝いた。

まるで、エレナ妃が私たちを祝福しているかのように。



夕暮れ時、海は茜色に染まり始めていた。

甲板では、シリウス様と私だけの特別なディナーが用意されている。


「まるで、夢のよう」

私は、海面に映る夕陽を見つめながら呟く。

テーブルには青い薔薇が飾られ、星の光が静かに舞い続けている。


「ティア」

シリウス様が、グラスを掲げる。

「乾杯しよう。私たちの新しい物語に」


クリスタルグラスが、優しい音を響かせる。


「ねえ、シリウス様」

私は、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。

「本当に、これでよかったのですか?」


「どういう意味かな?」


「私は・・・転生者で」

言葉を探りながら続ける。

「本来の『物語』では、悪役令嬢だったはずで・・・」


シリウス様は、私の言葉を優しく遮った。


「ティア、覚えているかい?」

彼が、私の手を取る。

「星の見える丘で言った言葉を」


「はい・・・」


「君への想いは、政略でも運命でもない」

シリウス様の紫の瞳が、夕陽に輝く。

「これは、私自身の選択なんだ」


「シリウス様・・・」


「それに」

彼が、くすりと笑う。

「君が転生者だからこそ、こんな素敵な物語が紡げたんじゃないかな」


「え?」


「原作の展開を知っていたからこそ」

シリウス様が続ける。

「誰も傷つけない、最高の結末を導き出せた」


夕陽が水平線に沈もうとする中、シリウス様が立ち上がり、私を抱き寄せた。


「君は、私の誇りだよ」

囁くような声。

「そして、永遠の愛しい人」


波の音と、星の光に包まれながら、私たちの唇が重なる。

甘く、優しいキス。


「明日の朝には」

キスの後、シリウス様が微笑む。

「星降る島に到着するよ」


「楽しみです」

私も笑顔で答える。

「シリウス様との、新しい物語の始まりが」


夜空に、最初の星が瞬き始めた。

私たちを導く、永遠の光。





夜が更けていく中、私たちは船室のバルコニーで星空を見上げていた。

ここからは、海面に映る星々と、空に輝く星々が溶け合って見える。


「あれが星降る島よ」


船首の方角に、小さな島の影が浮かび上がっていた。

周囲を星の光が取り巻き、まるで宝石のように輝いている。


「母上の日記には、こう書かれていたんだ」

シリウス様が、私の肩に上着を掛けながら言う。

「『島に近づくにつれ、星の光は強くなる。そして神殿で、最も美しい光景が待っている』と」


「最も美しい光景・・・」


「ああ」

シリウス様が、懐から小さな箱を取り出す。

「これも、その時のために母上が遺してくれたものなんだ」


開けようとして、一瞬躊躇うシリウス様。

「でも、これは明日まで秘密にしておこう」


「もう、シリウス様ったら」

私は少し拗ねたように言う。

「秘密が多すぎます」


シリウス様は優しく笑った。

「全ては、君への最高のサプライズのため」

そう言って、私を抱き寄せる。


「ねえ、シリウス様」

私は、彼の胸に寄り添いながら尋ねた。

「星の女神は、神殿で何を誓ったのでしょう?」


「それはね」

シリウス様の声が、柔らかく響く。

「『永遠の愛』だけじゃない。もっと特別な誓いを」


「特別な・・・?」


「明日、君にも分かるよ」

シリウス様が、私の額にそっとキスをする。

「そして、きっと君も同じ誓いを立てたくなる」


波の音が静かに響き、星の光が私たちを包み込む。

首元のグランツヴェルト家の星のネックレスが、いつもより明るく輝いているような気がした。


「さあ、休みましょう」

シリウス様が、私の手を取る。

「明日は、特別な日になるから」


船室に戻る前、もう一度星降る島を見やると、

島の上空で流れ星が一筋、光を描いた。


(明日、新しい物語が始まるのね)


私は、胸に暖かな期待を抱きながら、

シリウス様と共に船室へと向かった。

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