ヘイ!ジョージ!今からお前を殺しにいくからな!
タバコの銘柄を当てるための準備をしている。よくわからんインターネットにその動画をアップロードして荒稼ぎしようと目論んでいるらしい。俺はそれの手伝いである。
わけがわからんだろう?
俺自身も全く持って理解していない。高校時代の知人が勝手に考え出したことだ。それなのに撮影機器とかタバコの調達も全部俺。撮影場所も俺の家。演者も俺。個人情報とかプライベートとか全部筒抜け。人権なんてクソくらえだ。おいプライバシーはどこへ行ったんだ。モザイク処理をしてくれよ。俺の顔を映さないでくれよ。編集だけはその知り合いがやる。リスクを背負っているのは俺だけである。金が入ることなんてない。入ったところで俺の手元には届きはしない。そんな動画を見てくれる暇な人間なんてどこにもいやしない。何の意味があるというのだ。今もこうして金が無駄に浪費されていく。
俺は読書したいんだ。俺だけのオナニー小説を執筆したいんだ。誰も使ってなさそうなサイトから買った全集がほとんど読まれることなく机に並べてある。あれから半年以上が経っているんだぞ。数冊しか読めてないのだから勘弁してもらいたい。本棚は飾るためだけに買っているわけはない。読んでこそ初めて価値が生まれるというわけだ。
クソ!今嫌なことを思い出していた。高校時代に買ったもので、文庫本のくせに単行本並みの値段する本をクラスのやつにドミノにされていた。今もそれはこの本棚に並べてある。新品で買ったはずなのに中古本を取り扱っている本屋の下の棚に並べてある状態の本に成り下がっている。思い返せば俺は昔から交友関係に恵まれていなかった。一生親友と呼べるような存在はいないし、俺が得するようなことはなかった。交友関係に損得を求めるのは間違っているのかもしれないが、俺だけが損することがあまりにも多すぎる。
頭が痛え。
喉が痛え。
肺がぶっ壊れそうだ。
慣れないタバコを吸うせいだ。俺は生まれたときから肺とか喉が弱いんだよ。何度も高校時代の知人に話したけど「軟弱過ぎだろ!甘えんな!」って怒鳴られたんだよな。意味わかんねよな。これで何か起こっても責任取るつもりなんてないくせに。お前が悪いって全部俺に押し付けるんだよな。
何でこんなやつとつるんでいるんだっけ?
いつのまにかいやがるんだよな。前は寮に住んでいたけど、寮生以外は立ち入り禁止なわけ。それはどこの会社でも同じだと思う。そう説明しても無理矢理入るんだよ。共同風呂も勝手に使うし、それが会社の同期にバレて最悪。その同期も黙ってくれればいいのに寮長にチクるわけよ。まあ、軽く注意されただけだからそれに関してはノーダメージ。ただ、その同期とは仲悪くなったわな。でも、その同期だって悪いんだぜ。俺が隣で寝ているってわかっているのに、深夜まで騒ぐんだぜ。俺は日勤で相手は三交替だから仕方ないけどよ。それがずっと続いていくから俺は寝れないわけよ。最初は寮長に部屋を変えてくれって相談したけど改善されないから、同期にチクられたとき俺も言ってやったんだ。そしたら、めちゃくちゃ怒ってよ。もう意味わかんねよ。お互い悪かったなあで済む話じゃん。結局、俺だけが悪者になって終わりだよ。もうそれ以降その同期とは話していない。と言うか、その同期との関係が断たれたことによって、他の同期との繋がりも失ったんだよな。ある意味では最悪な相手と仲違いしちゃったわけだよ。
ってか、悪いのは無理矢理押しかけてきた高校時代の知人じゃん。ダメだって言っているのに、勝手に土足で入ってくるのよ。土足ってこれふたつの意味ね。寮は土足厳禁なのに外から履いてきた靴そのままでズカズカと入ってくるんだよ。俺が困っている姿を見てゲラゲラと笑ってやがる。まあそういうことがあったせいで、俺は寮の中でもだいぶ浮いた存在になるわけよ。隣とは険悪ムードだし、そんな状態で寮暮らせるわけないじゃん。だから、会社の規定よりも早くに寮から出っていったんだよ。それでアパート借りるときにもその高校時代の知人はついてくるんだよ。泊まりに来るから広いところがいいって言って、俺が考えていた予算よりもだいぶ高くなっていた。実際、俺が借りた部屋は物置状態になっていた。2DKなのに俺の居住スペースは和室の一部屋だけ。押し入れとか開ければとんでもないことになる。何で俺の憩いの場がどこにも用意されていないんだよ。
