奇襲と豚
階段を上る四人分の足音。上り行くのは五人。
理由はもちろん私がロセに抱えられているから。
「ミハイル、どっちへ行けばいい?」
「このまま最上階まで!」
案内人の誘導の元、最短距離をひた走る。
長い階段を駆け上ってゆき、たどり着いた最上階、その廊下の先にはただ一つのドアが私たちを待ち構えているのみだった。
「あの部屋です」
「えっ……」
部屋の扉はギラギラと、様々な宝飾品で輝いており、ドアノブでさえ宝石でできている。
扉周辺の照明は、わざわざドアへ向かうように調整されており、その輝きは異様の一言。
「行きましょう。早くしないとサイモン氏にも逃げられかねません」
階段を駆け上がった勢いそのままに、シンは輝く一点へと歩を進める。
バタン、と大きな音を立て開け放たれたドア。その先には誰もいなかった。
「逃げられましたかッ……!」
無人の部屋を見てミハイルはくやしさを隠し切れないようだった。
「あれだけ音を立てれば、さすがに急襲したとはいえ気取られるでしょうね……ですが」
シンの指差す先、壁に据え付けられた大きな書棚の裏には隙間があった。
そこからは、わずかに風の抜ける音が聞こえてきた。
「ミハイル、風の魔法を扱う君ならわかるだろう? ここに通路がある」
「そう……ですね。こんなところに通路があったとは……」
何より異常なのは、それを自分の親族にも伝えないということに他ならない。つまりは、家族なんて放っておいて自分だけ逃げおおせる気でいたということ。人の親の所業ではない。
「行きましょう、きっとこの先に父上が居ます。おそらく我々の方が足は速い、追いつけるでしょう」
そう言うと、ミハイルは書棚を横へ押しやった。その奥からは、人が一人通れるかどうかの通路が露になった。
「少し寒いわね……」
通路は長い階段になっており、その先は地下へと続いているようだった。
気温は外気よりもぐっと下がり、日が落ちている時間帯なのもあってか、夏を目前にしたこの季節であっても半袖であれば少し肌寒さを感じる。
「お嬢様、少しの辛抱を。直に地上へ出られます」
「大丈夫よこのくらい、それより……。できればこの一本道で見つかればいいのだけれど」
「ええ、地上に出て夜闇にまぎれられては骨です。急ぎましょう。……足元お気をつけてくださいね、お嬢様」
「ええ、ありがとう。ロセ」
地下の通路は湿気があり、結露が床を濡らしていて大変滑りやすくなっている。ここで転んで後頭部でも打ってしまえば、アルケー卿どころの騒ぎではなくなってしまいそうだ。
転んでも大丈夫なように、前を行くロセが手を繋いでくれている。私が最後尾にならないように後ろにはヨハンがいる。
「出口です。待ち伏せに注意を」
前方から風が吹き込んでくる。
シンは、周囲への警戒を強めながら地上へ続く階段を上ってゆく。
「行きます……」
「かかったな!」
シンが外に踏み出した途端に側面より炎が放たれる。
「シンっ!」
「ご心配なく。この程度の魔法、なんともないですよ。
視界を覆う土煙、その中からは無傷のシン。
「化け物めッ!」
「貴殿の努力不足でしょう、サイモン・アルケー。この程度の魔法、一度授業を受ければ誰でも放てますよ」
「そんなワケ……!」
うん、彼の基準はおそらく相当におかしい。
というか今集まっている面々はかなりの上澄みだ。
おそらく、シン以外はそれを理解しているはず。
「貴殿に割いている時間はない。手早く済まさせていただく」
外で何が起こっているのか、視界が制限される通路の中からは分からないがおそらくシンが、サイモンを圧倒しているのだろうことは聞こえてくる会話で分かる。
「やはり僕が来た意味なかったのでは……」
「私が安心できます」
ぽつりとこぼす、ヨハンに無慈悲なロセの返答。
ごめんね、ヨハン。貴方をこんな扱いにするつもりはなかったの。
それが分かっていたなら、あんな口説き方しなかった……。
「フッ!」
短い息を吐いてシンが飛ぶように駆けてゆく。
少し間をおいてサイモンの悲鳴。
「もう大丈夫です、事は済みました」
シンの呼びかけで外へ出ると、彼の方には手足を縛られたサイモン・アルケーが担がれていた。
この前の私は、傍から見ればあんな感じだったのだろうか……?
