平和な一日と呼び出し
「時を……操る?」
シンが口にした言葉を反芻する。
彼は今『時を操る』と言ったのだろうか……?
本当にそうだとして、というか恐らく本当なのだろうけれど、それをどうしてシンが知っているのだろうか。
「ええ、触れた物の時を操る能力。それは、モノだけでなく生き物にも例外なく作用する」
「どうして貴方が……って聞いても答えてくれないのでしょうね?」
「うん。だけど、すぐ。もうすぐ君に話せるときがくる。その時僕はすべて君にを話す」
「だとしても、教えてくれていたらもっとやりようはあったでしょ?」
「ごめん、僕もどこまで君に話すことができるかが分からない。そのことによってどう影響が起きるのかが分からないんだ」
少し視線を下に向けて彼はそう言った。
「今は帰ろう。行こう? リア」
シンは服に着いた土を払うと、私に手を差し出しそう言った。
「ええ。行きましょう」
彼の手を取り歩き出した。
分からないことだって、問題だってたくさん残っているのだけれど、とりあえず今は歩き出す。前に進まないと、何も始まらないし終わらないのだから。
× × ×
布団の中で小さく伸びをして体を起こす。
窓から差し込む光には角度がついており、いつもより遅い時間であることが見て取れる。
「お目覚めになられましたか?」
「……おはよう、ロセ。あなたもゆっくり休んでよかったのよ? 昨日遅かったのはロセも一緒なんだから」
「ありがとうございます。そう言っていただけるだけでも、私は幸せなメイドでございます」
私のメイドは、そう言って柔和な笑みを浮かべた。
「朝食はいかがなさいますか?」
「うーん。少し遅い時間だし、軽めでお願い」
「かしこまりました」
了解の意を示した彼女は、キッチンの方へと歩いて行った。
それを見送った後、私は衣装ダンスを開き、ハンガーに吊り下げられた衣服を物色する。
「今日は何を着ようかしら」
アルケー卿の身柄は警備隊に引き渡して、報告待ちの状態。だから、今日は別に大した用事なんてないのだけれど、それでも衣服くらいはちゃんとしておきたい。
「今日くらい自分で着替えないとね……」
いつもはロセに着替えさせてもらっているのだけれど、今日くらい彼女の仕事をできるだけ減らしてあげようと、そう思ったが故の行動だった。
「お嬢様、お食事の用意が……」
「どうしたのよ、ロセ。別に自分で着替えるのなんて、今日が初めてってわけでもないじゃない」
ロセは信じられないようなモノを見るような顔をしていた。
「いえ、そうではなくて……」
「なら、どうしたって言うの? そんな顔をして」
「そのドレス、前後が逆です」
「えっ」
結局ロセの仕事を増やしただけなのだった。
× × ×
「あれ、シンは?」
いつも、朝食の席では私より先にいるはずのシンが居なかった。
私が起きて時間もいつもよりは遅かったし、先に食べてしまったのだろうか、そう思っていたその時、寮室のドアが開く音がした。
「おはよう、リア。ロセさんもおはようございます」
「おはよう。今日は遅かったのね?」
ロセは、入ってきたシンに一礼をすると、キッチンの方へと消えていった。きっと彼の食事の準備だろう。
「うん。昨日は遅かったからね。僕も少し長めに休ませてもらったんだ。リアはよく眠れた?」
「うん、ぐっすり。夢も見ないくらいに」
「それは良かった。昨日のこともあるし、今日はゆっくりしておいて方がいい」
「そういう貴方こそどうなのよ。傷の具合は?」
シンは昨日背中にひどい傷を負った。私の魔法で治ったらしいのだが、当の私が魔法で何ができるかをよくわかっていない節がある。時間を操ると言っていたが、これまでやってきたのは巻き戻しだけ。それも、意識してやったものではない。治ったように見えてダメージは残っているなんてことがないとも限らない。
「問題ないよ。君が治してくれたんでしょ?」
「強がってない? そんなこと言って傷はそのままなんてことない?」
「心配し過ぎだよリア」
「じゃあ見せて」
「え?」
シンは目を見開いた。
「だって貴方すぐに隠し事するじゃない」
「それは……そうだけれども、それは君のためで……」
