魔法と遠慮
「ヨハン。私の話を聞いてはくれませんか」
昼下がり、中庭で目立つ青紙の生徒を見つけた私は、迷うことなく声をかけた。
「王女殿下、申し上げにくいのですが、しつこいですよ」
ヨハンの態度は相も変わらず。何かと理由をつけて私を遠ざける。
「お前、アフィリア様が下手に出ているからと……!」
「シン」
背後に控えるシンも、だんだんとしびれを切らしてきたようだ。
「それは申し訳ございません。ですが、この問題は放置するわけにはいきません」
あれ以降も、平民出身の生徒からの視線は冷ややかなものであった。
私に向けられる視線には敵意と怯え。
まるで、圧政を敷いている独裁者にでもなったよう。
「だから申し上げたでしょう。己の胸に手を当てて、今一度行いを振り返ってみてはいかがかと。これ以上、私から殿下へ言うことはありません」
ヨハンは教材をまとめると、校舎へ向かう人の流れへと消えていった。
「……はぁ」
「お嬢様、衆目の面前でため息など……」
「ため息も出ます。理由を問うても、自らに問えの一点張り。でも、平民の方々に何かしたような覚えもございません。父の治世も、貴族の方々から平民に甘すぎると言われるくらいなのですよ?」
「可能性の話なのですが、実体のない噂だけが平民の間で独り歩きしている。なんてこともあるのではないでしょうか」
「噂?」
「ええ、お嬢様に対する悪い噂です。私は耳にしたことはありませんが、平民の間だけで噂が回っているなんてこともあるでしょう」
噂……。平民の方々との接点が少なかった故に私の評価がそれに左右される。
ない話ではない。
「あり得るかも……しれない」
だとすれば、やるべきことも見えてくる。
要は噂とは違う人物であることを示すことができればいい。
「ありがとう、シン。おかげで解決までの道が見えたかもしれません」
「お役に立てたのならば、これ以上の幸いはありません」
彼の言葉は少し大げさだ。
「では、まずは調査といきましょうか」
といってもそうやることは変わらないのだけれど。
× × ×
「ロセ、少し頼みごとをしてもいいかしら?」
授業が終わった後、私は寮の部屋へと戻っていた。
ほかの生徒は学生同士の相部屋だが、安全面を考慮してロセの控える部屋を備えた、専用の部屋をあてがわれている。シンの部屋は隣。
「いかがなさいましたか?」
「調べてほしいことがあるの」
「何なりと」
「じゃあ、学院の平民中心に流れている私の噂について調べて頂戴」
「噂……ですか?」
「ええ。というのもね……」
私はロセに学院で会う平民の生徒たちから、恨まれているであろうこと。その可能性が誰かが流布した噂によるものかもしれないことを伝えた。
「……」
ロセは普段からそう口数が多い方ではないが、怒ると口数がさらに少なくなる。まさに今のように。
「あくまで可能性よ。か・の・う・せ・い。だけれど、そうだとしたら私に直接話してくれる方なんて、そういないでしょう? だからお願いしたいの」
「……拝命いたしました。お嬢様の根も葉もない汚名など、このロセが一つ残らず雪いで見せます」
「調査だけ」
「ですが……」
「調査だけ。」
「……はい」
「わかったら少し頭を冷やしてきなさい。そんなんじゃ、うまくいくものもうまくいかないわよ? 何事も冷静に。でしょ?」
『何事も冷静に』その言葉を聴いたロセは、黒い瞳を大きく開いて、ハッとした表情。
この言葉は、昔ロセに、どうしてそんなにミスをしないのか、と聞いたときに、彼女が教えてくれた、ロセの仕事上のモットー。冷静に落ち着いて一つずつこなしてゆけば何事もうまく運ぶ、と。
「そう……ですね。何事も、落ち着いてです」
「よろしい」
ロセと目を見合わせて、くすりと笑みをこぼした。
× × ×
翌日、私は学院で講義を受けていた。授業名は魔法概論。
その名の通り魔法について学ぶ講義だ。
「初回の授業内容は『魔法』とは何かだ。うーんそうだな」
そういうと、魔法の授業担当のレイモンド先生はパラパラと名簿をめくる。
「じゃあ、アーノルド君」
「はっ、はいっ」
「魔法とは何だろうか」
非常にざっくりとした質問の標的になったのは、おそらく名簿で、私の次にいたのであろうアーノルドという赤髪の青年。