「兄上、父上の居場所を教えてください」
「ケッ、誰が一族の裏切り者に教えるか!」
ミハイルに対して凄んで見せるサイモンだが、肩に担がれている状態では締まりがないったらありゃしない。
「裏切り者はあなた方の方でしょう? 甘言に絆され、敵に寝返り、国家を裏切るなど。それで、何を得られたのですか? 兄上」
サイモンは青筋を立ててはいるが、返す言葉がないのかだんまりを決め込んでいた。
「裏切りで手に入れた地位などすぐに崩れ行くこともわからない下郎に任すことのできる領地などありません。口を割らないのなら、精々そこで寝ていてください」
「お前だってただでは済まないんだぞ! ミハイル。今からでも、父上に協力すればどうなんだ!」
「シンの力を見たでしょう? この国の最強の騎士の実力を。兄上の願いに『はい』と答えた瞬間に僕は無力化されますよ。首が飛ぶかもしれません」
恐ろしい、と首をすくめながらもミハイルの目は、深い侮蔑の感情を自らの兄へと放っていた。
「父上はどこです? 答えなさいサイモン・アルケー貴方をこれ以上いたぶる趣味は私たちの誰も持ち合わせていない」
「その必要はありませんよ、ミハイル。大体の方角は分かります」
「そうでしたか。であれば、その狼藉者はそこいらに縛って捨て置いてください。獣か魔物かの餌にでもなればいい」
「そうですか」
シンは、ミハイルの言葉に素直に従い、ぽい、と投げるかのようにサイモンを地面へと下ろす。地面へと打ち付けられた反逆者は『ぐえ』と不格好な唸り声をあげた。
「ちょっと待てミハイル、実の兄を見殺しにするのか? 話せばわかる。なぁ? 今からでも遅くないから、この縄をほどけ、ミハイル!」
「……行きましょう。 帰ってきて生きていたのなら、その時はしかるべき罰を受けてもらいましょう。今は時間が惜しい」
助けを求めて弟の名を呼び続ける惨めな兄の叫び声に背を向け、私たちは歩き出すのだった。
× × ×
宝石が転がっていた。山の木々を縫うように。
一つ拾えばその先にもう一つ。もう一つ拾えばさらに一つ。
地面に落ちた金銀財宝の類は列を成し、一つの線を描いていた。
「……私が言っていいのかわからないのだけれど、少し間抜けが過ぎないかしら?」
強欲ここに極まれり。
アルケー卿は、宝物を入れた袋でも抱えて逃げたのだろうことが目の前の状況から見て取れるわけだが、それが彼の居場所へと私たちを導くという、お間抜けにも程がある状況が出来あがっていた。
「……お恥ずかしい限りです。このような愚か者が長らく貴族として、この国に巣食っていたことに申し訳のし様もない」
「なんというか……よくぞまともに育ってくれました、ミハイル。貴方までああでは、アルケー家は本当に救いようがなかったわ」
ミハイルは、呆れ半分諦め半分の表情で口を開いた。
「目の前に居た愚か者を、反面教師にしたかどうかが、私と兄上との違いでした。幸いにも、私はアレの異常性に気づくことができました。だから今、こうしてこちら側に立つことができましたが、そうでなければ兄上の次に立ちはだかるのは私だったかもしれません」
その時、戦闘のシンが、足を止めた。
「居ました」
彼の指差す先に居たのは、夜の森にまぎれることなど一切考えていない、派手派手しい装飾のついた赤の外套と、豚と見紛うほどの分厚い脂肪を纏った男がいた。
「あれが私の父、アルケー家当主のジャン・アルケーです」
遅れました、申し訳ございません。
長い休みが明け、正月気分も抜けてきましたので次第にペースを戻してきたいと思います。
早いもので、知らぬうちに本作品も六万字を超えてきました。
ここまで追いかけてきてくださった皆様に感謝を。
十万字を想定して始めた作品ですので、そろそろ終わりに向けて舵を切るころ合いです。
ここからは大きくお話が動き出すことになります。
パラパラとばらまいた伏線を回収しつつ綺麗に終わらせることができたらなと思います。
実はこの最後のところありきで作った作品でございまして。
作者としては書きたいところが書けるというのが、嬉しく少しノリノリでございます。
テンションが高いと地の文が少し変わりやもしれません。
『筆が乗っているんだろうな』と温かい目で見ていただければ幸いです。
お読みいただきありがとうございます!
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皆さまのご期待に沿うことのできるように頑張ります!