忠義と対価
「シン、居る?」
コンコンコンと、ノックしながら呼びかける。
「はい、ただ今」
ガサガサ近づいてくる物音。男性はあまり部屋を片付けないなんて話を聞いたりもするのだけれど、シンもそうだったりするのだろうか。
ガチャリと、鍵が開く音と共に少しだけドアが開いた。
隙間から顔をのぞかせたシンは、私を見ると、少しほっとしたような顔をして、ドアの隙間から体を滑らせた。
「どうしたの? リア」
「貴方に聞かなければいけないことができたの」
「もしかして、国王様から何か聞いた?」
その質問をすることから見るに、シンとお父様が私の知らないところでつながっているのは、ほぼ確定したと言っていいだろう。
「ええ、黒き災い──黒龍の復活が近いってね。この前のアルケー卿の件の裏にある、帝国の動きも黒龍が関係していることも聞いたわ」
「そうか、もうそこまで聞いたんだね……。でも、そうだね、もう頃合いか」
シンは、ぶつぶつと何かをつぶやきながら顎に手を添え、考えるしぐさをしている。
「頃合い?」
「うん。リアにいろいろ隠し事ばかりをしてきたけどね、今なら全部話していいのかもしれないなって」
「そんなにタイミングを選ぶことだったの?」
「うん。君に言ってしまえば、何が起こるかが分からなかったんだ。正確には、何が起こるかが分からなくなってしまう」
彼は、わざわざ言い直して『分からなくなる』と言った。その二つにどれほどの違いがあるのか、今の話を聞いただけではあまり理解できないが、きっとその二つには大きな違いがあるのだろう。
ただ一つ分かっていることは……。
「これから何が起こるのかが分かっていたような口ぶりね」
分からなくなるということは、裏を返せば今は分かっているということだ、ということ。
「そうだね。……全部を話そうとすると、少し長くなるけどいいかな?」
「じゃあ、立ち話もなんだし私の部屋へ来てちょうだい。ゆっくり話しましょう」
「そうだね、ありがとうリア」
私の先導のもと、隣り合った寮室へ、とんぼ返りをするのだった。
「どうぞ」
「ありがとう」
お茶と、お茶請けでは万全の話し込む体制を構築した私の前で、シンはお茶から立ち上る湯気を眺めて、神妙な顔をしていた。
「何から話したものか……」
「時間はたっぷりあるわ、整理してからでも良いのよ?」
「いいや、今話す。でないと、また話せなくなってしまいそうな気がする」
「そう? じゃあ、お好きなタイミングでどうぞ」
彼に話を委ねて、私はお茶に口をつける。こういう時、急かされると何をいうか余計にわからなくなるなんてのはよくあること。私だってそう。
シンは、大きく息を吐いて、前を向いた。
どうやら心の準備は出来上がったようだ。
「他から話すと、分かりにくくなってしまいそうだから、結論を先に話すね。──僕は、未来から来た」
「……?」
素っ頓狂なことを言うもんだから、声すら出なかった。
首をかしげたので、いちおう疑問の体は成しているはず。それが伝わったかはともかくとして。
「まぁ、そうなるのも無理はないよね。こんな、子供向けの絵本みたいなことを言って、『はいそうですか』なんて言う返答が帰ってくるほうがよっぽど気味が悪い」
苦笑しながら彼はそう言った。
どうやら変なことを言っている自覚はあるみたいだ。
「それで、未来から来たシンくんはどうやって、私の前に現れたのかしら?」
「まぁ……厳密には僕自身が未来から来たというのは少し語弊があるけれど……話しているうちにわかるかな」
彼自身、何を話すかが微妙にまとまっていないようで、ぽそりと独り言を発したりしながら、言葉を紡いでいた。
「時間を操ることができる人に心当たりがあるんじゃない?」
そう言って、彼は私の目をまっすぐに見据える。
「時間を操ることができる人……そんなおとぎ話の魔法使いみたいな。……魔法? もしかして」
シンはにこりと笑いながら、私の考えを首肯を以て肯定する。
「そう、リア君だよ。君が僕をここに、君の前に送り届けてくれた」
「この状況を作り出したのは私、だということ?」
「うん、そう。順を追って話すね。僕が来た未来では、黒龍の襲撃に対する準備ができていなかったんだ。だから──王国は滅んだ。まぁ、実際にその最期を見届けることができたわけではないんだけど、今あるメルクーリ王国は、完全に破壊された。黒き災いによってね」
「滅んだ……この国が?」
建国伝説の頃とは国力が違う。というかあの頃は国なんてなかった。それなのに、今の軍事力を以てしても黒龍を打ち倒すことはできなかったと、そういうことなのか。
「うん、国王様も王妃様も……そして君も、手を取り合い、全力を尽くして抗った。国を守るために、愛する人を守るために。それでもだめだったんだ。黒龍には力が及ばなかった。……僕だってそうだった。あの時持っていたすべてを出し切った。それでも黒龍には及ばなかった。みんながその圧倒的な暴力の前に倒れ伏した」
「そんなに強かったの? 黒龍は」
