突入と輝く館
「というわけだから、自分のことくらい自分でできます」
魔法が使えるようになったことをシンに説明して、私は胸を張る。
戦いに参加できるかはともかく、最低限の自衛くらいはできるようになったのではないだろうか。
「でも、まだ護衛はつけるよ?」
シンは考えるそぶりも見せずにそう言う。
「どうしてよ」
「だって、まだ使いこなせてないでしょ? さっきだって水を頭からかぶっていたわけだし」
「それは……そうなのだけれど、私の護衛に人を割く余裕なんて……」
「君は王女なんだ。どう振舞おうがその事実は変わらない。だから、余裕がなくても君の護衛を外すわけにはいかないんだよ。わかるでしょ?」
分かっていたけれど、意識的に目をそらしていた事実。
そう振舞おうと決めて、みんなと同じ目線で話して、肩を並べて学んで
それが心地よかったから、そういうものだと思い込んで、そうあるべきだと思い込んで、自分を騙しながら今日まで過ごしてきた。
だけれど私は王女。その事実は覆せない。
だから、受け入れるしかない。
「……わかったわ。でも、ついていくわよ?」
「僕の言ったこと聞いてた? 分かってないよ君は」
「いいえ、分かった上でついていくって言ってるのよ」
「いいや、分かってない。守衛の人には相手が誰かなんて関係ない。君が王女だっていうことだってわかっていないかもしれない。あっちからすればただの侵入者だ。反抗すれば殺されることだってある」
「分かってるわよ。でも、あなたの傍以上に安全な場所なんてあるの?」
険しい顔から一転、シンは驚いたような顔になった。
「……ない。そんな場所は、ない」
「なら、いいわよね?」
「……わかった。だけど、僕の目が届く範囲から離れないでくれ」
困るとも嬉しいともつかないような、何とも言えない表情でシンはそう言った。
「よろしくね。私の騎士様」
私はにこりと、シンに笑いかけるのだった。
× × ×
二日が経ち、各々の準備を済ませた私たちの眼前にあるのは、館。
暗闇の中、窓から煌々と光を放つ館があった。
「ここが、アルケー邸……」
「はい、この最上階、その中央に私の父、ジャン・アルケーが居ます」
「早く行きましょ。気取られて逃げられる前に」
「ええ、これ以上父の失態を見たくはありません。どうか、皆さんの力を貸してください」
ミハイルは少し長い前髪をしなだらさせて、深々と頭を下げる。
シンはその肩を叩きながら、言った。
「これはあなたの家だけの問題ではない。王家の問題、ひいてはこの国全体の問題だ。だからこそ、僕たちはどんな協力だって惜しむつもりはない」
「そうよ、ミハイル。もうこれは、あなただけの問題ではないの。そして、貴方が悪いわけでもない。だから、気負わなくてもいいし、感謝だってこっちがしたいくらいよ」
黒髪の騎士も小さくうなずいて同意を示してくれている。
「国だ、王族だ、というのは僕にはわかりません。だけど、あのような所業をする輩を許せるはずがない。国民を騙して王族にけしかけるだなんて……しかるべき罰を受けさせなければなりません」
「行きましょ。私のためにも、皆のためにもミハイル卿をこのまま置いておくわけにはいかない」
頷きあいながら、私たちは駆けだした。
……が、足の遅い私はどうしても皆に後れを取ってしまう。
悔しいけれど、こういうところで力の差というものは如実に表れてしまう。
「お嬢様、失礼します」
「ひゃっ!」
すかさずロセは私を両手で抱え上げる。いわゆるお姫様抱っこの状態。
「……ごめんなさい、結局あなたの手を煩わせてしまったわね」
「お構いなく、これが私の本来の責務ですので」
そう言うと、ロセは重さなんて感じさせない走りで先に行く皆の背中を追いかけて行った。
館へ入ると、目を焼くような輝きが私の眼に突き刺さった。
豪華絢爛という言葉をそのまま形にしたような、宝飾品を大量にあしらった内装。
良いものを揃えているというよりは、高価なものを並べているというような感じだろうか。
華々しくはあるが美しさには欠けている。
一言で言ってしまえば趣味が悪い。そう感じた。
「まぶしっ」
「成金趣味と笑ってください。私とて、父の美的センスの欠乏にはため息しか出ないのです」
私の感性は間違っていないようだった。
ただ輝いているだけのこの屋敷は、自らの財産を誇示したい一心だというのが透けて見えるようだ。美しく見せようという気概は微塵も感じられない。このギラギラした内装を美しいと思っているのであれば、それはそれで悪趣味だ。
「なんだ! お前たちは?」
ようやく侵入に気が付いた警備が駆け寄ってきた。
「不埒な侵入者め! ここがアルケー侯爵家と知っての蛮行か!」
「ええ、直にそうではなくなるでしょうが」
返事をする私の声には、隠しようのない怒りが滲み出ていたように思う。
「囲め!」
「お嬢様、お下がりを」
すっかりよそ行きの顔のシンが、私を手で制する。
「どうぞ私の後ろへ」