読書がしたい。
本ばかりが無駄に増える。
タバコなんて吸いたくねえよ。部屋が臭くなるし、本にヤニが付きそうで嫌なんだ。身体にも良くないしよ。文豪とかタバコ好きのやつが多いから憧れはあるけど、タバコを吸いたいわけではないんだよな。咥えてぶっているだけでいいんだよ。タバコの銘柄なんてわかんねえよ。俺が好きなアーティストが歌っている曲名にあるタバコの銘柄しか知らないよ。
何でこんなことをしているんだ。
俺は本が読みたいだけなんだ。
時間がねえよ。この撮影が終わっても俺に残された時間はない。風呂に入ってもう寝るだけになる。憂鬱だよな。でもどうしようもないじゃん。明日も俺は仕事があるんだから。遅刻するわけにもいかないじゃん。寝れてなくて仕事が回らないとか話にならないじゃん。どんなに読書したくても寝るしかない。睡眠時間なんて関係なく疲れが取れれば、このまま読書ができるというのに。俺は本当に軟弱なんだろうな。
タバコの臭いが俺を不快にさせる。
クソ!こんなもの吸えるわけないだろ!と怒鳴りつけてやりたい。それなのに俺は黙ってタバコを吸い続けている。銘柄を当てようと必死になっている。はいはい、俺はこの知り合いの言いなりですよ。逆らうことなんてできません。根性なしで玉なし野郎です。でも、それも仕方がないんだぜ。実家の住所もバレているし、俺のアパートのカギも持っている。そんな状態で反抗的な態度を取ったらどうなるかわかったもんじゃない。何もしていないのにアパートの壁を蹴ったり奇声を発したりするんだぜ。壁が少し凹んでいる箇所もあるし、近所の人に注意されたことがある。最悪だろう。そんなことをする高校時代の知人に対して怒りを見せてしまったらきっとこの家は保てなくなる。ああ、敷金が。俺が退去するとき金が戻ってくることはない。むしろ多額の請求書が俺のもとに届いてしまう。自分の家じゃないからって自由にしすぎなんだ。そのくせ、家主である俺には自由がない。
俺はトイレへと逃げ込もうとしている。その友人はまた脱糞するのかと茶化す。ああ、そうだ俺は脱糞をしてやるんだ。今抱えているすべてを流してやる。ぎゅるるとお腹の方から音が鳴っている。思い出したくないことを胃酸でミキサーのように回し続けている。それなのに消化が上手くできずに下痢ばかりが尻から流れてやがる。最低な気分だ。もう俺はまともな人生を過ごすことが出来ない。この苦しみを抱え込みながら休日を過ごさなければならないんだ。
スマホがない俺は手持ち無沙汰であり、トイレにあるものを物色し始めていた。するとそこには父から貰ったカレンダーを貼り付けていた。そこで俺は初めて今日が土曜日であることを気付く。俺は明日仕事ではないんだ。この苦痛な一日をやり過ごしてしまえば待っているのは誰にも縛られることのない自由を得られるんだ。
トイレへ出た俺は清々しい顔をしていた。それを見ていた高校時代の知人はおめえ気持ち悪いんだよ、と嬲った。
そうそう俺って気持ち悪いらしいんだよ。ブサイクじゃなくて気持ちが悪いんだよ。これ重要ね。この前すれ違ったカップルにも小声でキモって言われたんだよ。パーツ自体は悪くないんだけどな。目は二重で、鼻は高くて唇は薄い、耳も小さくて涙ホクロもある。それだけ聞いていれば、イケメンの部類だって入るはずだ。それなのに気持ち悪いのは顔のバランスが悪いせいだろう。あと太い眉毛。これで俺は気持ち悪い人間となってしまう。
俺は神様に弄ばれた不幸な人間である。きっと神様は目隠しした状態で福笑いを作るように俺を醜くしたのであろう。成形したところで俺の気持ち悪さを拭い去ることはできない。根本的に腐ってやがるんだ。
お腹が痛い。
最近ずっと腹の調子が悪い。下痢がここ数年ずっと続いている。嘔吐が一週間に一度発生している。和室よりもトイレで過ごしている時間が長いかもしれない。ストレスが溜まり続けている。それが消化されずにいるから、下痢が止まらないかもしれない。ストレスが栄養を吸い続けて、俺の身体の中で珈琲でも飲んでくつろいでいるかのように居座っている。
体調が優れない。
お腹が空かない。
胃の中は空っぽのはずなのに。ストレスによって無くなっているはずなのに。俺の生活はどんどんと悪い方向へと向かっている。俺の最終地点はどこにあるのだろうか。もう見失っている。
俺は何がしたい?
