父と娘
「シン。貴方の言ったとおりだったわ」
ロセと一緒に寮の私室へ戻った私は、今後の行動について話し合うためにシンを呼んだ。
「なんとなくそうじゃないかとは思っていたんだけど、いざ内容を聞いてみるとなかなかにひどいね」
「ええ……。それでね、私思ったの。こんな、根も葉もない噂が信じられるのは、みんなあんまり知らないからじゃないかって。私のことも、王家のことも」
「それは、政治など民に理解できるはずもないのですから、民衆に見せる顔と、政治の時に見せる顔が違っているのは当然なのではないですか?」
隣のロセは不思議そうな顔をしながらそう言った。
多少王国のことが分かっている者からすれば当然の話で、民衆に見せる顔はみなが求めている顔だ。美しく、いつでも笑顔で、皆を導く。だけれど、それだけでは……。
「それだけではダメなんじゃないかって、私思ったの。だって、いっつも自分にはいい顔してくる人のこと信じられる? 弱みを全く見せない人のことを信じられる?」
「それは……」
「じゃあ、君はどうするつもりなんだい? リア」
シンからの疑問の声。私がとるべき行動は、とっても単純なこと。
「そんなの簡単なことよ。私の素を見せればいいの。猫かぶりなんてやめて、『王女』のアフィリアじゃなくって、アフィリア・メルクーリをみんなに見てもらうの」
「でも、それでは王族としての威厳が……」
ロセの心配も理解できないことではない。これまで私たちが理想とし、追い求めてきた王族像は、国民を導く象徴のような存在で、憧れの対象であって、理解の対象ではなかった。私がしようとしていることは、それから遠ざかることに他ならない。
「そんなもの、捨て置けばいいわ」
「お嬢様、それは暴論です」
「そう? 国民が変わるように、私たち王族も変わらなければならない。そうでしょう? ただ座して待つよりも、何かしらの行動を起こすべきよ。シンだってそう思うでしょう?」
「学院内の現状をよくするには、そうするのが一番いいとは思うよ。それとは別に、それがこれからにどう影響するかを考える必要はあるけどね。国王様の治世を邪魔するように働く可能性だってないわけじゃない」
シンの言っていることは正しい。
例えば、現国王であるお父様は、貴族からの信頼が篤いとして、その状態で私が行動を起こして、平民の人たちの支持を獲得したとする。そうすれば、たちまち貴族と平民との分断が起こり、私を平民の運動の旗印として担ぎ上げる動きが起こるだろう。
実際に先例があるので、そうなることは想像に難くない。
「だったら、お父様も巻き込んじゃえばいいのよ」
「……は?」
想定外の返答だったのか、シンは呆けた顔をする。あんまり見ない表情だったので『絵にかいて残したい』なんて思ってしまったけれど、その気持ちは心の片隅にしまい込んで話を続けよう。
「王族の分断が問題なんだったら、王族が一丸となってこの問題に取り組めばいい、そうでしょう?」
「まぁ、力業だけれどもそういうことでは……あるのかな……?」
「そういうことだから、シンとロセにも動いてもらわないといけないかもしれないのだけれど、お願いしてもいいかしら?」
二人の口からは大きなため息。申し訳ないのだけれど、付き合ってもらう他ない。
× × ×
「お父様、お話があります」
広い王宮の謁見の間。隅々まで清掃の行き届いた白い空間には、私とお父様だけ。
もちろん家族団らんなどではなく、先の問題を共有して、解決策を導き出すため。
「話してみなさい」
「とある噂を耳にしまして、それが『隣国との戦争のために近く増税する』といったものでした」
「根も葉もない噂だ」
お父様の顔には、そんな噂を信じるのか、とでも言うような疑念の表情が張り付いている。
「それは承知しております。問題はその噂が広まっていること自体にあると、私は思っています」
「というのは?」
「民はあまりにも私たちを知らなさすぎます。私たちは、これまで国民の尊敬の対象となるような、完璧さを追求してきました。しかし、それによって国民からの王族の対する理解が損なわれている。そう感じました」
「それで、お前はどうするつもりなのだ、アフィリア」
「学院内での振る舞いを少し変えようかと。正確には、もう少し素を出してみようかと思っています」
「……わざわざ私に言うということは、何かしてほしいことがあると?」
「ただ、私の活動を認知していてくだされば十分です」
「ほう、認知とな」
国王の眉が興味深そうに吊り上がる。
「私の行動によって起こりうる問題は、私が平民に祭り上げられることによって起こる、国民の分断だと考えています。ですから、私とお父様が一枚岩であることさえ知らしめることができれば十分かと」
「委細承知した」
「えっ?」
一も二もなく許諾の返事が返ってくるとは思っていなくて、少したじろいでしまう。
今のお父様は、国王として接してきているし、私は一家臣として奏上しているに過ぎない。反対される覚悟で話しに来たのに、こうもあっさりと許可が出れば肩の力が抜けてしまうというもの。
「よろしいのですか?」
「お前なりに考えた結果だろう。それならお前を支持してやるのが父親の役目だ」
「……ありがとうございますっ」
「ただし、自分で責任を持って行動しろ。このことで失敗しても尻ぬぐいはしてやれん」
「肝に銘じます! お父様。では、行動の準備をしてまいります!」
頭を垂れて、そそくさとその場を後にする。
「ちょっと待ちなさい」
「? どうされましたか?」
「せっかく帰ってきたんだ、たまには家で食事をしていくといい」
珍しい父からの申し出だった。
「はいっ」
王としてではなく父親としての顔を覗かせるお父様に、私は満面の笑みを以て答えるのだった。
× × ×
「倒れたと聞いたが、体調に問題はないのか?」
「はい、ご心配をおかけしました。お医者様も、何もないとおっしゃっていました」
食卓を囲むのは、私と、お父様とお母様の三人。久々の家族団欒の時間。
公務であちこちへ赴く私たちが揃って夕食を取ることのできる日はそうないのだ。最近は、そもそも私が寮にいることもあって、さらに時間を確保するのは困難になっている。
「それは良かった。だが、原因が分からないのだから、また同じことが起きないとも限らない。気を付けなさい」
「はい。ありがとうございます。お父様」
お父様は、私の返事を聞いて少し満足そうな顔をしてから、食事に手を付け始めた。
「なんともないような顔してるけど、お父さんが一番心配していたのよ?」
思わぬ方向からの攻撃に、お父様は大きくむせ込む。すかさず侍従が水を持ってきて、事なきを得たが、あのままなら国王の食事にはにつかわぬ惨状が繰り広げられていた事だろう。
「……あまり心配をかけるな」
それだけ言うと、お父様は残っていた水を一気に飲み干した。
「気を付けます」
その様子がおかしくって、くすりと笑いながら、私はそう返事をした。
「アフィリア」
夕食を終え、家路につく支度をするために、部屋をあとにしようとしたその時、お父様は私を呼び止めた。
「さっきの質問だがな、部分的に間違っていないところがある」
「と、おっしゃいますと……?」
どういうことなのでしょうか。お父様に問いかける。
「軍備増強を行う予定をしている」
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