親子の問答と爆発
「……豚だわ」
「豚ですね」
「あれは……豚でございますね」
「豚……ですね。いったい普段何を食べているのやら」
口々に、アルケー卿の風貌への言葉を放つ。その見解は一致して『豚』。
他人への罵倒は好むところではないのだけれど、見てそのままを言葉にしたらそうなってしまうものは仕方がないと思う。
それほどまでに、太っていた。
傾斜のついた地面で、一度勢いを付ければコロコロと転がっていってしまいそうな贅肉の塊が、右へ左へ揺れながら少しずつ前進していた。
その懐からは、宝石がポロポロと地面へと落ちており、パンくずのごとく彼のたどった道を示していた。
「あの豚が、わが父の……そのなれの果てです」
そういうミハイルの目は、本当に惨めなものを見る目をしていた。心の底から、自らの父親を見下している。そんな目。
そこに同情の入る隙など一分もなかった。
「醜いでしょう。笑ってください。あれがこの国の侯爵を名乗り、領民に大きい顔をしていたのです。彼らは苦しんでいました。怒っていました。父が彼らの首を絞めていた。それを僕は……ただ見ていることしかできなかったのです」
彼の目からにじみ出る侮蔑は、父親だけでなく自らにも向いているのだろう。
「でも、ミハイル。貴方は、今変えようとしている。自分の父を、領地を、そして、自分自身を。そうでしょう?」
彼の目を見る。『できるならば、彼の目に明るい感情を送り込むことができたらな』なんて、できもしないことを思いながら。
「ええ。だからこうしてアフィリア嬢の助力をしているのです。これは、個人的な贖罪です。こうして、父を糺す手伝いをしている間は、自らの罪を深く自覚できます。こんなことでしか、僕は苦しめてきた領民たちに何かを返すことができないのです。ことが終われば……」
「嫌。どうせ、自分も断罪しろ、だなんていうつもりでしょう? そんなことしてあげない。第一、貴方は領民をどうやって苦しめたのよ。力が足りずに逃げ出すことが、耐え忍ぶことが悪だというのなら、アルケー領の民だって悪人になってしまうわよ?」
そう言いながら、視線をアルケー卿に戻す。
私たちがもう近くまで迫っていることを知ってか知らずか、振り返ることなく、ひたすら前へと走り続ける。その先に何か逆転の妙手でもあるかのように。何か希望があるかのように。
「シン、私たちのことは気にかけなくていい。卿を捕縛して」
「アフィリア嬢。私に任せてはいただけませんか? 身内の恥は、身内で片付けたい」
名乗り出た銀髪の貴族。
彼の目が、表情が、その切実な思いを物語っていた。
「ええ、頑張ってきて、ミハイル。でも、やりすぎちゃ駄目よ? ちゃんと吐いてもらわないといけないんだから」
「心得ております。父には罪を償ってもらわねば」
そう言うと、ミハイルは自らの父への方へと歩いて行った。
「──父上」
彼の声を聴いて肉塊は勢いよくその身を翻した。
「誰だッ! ……ミハイルか。よく来てくれた、逃げる手伝いをしろ」
「お言葉ですが、もう遅いかと」
そう言い、ミハイルは背後の私たちを指差した。
「お前……裏切ったのか」
「裏切ったのはあなたでしょう。あなたはこの国を裏切った逆賊。そうでしょう?」
「裏切る? ワシは勝ち馬に乗っただけだ。帝国が動き出す準備をしている。それにも理由があるのだ」
帝国……。隣の国、クラトール帝国。それが戦争に向け動き出しているという話すら初耳なのだが。国王が戦争にはならない、と言っていたはずだったのに、どういうことなのだろうか。
「理由……国力でそう劣る相手ではないはずですが?」
「あえて理由まで言うまい。直にわかる」
アルケー卿の言葉を受けて、皆が不思議そうな顔をしている中、シンただ一人だけが深刻そうな顔をしていた。
「シン、どうかした?」
「っ……いいや、なんでもない」
何もない顔ではなかったけれど、きっと何も言う気はない。それだけは分かる。
「『今は言えない』のね?」
「うん……ごめん」
シンを問い詰めている最中にも、親子の問答は続いていた。
「お父様、観念してください。これ以上逃げようがないことはあなたが一番わかっているでしょう?
