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心の靄と迫りくる危機

「はぁ」


 机に突っ伏し、ため息をこぼす。

 何かヒントはないだろうか、と足を向けた図書館だったが足した手掛かりは得られず手詰まりとなってしまった。


「私にできること……」


 私は守られてばかりだ。この前のアルケー卿の一件だって、私が行かなければ、あるいは自分を守れるだけの力を持っていれば、シンがあんな傷を負うこともなかったのに。


 もちろん、アルケー卿をあの場で拘束するために王族である私が立ち会って承認する必要があったからこそ、私はあの場に居たのだが。

 それはそれとして、もどかしさを覚えられずにはいられない。


 今回だってそうだ。役目はあるものの、私は『守られる立場』にいる。

 一度そのことが気になってしまえば、もう思考は止まらない。無力感が頭の中を支配する。いまするべきなのはそんなことではないのは分かっている。だけれど、自分でもこの気持ちの抑え方が分からない。


「アフィリアさま大丈夫ですか? どこか痛みますか……?」


 突っ伏している机の対面から聞こえてきた声に顔をあげると、茶髪の女生徒(ソフィア)の姿があった。


「そっソフィア!? ……見苦しいところを見せてしまったわね」


「お元気そうならよかったです」


 そう言うと彼女は、にこりと笑顔を見せた。本当ににかわいらしくって、それだけで胸につかえていた物が取れてしまいそうな、そんな気がした。


 私はコホンと一つ咳払いをして、気恥ずかしさをどこかへ吹き飛ばすと、居住まいを正して彼女に向き直る、


「ごめんなさい、心配をかけてしまったみたいね」


「いえ……。何事もないのならいいのですけど、何か悩み事でもあるんですか?」


 首をこてんと(かし)げながら彼女は問いを投げてくる。


「そうね、悩み事は尽きないわね。特に最近は」


「……この前のお触れのことですか?」


「そうね、まさにそのこと」


「私で良ければ、お話くらいは聞きますよ? ちからになれるかは分からないですけれど」


 茶髪に縁どられた彼女の表情からは、私に対する心からの心配がうかがえた。

 彼女にこんな表情をさせてしまったことを、申し訳なく思う。だけれど、彼女の厚意に甘えさせてもらうことにした。


「私ね、今迷っているの」


「迷っている? ……案内しましょうか?」


「ふふっ」


 突然そんなおとぼけたことを言うものだから、笑いをこらえきることができなかった。


「……?」


 彼女はどうして私が笑っているのかもわからない様子だった。


「あはっ、あはははっ」


 そんな様子がおかしくって、思わず吹き出してしまった。


「もうっ、どうして私の顔を見て笑うんですか!?」


 怒っているというより、恥ずかしがっている様子のソフィアを前にひとしきり笑った私は、大きな息を吐いて呼吸を整えた。


「だって、ソフィアがあんまりおかしなことを言うから。別に道に迷っているわけではないのよ?」


「そうなんですか? 学園は広いですから、てっきり道に迷ったものだと……」


「お触れのことだって察しがついているのではなかったの?」


「……はっ! そうでした……」


 ソフィアは口に手を当てて驚いた様子。その頬は恥ずかしさで赤く染まっていた。

 その様子を見るとどうにも口元が緩んでしまう。


 深呼吸を一つ。笑って失った酸素を肺に送り込んで、気持ちを入れ替える。


「私ね、英雄譚が好きだったの」


「好き……だった?」


 ポツリと私が零した言葉、それがソフィアの耳に届くや否や、彼女は真剣な面持ちを見せた。


「私ね、『お姫様』に憧れていたの。その地位に憧れていたわけじゃないわよ? 英雄たちと一緒に冒険して、守ってもらって、恋に落ちて。そんな、キラキラした『お姫様』たちに憧れていたの。でもね、今こんな状況になって、まさに英雄譚に出てくる『お姫様』みたいな立場に置かれて、私が感じたのは嬉しさなんかじゃない。もどかしいの。シンの横に立って彼の苦しみを分け持ってあげたいのに、信頼して背中を預けられる存在になりたいのに……どこまでいっても私はシンにとって守るべき存在。それがどうしようもなくもどかしいの」


