夢と噂
「リアッ」
「どうしたの……シン。そんな、泣きそうな顔をして」
至る所から炎が立ち上り、天高く上った煙が空を覆い隠す天蓋を作っている。
「だって、リア……その傷……っ」
煤汚れた私のドレス。その腹部は裂けており、中からは鮮血が滲みだしている。
「……そうね。きっと……もう長くはないのでしょうね」
私の背中に手を回し、支えるシン。その目からは、涙が溢れ出していた。
「泣かないの。私の騎士様なんだから」
「でも、守れなかった! 民も、一番大事な君もッ!」
シンは仇を見る目で私の後ろ、王宮の方を睨む。
その瞳には、恨みだけではなく、後悔や自責、様々な感情が渦巻いていた。
彼の視線の先からは、けたたましい咆哮と、建物が崩れ去る轟音。
「それでも……貴方は私の騎士で、私はこの国の王女……なのです。」
だんだんと息が続かなくなってきた。死はもうそこまで近づいているようだった。
「何も……何も守れなかった僕に、騎士を名乗る資格など……っ」
「あなたは……騎士よ。私が……手ずから叙勲した、自慢の……騎士様」
そっと彼の頭を抱き寄せる。
「好きよ……シン」
「な、何を……」
「最期に……愛を囁くくらい……いいじゃない。王女らしい……でしょう? 物語の」
「……リアには敵わないよ。 ……愛しているよ。リア。君主としても……女性としても」
彼の腕に抱かれながら、私は幸せな涙を流して意識を手放していった。
× × ×
目を開くと白い天井。部屋はカーテンで区切られており、私はいつもより少し硬いベッドに寝かされているようだった。
「ここは……医務室?」
「リアっ、よかった、目が覚めたんだね」
「……シン? どうしてここに?」
「覚えてないの? リア。君、倒れたんだよ? 属性の測定の時に。それで、僕がここまで運んできた」
確か、測定するための晶球が強く輝いて……それ以降の記憶がない。
「あのあと私、倒れたの……? どうして?」
「医務室の先生も、原因は分からないって」
「そう、じゃあ行きましょうか」
頭がフラフラするような感じもないし、体は至って元気。これ以上ここで寝ていたって仕方がない。
そう思って、体を起こそうと手をつき、上体を押し上げたその時、支えにしていた腕から力が抜け、ふらり、と体がぐらついた。
「っ」
倒れる衝撃に備えて、体は自然と息を呑む。
「リアッ」
想定していた衝撃はなく、背中には温かな感触。眼前にはシンの顔。
「……シン」
この光景、どこかで……。
「大丈夫? リア、倒れたばかりなんだから、無理はしない方がいい……泣いてるの?」
「えっ?」
言われて目元を触るが、指に触れる水滴の感触。確かに涙が出ていたようだった。
「どこか痛い? それとも、何か嫌な夢でも見た?」
夢……そう、意識を失っている間に見た夢。ぼんやりとしか内容は思い出せないけど、妙にリアルで、幸せだった。
「そう、さっき夢を見たの。その夢の中でも、私はこうやってシンに背中を支えてもらってた。内容はちゃんと思い出せないのだけど、幸せだった。それだけは覚えてる」
「……そう、なんだね。幸せ……だったんだね」
そう呟くシンの顔はなんだか悲しそうで……。
「リア? 何を……?」
「いいから、おいで」
私は彼の頭をそっと胸に抱きよせて、優しく撫でたのだった。
されるがままに私の腕に抱かれたシンは、どうしてか私の胸の中ですすり泣いている。
「もう、どうしてあなたが泣いてるのよ」
「……ごめん」
「泣かないの、私の大事な騎士なんだから」
少しして、シンは大きく息を吸い込むと、起き上がった。
「そうだね、僕は君の騎士だ。今はまだそうじゃないけれど、僕は君の騎士になる。必ず。そして、君を守る。……何があっても」
私の目をまっすぐに見つめる彼の目には、強い光が宿っていた。何があっても目標を成し遂げようという、強い光が。
「じゃあ、ここで叙勲しちゃう?」
「……魅力的な提案だけど、それはできない」
「そう言うと思った。だから」
私はシンに向かって、まっすぐに右手、その小指を突き出した。
「何をしているの?」
「いいからシンも小指を出して」