おそらく先生としても、私は少し触れづらい存在。
「えーと……」
「まぁ、ちょっとアバウトな質問だったな。わかる者はいるか?」
皆が戸惑う中、一本の腕が机の段々畑から生えた。挙がった手の主は青髪の生徒、ヨハンだ。
「えーと君、名は?」
「ヨハンです」
「じゃあ、ヨハン。魔法とは何かね」
「はい。魔法とは、我々人間が魔力を用いて起こす、超常的な現象の総称です」
「うん。そうだ。そんな答えでいいのかと思ったものもいるだろうが、質問がざっくりしているのだから、回答がざっくりていても仕方のないことだ」
まぁ言っていることは正しいのだろうが、最高学府にまで来てそんな答えが許されるとは思うまい。私だって、その答えでいいのか迷ってしまった。
「で、だ。今ヨハンが言ってくれたように、魔法とは魔力を媒介にした超常現象のことだ。皆もわかっているだろうが、この授業では魔法の使い方、魔力の扱い方について教えることになる」
黒板を指すための棒を、ぺちぺちと掌に何度も打ち付けながら、レイモンド先生は続ける。
「もちろん魔法の扱いを学ぶのはここが初めてのはずだな? そうでないとお前らに魔法を教えた者を牢屋にぶち込まにゃならん」
魔法は戦争にも用いられるような危険な技術。そのため、十六歳未満の成人していない子供に魔法を教えることは、違法行為として取り締まりの対象になる。
「では、初回授業だ。前半は魔法についての基礎的な座学、後半は魔力を感じる練習だ」
先生は黒板に大きな一つの丸と、その下側に小さな二つの丸を書きこんだ。その上の大きな丸の中には、さらに小さな四つの丸。
「魔法とは大きく分けると三つ。そこから細分して七つの属性に分かれる。四大属性、二大属性、そして無属性だ。四大属性には火、水、土、風の四つの属性が、二大属性には光と闇の二つの属性がある。そして、それ以外が無属性になる……無属性とはいうがどっちかと言うと分類不可といった感じだな」
ここまでは魔法の基礎知識。誰でも知っている知識といえるだろう。
「で、だ。今回の授業ではそれぞれの魔法適正を見ていきたいと思う」
レイモンド先生が取り出したのは、丸い青がかった透明の玉。
「この鉱石は魔力に感応して色を変える性質を持っていてな。手をかざせば魔法の適正によって色が変わる」
これまで遠ざけられていた魔法の存在が身近になって、学生たちが浮足立つ。
私も例外ではなく、すまし顔の下では内心ワクワクしている。
十六歳になるまで魔法を学べないのは、私たち王族も例外ではない。禁止している王家の人間が、例外的に魔法を学ぶなど反感を招きかねない。というのが理由。
「じゃあ、ザカリ―。お前からだ」
そして、私が最後になるように出席簿で生徒が呼ばれてゆく。
やはり、私の扱いには困っていると見える。名目上は学院内では身分は関係ないが、それを理由に、王家の人間にも同じ扱いをしてもいいだろうかという懸念が、透けて見えるようだった。
「では、最後になりましたが王女殿下。お願いいたします」
「はい」
一歩、また一歩と段を降りてゆき晶球の前に立つ。
きれいな球の形をした宝石の玉は、見ているだけで吸い込まれそうな、凪いだ水面のような美しさを持っていた。
「では、手をかざしてください」
言われるがままに、その深い透明に掌をかざす。
やんわりと私の中の何かが吸い込まれてゆく気がする。これが、魔力が吸い取られている感覚なのだろう。
晶球の内から、淡い光が溢れるように発せられた。その色を変えることなく、ただ輝きだけが煌々と。
今日私の前に呼ばれたすべての生徒の測定を見ていたが、こんな光を発したのを見るのは初めてだった。
見ていた中で、保有している学生がいなかったのは無属性。どうやら、私は先生が言うに分類ができないその属性をもっているよう。
「殿下……もうそろそろ」
先生が止める声がするが、私は宝石が発するその光に釘付けになっていた。先ほどよりもさらに光を増して、教室の中に小さな太陽があるようだった。しかし目を焼くような光ではなく、包み込むような温かな光。そのぬくもりに包み込まれるように、私の意識は遠のいていった。
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