「傷を隠して私を心配させるのも、私のためなの?」
私はそう言って、シンの背に回ると服を引っ張り上げた。
私の騎士のよく鍛えられた背中が日の元に晒された。
「筋肉質ね……」
ペタペタと彼の背中を触診するが、特段変なところは見当たらなかった。
まぁ、触ったところで何も分からないのだけれど。
「ちょっと、冷たいって」
「きこえなーい!」
耳に蓋をして、彼の制止を聞こえないふりをする。
聞こえないったら聞こえないのだ。
その時、キッチンのドアが開き、ロセが戻ってきた。
「……お邪魔、でしたか……?」
その表情はどことなく気まずそうだった。
「そ、そ、そんなことないわよ。ただ傷の確認をしていただけよ。それだけ。ねぇ? シン?」
「え、うん。そうだね。傷の確認をしてもらっていただけ。リアが確認するって聞かないから」
「ちょっと! 私のせいなの?」
「そうでしょ? 僕は確認なんていいって言ったのに」
「信じられない! 私はあなたの心配をして……!」
その時、くすり、とロセが笑った。
「……どうしたの? ロセ」
「いえ、昨日までなら考えられない光景だなと思いまして」
「ええ。そうね。とりあえずあの騒動は終わり。あとは司法に任せるだけよ。私たちにできることはもうない。ミハイルは私たちに協力してくれたわけだし、家を取り潰すなんてことはないだろうし、ひとまずはいい方向に転がるんじゃないかしら」
「ええ、そうですね。……では朝食にしましょう」
「ええ」
ロセは手際よく食事の準備を始める。
こうして、騒動が終わった後の一日は平和に始まった。
× × ×
「──ということがあってね」
「結局あの噂の犯人はアルケー先輩だったわけですね……!」
大仰に驚いた反応を見せるのは、茶髪の少女。
私は、廊下で出会った彼女に、近頃あまり話ができなかったことへの謝罪と、その理由を話していた。
彼女に話をすると、なんにでも大きい反応が返ってきて、ついつい口が軽くなってしまいそうになる。これが世に聞く『聞き上手』というやつなのだろうか。
おそらく本人はそんなこと全く意識していないのだろうけど。
「そうなのよ。だけれど、もう全部終わったわ」
「よかったです……これで、アフィリアさんが眠れない夜を過ごす必要もないんですね!」
「うん、すごい言い回しをするのね、ソフィア」
「えへへ、読んでいる本のせいかもしれないです」
そう言いながら彼女は頭を掻くようなしぐさをする。
きれいに整えられた髪が、わしゃわしゃと動く手によってその方向を変える。
「だめよ、そんなことしたら髪が乱れるわ」
そう言って私は彼女の髪を手櫛で整えた。
栗色の髪はさらさらとしていて、指通りはとても良い。
「なんだかお姉ちゃんみたいです」
彼女はそう言って、幸せそうに笑うのだった。
「そう? ならうちへ養子へ来る? 一人っ子は寂しいもの」
「へっ? 養子? そ、それは遠慮しておきます……」
「冗談よ、冗談」
彼女の純粋な反応を見て私は笑うのだった。
ソフィアと別れた私は、寮の自室へと足を向けた。
いつもと変わらない空も、憂うことが何もなければ心なしか晴れやかなものに見える。
もちろん気持ちは晴れやかで、足取り軽やかに部屋へ戻った私を待ち受けていたのは、ロセ。朝の穏やかな表情はどこへやら、すっかりいつもの無表情に戻っている。
「どうしたの? ロセ」
「こちらを」
彼女が差しだしたのは、一通の手紙。
便箋は丁寧に封蝋で閉じられている。そこには王家の紋章があった。
「お父様かしら?」
ペーパーナイフで封を開け、内容を検める。
そこには、『アフィリア。お前に直接話さなければならないことがある。明日迎えを送るから、城へ帰ってきなさい』と、王様からの呼び出しがが書いてあった。
大変遅くなりました。申し訳ございません。
少々インプットに時間を割いておりました。
三人称の小説を読んだ結果、一人称が書けなくなりそうになりましたが、何とか持ち直しました。
あぶねぇ。
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