危機と覚悟
「アフィリア、手紙でも伝えたが、お前に伝えなければならない話がある」
「はい。それで、お話というのは?」
国王の顔色を窺い見ながら、話の先を促す。
王宮の謁見室、装飾の少ない玉座に腰かけるお父様の顔は、いかにも真剣といった感じで、何か良いことを話すために呼んだには思えない。
「前に、軍備増強をしていると言ったな。そのことについてだ」
「そのことで、お父様に伺いたいことがあるのですが」
お父様がいった軍備増強という言葉に心当たりがあった私は、お父様の言葉を遮って質問を投げかけた。
「なんだ? 言ってみなさい」
私の問いの先を促すお父様の声色は優しいものだった。私はその顔を、目を、まっすぐ見据えながら口を開いた。
「一昨日、捕縛する際にアルケー卿が言っていたのです。クラトール帝国が動き出そうとしていると。それが関係しているのかなと、そう思ったのです」
「関係はある。だが直接の因果はない。クラトールの動きを見て軍備増強をしているわけではないのだ。ただ、軍備増強している原因とクラトールが動き出そうとしている原因、それは同じものだ」
お父様の瞳を覗き込むが、その真意はうかがい知れない。
ただ、何かを悲観しているような、追い詰められているようなそういう類の深刻さはないように見える。
「それで、戦は起こらないというのは本当なのですか?」
「ああ。だが、戦よりもさらに大きな問題がやってくる」
「戦……よりも?」
「ああ、クラトール帝国が攻めて来ようが問題はない。だが、今差し当たっている問題は相応の準備が必要になる事柄だ」
「でも。お父様が、そう悲観しているようには見えないです」
「ああ、そのために準備をしてきた。先手に先手を重ね、盤石な対策を築き上げた。だから、何も憂うことはない」
国王の表情からは自信が感じ取られた。何が起ころうとも何とかして見せるという気概が、その目つきから、顔つきから、あふれ出ていた。
「だとして、どうして、今なのですか? どうして、今まで伏せる必要があったのですか?」
「あまり良くない言い方になるやもしれんが、お前に話すと不都合があった」
お父様は返す言葉を待たずに、淡々と続けた。
「もちろん、お前を邪魔に思ってのことではない。むしろ、将来国を治めるものとして、私と共に治世に関わり学んでほしいと思っている。そのことだけは分かっていてほしい」
口調は淡々としており、顔は至って真顔。だが、その目には申し訳のなさの色がのぞいている。
「もう、隠しごとには慣れてしまいました」
私はそう言い、お父様の言葉に笑顔を返す。
それに対して帰ってきたのは、『弱った』とでもいうような笑み。お父様は、深く座りなおし、長い息を吐いた。
「すまないな、アフィリア。父親としても、国王としても、お前ともう少し話し合って何をするかを、何をするべきかを伝えたいとは思っている。だが、今はそうすることがどうしても難しい。すべてを話すことができる時が来たら、その時にお前にすべて話す」
「ええ、お父様が私のことを案じてくれているのは分かっていますとも。今話してくれているということは、きっとその日も近いのでしょう?」
お父様が嘘偽りを私に対してしないことは分かっている。政治の世界で戦いながらも、家臣にすら嘘をつかない、そういう清廉潔白さを持った人だ。実の娘に対して嘘なんてつけるはずがない。
「ああ、すぐに来る。シンくんの言う通りなら、すぐに」
「シン……? どうしてシンの名前が……?」
「それは彼の口から聞くと良い。その方がお前にとっても彼にとっても良いだろう」
「……わかりました。では、後で彼を問いただすことにします」
そう言って、私はにこやかな笑みを浮かべながら、お父様への糾弾を飲み込んだ。
お父様の顔は少し引きつっているようだったが、気にはしないでおこう。
「そ、それで本題に戻るのだがな──黒龍が復活する」
「黒龍……?」
黒龍、その言葉を聞いて、すぐには理解できなかった。だって、黒き災い、黒龍は英雄譚の中でしか聞かない言葉。おとぎ話や創作の中での存在でしかないのだから。
「ああ、そうだ。お前が好きな英雄譚に出てくる、あの黒龍だ」
お父様の口から放たれたのは、私の疑念に対する肯定の言葉だった。
その言葉は、私の混乱に拍車をかけるのだった。
「それが、現実のもので、近く復活すると……?」
「そうだ、近く国民にも知らせる。だが、お前には先に伝えなければならない。今日お前を呼んだのは、それが理由だ」
「今、私に話すことにも何か理由があるのですか?」
「そうだ。これはお前にも関係のあることなのだ」
それはもちろんそうだ、私だって王族、この国を守る義務がある。国の有事となれば、私も動かなくてはならない。それが道理というもの。
「当たり前だ、という顔だな」
どうやら顔に出ていたらしい。お父様に似て、私も嘘や隠し事は下手なようだ。
親子の共通点をつけて若干の嬉しさを感じる反面、為政者としては問題ありだなとも思う。
「もちろんお前だけでなく、すべての国民に関係あることだ。だが、黒龍その討伐ないし撃退に関しては、お前とシンくんの力が必要になる」
「シンは分かります。彼は強い。この国の誰よりも。しかし、私が必要なのはどうしてでしょう? 魔法だってまだ使えるようになったばっかりで、黒龍に対抗できるようには……」