おずおずと差し出された彼の小指を、私は自らの小指を以て捕まえる。ぎゅっと。逃げられないように。
「今はこれで許してあげる」
「ありがとう、リア。君の信頼を裏切るわけにはいかないね」
そういってシンは晴れやかに笑うのだった。
× × ×
「お嬢様、倒れたとお伺いしましたが、お体は大丈夫ですか?」
待ち受けていたと見えるロセは開口一番、私への心配の声を投げかけた。
「ええ、何が原因かわからない以外はなんともないわ」
実際、体に不調は何もなかった。ただ、どうして倒れたのかが分からないだけ。
「……それは少し怖いですね」
「そう? 何もないと思うのだけれど」
「それでも医者にかかるべきかと」
ロセは心配げに私の瞳を覗き込んでくる。
「でも……」
「そ・れ・で・も、です」
人差し指をピンと立て、顔を近づけてくるロセ。
「……はい」
その圧に耐えることのできなかった私は、ロセに手を引かれて馬車へと放り込まれるのだった。
病院の先生も、『特に異常は見られない』とのことだった。
「ロセ、少し歩きたい気分なのだけれどいいかしら?」
帰りの馬車の中、私はロセにそう申し出た。少し風にあたりながら、歩きたい気分だった。
「ええ、では学園の敷地を。日が暮れた今でも、そこなら比較的安全でしょう」
そう言うと、ロセは馬車前方の小窓を開け、御者に一言伝えた。
『歩きたい』という私の要望を叶えるために、馬車は学園の入り口に停止した。
学校に来た日に見た朝の景色とは違う、静謐な雰囲気がそこにはあった。夜になると空には星がのぞき、月がやさしく地表を照らしている。
日中の喧騒はどこへやら、まばらに生徒がいるのみ。
ある者は寝転んで星を眺め、またある者は風を浴びながら語らい、思い思いに、夜の自由時間を過ごしている。
そんな様子を眺めながら、私はサクサクと音を立てて芝生を踏みしめる。
サクサクと芝生を踏みしめる感触を楽しみながら、ゆっくりと歩きだす。
「ロセ、昨日頼んでいたことだけど」
「はい。調べてまいりました。 ですが……」
言いよどむロセの表情は、苦しさの中に怒りの混じったものだった。
「どうかしたの?」
「いえ、あまり聞いていて気分の良いものではなかったので」
ということは、シンの言っていた通り悪い噂でも流れていたのだろう。
「やっぱり、悪い噂が広まっているのね……」
「はい。どれも根も葉もないものばかりで……やはり、あの平民どもは『教育』するべき……」
「ロセ」
「はい……」
「それで、どんなことを言っていたの?」
「では、一つずつ読み上げますね……国王は周辺国への侵攻を企んでおり、近く税金が大きく上げられる。王女は大変甘やかされて育っており、逆らったものは収監される。王女は色多き女性であり、金を使って多くの男性を囲っている。王女は王の実子ではないため、魔法が使えない。」
「うん。思っていたよりもひどいわね!?」
根も葉もないなんてレベルではない。これはもはや創作だ。考えた者は小説家を志した方がいい。
「そうなのです。お嬢様のことなど見たこともないような平民たちが、知ったかのようにお嬢様のことを悪く言うのです」
そういうロセの顔は険しく、唇がわなわなと震えている。きっと、全力を以て怒りを抑えつけてきたのだろう。
「よく頑張ったわね、ロセ。ありがとう。……ちょっと足元が暗くて見えないのだけれど、手をつないでくれない?」
ストレスは触れあいによって軽減されると聞く。彼女の苦しみを、少しでも受け持つことができるのなら、喜んでこの手を差し出そう。
「……はい! 夜道は危険ですから、私にしっかりとつかまっていてください」
そうして、私とロセは連れ立って、寮が放つ光へと吸い込まれるように歩んでいくのだった。
お読みいただきありがとうございます!
少し物語が動き出す気配がしてきたでしょうか……?
丁寧に書いていくが故に、少し展開がゆっくりな気もするのですが、その辺りは書きながら学んでいければと思います。
引き続きのお付き合いをお願いいたします。
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