「強いなんてものじゃなかった。手も足も出なかったよ。黒龍の前では皆が赤子も同然だった。そうして、全部が破壊されて、どうしようもなくった時、君が僕を助けてくれた。死に瀕したその手で、僕の手を取って残る命の日を燃やして、僕を掬い上げてくれた」
抽象的な物言いだけれども、言わんとすることは、なんとなく分かる。
要は、瀕死の彼の傷をこの前みたいに魔法で傷を治したのだろう。
だけれども、それではまだ足りない。
「それで、どうやってあなたはここに来たの?」
「言ったじゃないか、君がここまで送り届けてくれたって」
「抽象的なのよ、言い方が。もう少しはっきり言ってちょうだい」
シンは大きく息を吐く。……ため息だろうか。
私の察しの悪さに愛想を尽かしたように見える。
余計なお世話だ。第一、絵空事みたいなことを話しているのに、お前家に抽象的に話すだなんて、伝える努力が足りないのではないだろうか。
私がひそかな怒りを募らせているのを横目に、彼は話し始めた。
「君の魔法、時間を操る魔法で僕はここまで時間を超えてきたんだ」
「死に瀕した私が、最後の力を振り絞って貴方をこの時代へ送り届けた、そういうことなのね?」
「うん、それで合ってる。君のおかげで僕は今ここに居る」
「じゃあ、私は死んだのね。でも、きっと幸せだったに違いないわ。最期の瞬間は、きっとあなたと一緒だった。それに貴方を守ることだってできた」
「うん……。そうだね、君は、リアは幸せそうだったよ。でも、僕は……。」
シンは、思いつめた様子で視線を下に落とす。
唇を噛むその様子から、酷く後悔しているのが見て取れる。
「君を守ることができなかった。ずっとそのことが心残りだった。だから、君が僕を、この意識を、過去に……いいや、今に送り届けてくれて、僕が目を覚ましたその瞬間から、僕はどうやって君を救うかを考えていたんだ。ずっと」
「その結果が、叙勲を遅らせたうえで全てを黙っていることだったと」
「うん。叙勲には特別な力が宿っている。その瞬間だけ、僕は君のバックアップを受けることができるんだ。だから、君の叙勲を遅らせるように、国王陛下に直談判しに行ったんだ」
「それで、お父様はそんな話を信じたの?」
「もちろん、最初は与太話だと切り捨てられたよ。だから、僕は、その先一か月で何が起こるかを事細かに伝えた。そして実際にその通りになった。そうして、信じるしかない状況を作った上で、協力を取りつけた」
「シン、貴方いつから『そう』だったの?」
彼の口ぶりからして、彼の魂、あるいは意識だけが過去の自分へと飛ばされた。と言った感じだ。いったいいつから、私は未来から来たシンと話していたのだろう。
「君と初めて会ったあの日。あの夜会の日、そこから僕の第二の生は始まった」
気づけば、私は立ち上がって彼の傍へと歩み寄っていた。そして、俯いていたその頭をそっと胸に抱きよせ、抱きしめた。
「長い間、お疲れ様。誰にも話せずに、辛かったでしょう?」
「君は、狡いね」
抗うことなく私の胸の中に納まっている彼は、小さな声でそう言った。
「そう? 見込み以上の働きをしていた騎士様には、ちゃんとご褒美をあげないといけないでしょう? それだけよ」
「そういうところが狡いんだよ」
私の胸の中で笑う彼の声は、少し潤んでいるように聞こえた。
お読みいただきありがとうございます!
情報開示のターンでございます。
シンがすべてを知っているせいで、こいつが話す気になった時点で、全部情報がダダ洩れでございます。
そういう意味では、とても彼の扱いには苦労いたしました。作品を通して、アフィリア以外の視点が無いのもそこに理由があります。
攫われたシーンだったりは、シンの視点で書きたかったのですが、それをしてしまった時点で、何らかのネタバレが発生するという。
そこでうまくネタバレにならない程度の情報を出すのが作家の腕の見せ所だったのかもしれません。
私の未熟さを恥じるばかりでございます。
というわけで、この作品はアフィリアちゃんが見て、聞いたものだけで構成しております。ですので、私がどれだけ彼女になり切れるかによって、その日の地の文のキレが決まるわけでございます。
そういう意味ではTS作品なのやもしれません。()
と、まぁ冗談はさておき、本作の根幹の情報はシンの口からほぼすべて語られました。
八万字にも満たない現時点で、情報の全ツッパかまして果たしてペース配分はどうなっているのかというところなのでございますが、私もそんなものは知りません。()
大体のペース感自体は調整しながら書いておりますが、実際これで後二万字と少し、話数にして七話から八話ほど持つかどうかすら未定でございます。
小白水先生の手腕の見せ所でございます。どうぞご期待ください。
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皆さまのご期待に沿うことのできるように頑張ります!