「それでも、お前の力は、存在は、黒龍を倒すときの鍵になる。だから、心に留めておいてほしい。お前にはお前の役割がある。それを全うしてくれ」
「私の存在が鍵に?」
お父様はうなずくだけで、それ以上口を開く様子はなかった。
突然突き付けられた事実に、頭の中がぐちゃぐちゃにかき乱されて、思考がまとまらない。
そういうわけだから準備をしておいてくれ、と言い残しお父様は謁見の間から立ち去った。
何の準備をすればいいのか、戦いに限らず運動に関してはからっきしの私にどうしろというのだろう。魔法だって、何をどう戦闘に活用できるのかが分からない。そんな状態で、来るべき災いに備えて私ができることとはいったい何なのだろう。
× × ×
帰りの馬車に揺られる私の頭の中は、そのことでいっぱいだった。
私が選ばれる理由、きっと私の王族としての血筋、あるいは私の魔法が関係しているのだろうとは思う。特に魔法に関して言えば、使いこなすことができるのならきっと誰よりも強力な魔法使いになれる。シンと肩を並べて戦うことができるくらいには。
だけれど、それは王女の役目ではないのだ。いざというときは、皆の先陣を切って、国民を守るのが仕事だが、普段はそうではない。どちらかというと守られる側の存在だ。
それを急に戦うことなんて、できるのだろうか。周りのみんなは戦うことを許してくれるのだろうか。
お父様はきっと、私に戦えと言っている訳ではないと思う。私の役割。お父様が私に言ったそれを、私は見つける必要がある。そういう風に結論付けて、私は自分の寮室へと帰っていった。
「お嬢様、お疲れでしょう? お茶を用意します、しばしお待ちを」
寮に戻り、ロセの第一声。どうやら、帰りの馬車の中で難しい顔をしている私を心配してくれたようだ。曰く、声をかけても全く反応がなかった、とか。全く気が付かなかった。
「ええ、ありがとう」
本当に黒龍伝説の黒き災いと、今回襲来する黒龍が同じなのであれば、伝説を今一度読み解くことは、きっと黒龍を倒すための力になる。
コトンと小さな音と共にテーブルに置かれた受け皿とティーカップ。そこに小さな水音を立てて、少し赤みを持った透明のお茶が注がれてゆく。
湯気と共に立ち上る芳香が鼻腔をくすぐる。それだけでも、どこか疲れが取れてゆくような気がした。
「リラックス効果のあるフレーバーティーです。落ち着くことができるかと」
「やっぱり、ロセはよく気が利くわね。いつもありがとう」
「どうされたのですか? 少し変ですよ、今日は」
柄にもないことを言ったからだろうか、ロセは訝しむような視線を向けてくる。
「いいじゃない、仕事ができるメイドを労うのも主の仕事の内よ」
「そうですか、では、ありがたくお褒めの言葉、頂戴いたします」
こうしてゆっくりできる時間がどれだけ残されているかは分からない。けれど、この平和な時間を守るためにも、手を尽くそう。
この国を守るためなら、命だって差し出す。それが王女として生まれた者の責務なのだから。
お読みいただきありがとうございます!
更新までの期間がどんどん伸びて行っているような気がします。
読者の皆様に向ける顔もなくなりそうでございます。
そんなのっぺらぼうの小白水でございますが、一応この作品を終わらせた後の次作の構想というのも少しずつ練っていたりします。
以前に掲載した短編『婚約破棄された令嬢が推しを見つけて急接近する話』も長編化したいと思っておりますし、とある漫画の原作小説大賞にも申し込みたいという所存でございます。
後者の大賞に関しては、なろう上で皆さまにお見せできるかどうかは、大賞の結果如何といった感じではあるのですが、受賞しましたら宣伝もかねて皆様にお知らせできればと考えております。
ちなみにジャンルはファンタジーから一転ガラリと変わりまして、プロE-SPORTSモノを構想しております。本作の皆様が興味をそそられる内容かはともかくとして、お披露目の際にはよろしゅうおねがいします。
と、他作品の話はこのくらいにして、本作も佳境一歩手前といった感じでしょうか。
序盤から一貫して物語は同じ方向に向けて進めているつもりではあるのですが、それが故に少し物語を進める意思が地の文であったり、展開であったりに出てきてしまっているのではないだろうかという危惧もございます。
本作は一人称で描いているわけでございますが、いまいち私自身アフィリアの感情を地の文に乗せることができていないなぁなんて思う今日この頃でございます。
終わりは決まっているのに、中間を決めないという見切り発車も良いところで開始した本作。もっと詰めることのできる設定もあったとは思いますし、書きながら、作ったことを後悔した設定だってあります。だけれど、それはそれ。一度形にして公開した以上、この作品を皆様に最後まで届ける使命があると私は勝手に思っております。
電撃文庫の某作品の新刊を十年以上待ち続けている一読者として、作品が完結しない苦しみというのは分かっているつもりですので、そうはならないように心がける所存でございます。
遅筆of遅筆な作者ではございますが、根気強くお付き合いいただければこの上なく幸せにございます。