 頬を伝う熱い感触。知らずのうちに感情が高ぶってしまっていたようだ。

 ハンカチを取り出し目元を拭おうとするその手を、ソフィアの小さな手が捕まえた。

 いつの間にやら私の隣へと来ていた彼女は、そのまま私の手を自らの胸元へと導き、ぎゅっと両の手で包み込む。


「アフィリアさま、まだスッキリした顔をしていません。言ったじゃないですか、私で良ければお話くらい聞くって。アフィリアさまが納得するような答はきっと出せないけれど、聞くだけなら私にだってできます。だから、ここで全部吐き出しちゃってください」


「ソ、ソフィアぁ……」


 彼女の優しさが胸に染みる。慈母のような表情をしたソフィアの顔が涙で歪む。


「ふふっ、今日のアフィリアさま泣き虫さんですね」


 私の頭に、手が置かれる感触。そのまま、私が落ち着くまで、ソフィアはそっと私の頭を撫で続けてくれた。


「……ありがとう。ソフィア」


「どういたしまして」


 私の言葉に、にこりと笑顔で応じながら、椅子を引いて座るソフィア。話を聞くまでは動きませんよ、という言外の圧を感じた。


「きっと、シンの言う通りに、ミハイルに守られながらシンを見守っているのが最善なのよね。それは分かっているの。私には役割があって、それがシンの助けになるのも分かっているの。だけれど……でも! 私には彼を一人っきりで戦場へ送り込んでただ待っているなんてことはできない! ヒューギルスの話は好きよ、でもシンをヒューギルスにしたいわけじゃない! 一人で命を賭けるだなんて許さない。国のために一人で戦って華々しく散るなんて許さない。……だけど、今の私には力が無いの。私が彼の隣に立ったって邪魔になるだけ、必要なことだけして後ろに引っ込んでいるのが正解なのよ。だから苦しいの。もどかしいの。自分が恨めしいの。どうすればいい? ソフィア。私は一体どうすればいいの……?」


「もう、答えは出ているじゃないですか」


 私の話を黙って聞いていたソフィアは、何の気負いもなく当たり前のことを話すようにそう言った。


「え?」


「だって、シンさんを助けたいんでしょう? なら、助ければいいんです。アフィリアさまができるやり方で」


 彼女の表情は至って真剣、むしろ何を考えているんだとでも言うような、淡い怒りと疑問をその顔に浮かべている。


「私のやり方で……?」


「はいっ、私思いついちゃったんです。アフィリアさまの魔法を使えばきっとシンさんのお力になれるって」


「……! 詳しくッ、詳しく聞かせてちょうだいっ!」


「それはですね……」



 ×  ×  ×



 西の空には黒い暗雲が立ち込め、遠くからでも見て分かるほどの稲光が私たちの元へと届く。空高くには強い風が吹いているのか、分厚い雲は西から東──私たちのいる方へとその手を伸ばす。


「いよいよ……なのね」


 ソフィアへと悩みを打ち明けてから、一週間。黒龍の襲来を翌日に控えた私たちは、人々の避難を済ませた、がらんどうの王都の中に居た。


「そうだね。明日だ。明日にはすべてが終わる」


「終わったら……」


 何をしようか、と言おうとした口にシンの人差し指があてがわれる。

 横に立つ彼の顔を伺い見ると、その顔には微笑が浮かんでいた。


「終わった時のことは、終わってからゆっくり考えよう」


「……そうね、今は明日のことに集中ね」


 首肯と共に、うん。と短い肯定。


 まるで、危機があちらから迫ってくるかのように、迫りくる雲を眺める私たちの間に、それ以上の会話はなかった。


狩人(ハンター)として禁足地を駆けまわっておりました。

こちらからは以上です。

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