機動性を重視して、いつもより少し短いスカートを履いたロセによって、最後方壁際へと下がらせられる。ここからなら全体の動きが見えるし、相手との距離もそう近くない。戦いのことは点で分からないのだけれど、きっと彼女も私を守りやすいのだろう。
「坊ちゃま!?」
「すまないが、今は父上……アルケー卿とは対立している。手心は不要だ。捕えたければ捕えればいい。こちらも手加減はしない」
ミハイルを知っているであろう警備の一人は驚いた顔をするが、一方のミハイルは終始苦しい顔をしている。
覚悟は決めてきているとは言っていたし、実際にそう見えたが顔見知りと相対すると辛いものもあるのだろう。
私だって、ロセやパトリシアやほかのメイドたち、護衛の人たちと事を構えるのは嫌なのだ。実際にその場面に直面したら逃げ出す自信がある。
「このまま正面を蹴散らします。ロセさんお嬢様を頼みます」
「はい、傷一つ付けさせはしません」
そんなことはなく、ロセは周囲を警戒しながら私を背に庇っているのだが。私は逃げ出すより守られる側なわけだ。
はっきりと言って足手まといな私がなぜここに居るかというと、アルケー侯爵を裁くことのできる人間が、私しかいないからである。
警備隊を動かすことがない以上、令状なしで侯爵を捉えなければいけないのだが、それをできるのは侯爵よりも位の高い家柄の者のみだ。
今ここに居る人で、それに該当するのは私だけ、だから守られてでもここに来る必要があったのだ。
「捕えろっ!」
戦闘が始まる。両翼のヨハンとミハイルは適度な距離を保ちながら、魔法の優位性を活かした立ち回りで兵士たちを翻弄する。一方、先頭を切り開くシンは、戦闘というよりは蹂躙とでも言うべき圧倒的な力で、進路を確保していった。
「走ります、お嬢様。掴まっていてくださいね」
ロセが私を抱え上げる。シンの切り開いた進路に後の四人が続く形だ。
「やはり、僕が来る必要なかったんじゃないですか!?」
「何を言いますか、ヨハン様。貴方様が居なければ、私がこうしてお嬢さまに付くことはできなかったのです。それだけでも、ヨハン様がここに居る意味はございます」
「要するに、肉壁になれってことですね!」
「左様でございます」
「ちょっと、ロセ!」
言葉を選ばずに言えばそうなってしまうのだろうが、それをそのまま肯定するのはいただけないというものだろう。
「いいんです、アフィリア様。というか、こうするつもりで僕に声をかけたものだとばかり思っていたのですが」
「自分の体は大事になさい。私の命を守るために死ぬなんてことがあれば許さないんだから。……そうね、貴方のご家族にはこの屋敷をプレゼントしましょう」
「それは、ご遠慮願いたいです」
それを聞くミハイルの顔は引きつっていた。
あけましておめでとうございます。
誠にSorry to Late。
年末年始にかけてあちらこちらへ引き回されているうちにいつの間にか年明け三日が経過しておりました。年始一発目、謝罪から入りたくはなかったのですが、やむなし。
すべては私の責任にございます。アルケー侯爵よろしく断罪いただければよろしいかと。
年末年始はいかがお過ごしでしょうか。初詣には行ったでしょうか? おせちは食べたでしょうか?
友人の中には一人で海外旅行へ行って年明けをフランスで過ごしたりする人もいて、伝統がなくなってゆくことを寂しく思う一方で、新しい時代の訪れを感じたりもします。
と、まぁこんな老人のようなことを言いますが私はミレニアムベイビーの二十代なのですが。西暦が分かれば自分の年齢が分かる便利な年の生まれでございます。
それでも、子供の頃を思えば世界はガラリと変わってしまいました。
便利にもなりましたが、経済の面で見ればなかなかに辛くなったというのが悲しいところでございます。
当時はまだ発展途上国と言われていた中国が急速に経済成長を遂げる中、日本はどこか置いていかれるような、当時の栄華に縋るような感じさえします。
その中で、日陰者の文化であったオタクカルチャーというのはここまで大きくなるとは思ってもみませんでした。『オタクは恥ずかしいもの』という認識があった10年前20年前からは考えられないほどオタク文化は大きくなりました。
日本のことをアニメや漫画、ライトノベルを通じて好きになってくれる海外の方というのもたくさんいます。
まだまだ、作家の端くれにも満たない存在ではございますが、いずれはその文化をけん引する側に回れるようになりたいと、ここで新年の抱負を語らせていただきます。
……新年の抱負というよりは将来の夢な気もしますが小さいことは気にしません。はい。
というわけで、新年一発目で気合を入れた結果長くなるのが本文ではなく、あとがきな小白水でございました。
本日もお読みいただきありがとうございます!
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皆さまのご期待に沿うことのできるように頑張ります!