「何を言うか、なんのためにワシがこれほどの宝を持ち歩いていると思う」
ジャン・アルケーはそう言うと、懐から一つの宝石を取り出し、私に向かって投げた。
その色は赤。明滅する光を放つそれは、放物線を描きながら私の方へ向かってくる。
「リアッ」
とっさにシンが飛んでくる宝石と私との間に体を滑りこませ、私を押し倒す。
「なっ何?」
「みんな伏せろ!」
皆がシンの言葉に反射的に従い、体を伏せたその直後。爆ぜた。
シンの背後、その中空放物線を描きこちらへ飛来していた宝石が爆ぜた。
炎が周囲を包み、爆音が、破らんとするかのように鼓膜を盛大に震わせる。
頬を撫でる熱波が過ぎ去り、顔を上げると、周囲の木々の表面は焼け焦げていた。
「シンッ!」
「僕は大丈夫……。ミハイルッ! 早く捕縛を!」
私の心配をよそに、シンはミハイルに檄を飛ばす。
「大丈夫だ、シン。もう捕えた」
そういうミハイルの背後には、両腕両足を縄で縛られ地面に横たえられたジャン・アルケーの姿があった。
「リア、無事かい?」
「ええ、私はなんともないわよ! それより、あなた!」
「そう、よかった。ごめんね、真っ先に君の心配をするべきなのに」
「そんなことはいいから、早く傷を見せなさい!」
シンを地面に横たえ、その背中を見た私は言葉を失った。
爆発をまともに受け焼け焦げた服の下、露になった彼の背中はひどく爛れていた。
「どう……なってる?」
「喋らないで! ヨハン! 水を出して!」
弱弱しく傷の状態を聞いてくるシンを黙らせて、ヨハンに指示を飛ばす。
素直に『背中が焼けて爛れている』なんて言ったら、きっと彼は『そうか』なんて言って起き上がるに違いない。
「はっ、はい」
ヨハンが魔法で生み出した水をシンの背中へとかける。
その刺激すら痛むのか、シンは短く苦悶の声を漏らした。
意識はあるものの、一刻の予断を許さない状態であることは誰の目にも見て取れる。
「早く、マリエラ先生にっ!」
「リア、君の手で治してほしい」
「何を言ってるの! 私回復魔法なんて使えないわよ!」
「できるよ。君なら。だから、早く」
シンの発する声は途切れ途切れではあったが、確信に満ちたものだった。
「──本当なのね?」
「うん」
「分かった」
私は、彼の背に手を当て魔力を集中させた。
ゆっくりと、手に光が宿り輝きを増してゆく。
徐々に流す魔力を強めてゆくと、その輝きも強いものへとなっていった。
「これ……は」
後ろでは、ヨハンの驚愕の声。
振り返る余裕もないが何かが起こっているようだった。
「これでいいのね?」
「ええ、それでよろしいのです。お嬢様」
背中に手を当てながら私の声に応じたのは、ロセだった。
背中に当てられた彼女の手から、流れ出す魔力によって輝きは眩いほどに強くなっていった。
「服まで……!?」
彼の背中と、服とが時を巻き戻したように再生してゆく。
ゆっくりと、露になっている面積が小さくなってゆき、果てには完全に再生してしまった。
「どうなっているの……?」
傷がすっかり治ったシンは、私に向かって言い放った。
「君の魔法は時を操る魔法だ」
大変遅くなりました。申し訳ございません。
それっぽい匂わせはしていたつもりでしたが、アフィリアの秘密が一つ明らかになりました。
推進力を得て最後まで、突っ走りたいと思います。
活動報告にてお伝えはしたのですが、四話冒頭のシーンの挿絵を前回のキャラデザに引き続き三阪様より頂いております。ありがとうございます。
すばらしいイラストですので、皆さまぜひ四話を覗いてみてください。
面白ければ、ブックマーク、星で応援いただけると大変励みになります。
皆さまのご期待に沿うことのできるように頑張ります!