読書がしたい。
執筆活動がしたい。
それだけのはずなのに俺は見失っている。
タバコの臭いが嫌いだ。
アルコールの臭いが嫌いだ。
他人が嫌いだ。
外の空気が嫌いだ。
世界を照らしている太陽が嫌いだ。
どこまでも続く空が嫌いだ。
俺は全てを憎んでいる。
妬んでいる。
恨んでいる。
羨んでいる。
殺してやりたいと何度だって呟いてやる。
どうだっていい。
何もかもが希薄になっている。
視界が薄れていく。
世界はプレスされていく。
俺は読書ができない。
タバコを吸うことしかできない。
いつのまにか一日目の休日が終わりを迎えようとしていた。高校時代の知人はいつのまにかいなくなっていた。俺は解放されていた。俺だけの時間がやってくる。読書が出来るんだ。あの山のように積まれている本を一冊読むことができる。
俺は本が置いてある和室へと向かう。そのとき俺のスマホがカラオケの利用時間の終わりを知らせるかのように、喧しく鳴らし始めていた。スマホの画面には父の名前があった。俺は取るべきなのか悩んでいた。そんなことをしてしまえば確実に俺の自由時間は失われる。こんなのっておかしいだろう。神様は俺に対して敵意を向けている。俺の前世は大罪人で神様を貶めようとしていたはずだ。具体的に何をしたのかは神様に訊かなければならないだろう。その真相を知るためだけにこの世からおさらばするのはアリかもしれない。
タバコの臭いにやられてしまい思考が鈍っている。ニコチンが体内に巡り始めて俺という存在を上書きしていく。少しずつではあるが俺という人格が失う。読書欲だけが俺という理性を保っている。高校時代のあの嫌な笑いが頭に浮かぶ。殺してやりたい、と呟いていたが俺自身は実行に移すことはできないであろう。頭の中で複数の刺し傷を負っている高校時代の知人が浮かぶ。死ね死ねと叫びながら何度も俺は手に持っている包丁で刺し続ける。ヒャヒャと笑い狂いながら俺は恍惚な表情をしている。最高の日々である。もうお前が望む世界なんてどこにもありはしない。
クソッタレな世界を靴底が擦れまくったデパートで買ったブランド物の靴で蹴り飛ばしてやる。こんな値段の高い靴なんて欲しくなんてなかったんだ。お前だけ何も買わないのは気に食わないという理由だけで無理矢理購入させた。
もう嫌だ。
逃げ出したい。
この世界からどう見られたってどうでもいい。
俺は俺だけの時間を奪い取ってやるんだ。
そう頭の中で決意を固めても俺がした行動は父からの電話を取ることだった。
「今週はこっちに帰らないのか?」
俺は外用の服に着替えて電車へと向かっていた。荷物の中には一年以上前に購入した本を数冊入れていた。あとは明日こっちへ帰るとき用の着替え、ノート型パソコンと充電器類をカバンの中に突っ込んでいた。財布とスマホとイヤホンはポケットの中に入れてある。最寄りの駅に着いて俺は切符を購入する。駅のホームで電車が来るのを待っていた。あと十五分ほどかかりそうである。
読書しながら駅のホームで待っていると外国人が俺に話しかけてきた。どうやら自分の目的地へ行くための電車はどれなんだと訊いているらしい。俺は英語なんてわからないから伝え方に苦労していた。スマホのアプリがあったのを忘れていたんだけど、とりあえず身振り手振りで伝えようとした。でも、やっぱり上手く伝えられなくて、相手は?マークを頭に浮かべていた。こりゃダメだと思っていたら、遠くの方で欧米の外国人特有の明るい声で叫んでいるやつがこちらへ走ってくる。向こうから来た外国人が満面の笑顔で手を挙げてこう言ってきた。
「ヘイ!ジョージ!今からお前を殺しにいくからな!」