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シンとアフィリア

『お姫様』に、憧れていました。

 その地位に、ではありません。それは生まれたその瞬間から、私についてきたものなのだから。


 本を読みました。

私が読んだその本──英雄譚の中には、騎士がいました。勇者がいました。英雄がいました。国を滅ぼさんとする黒き龍に立ち向かう勇士たちがいました。


 私が憧れ、恋焦がれたのは物語の中、そんな英雄たちと冒険をして、恋をして、結ばれる。そんな『お姫様』。


 でも分かってもいるのです。そんなものは本の中だけの夢物語であることを。

 分かっていたのです。私は『お姫様』にはなれないことを。



×   ×   ×



 気が付けば私は自室にいた。ベッドの上に横なって、レースのついた天蓋てんがいを見ながら思い浮かべるのは、私を傷つけた張本人、シンのこと。


 たくさんの『どうして』が頭の中をぐるぐる駆け巡って。それを彼の口から説明してほしくて。けれども、今は彼の声を聴きたくはなくて。


我ながら勝手で矛盾している。分かってはいるのだけれど、今は彼を責めることをやめられそうにはない。



 彼と初めて会ったのは五年前、王城でのパーティーでのこと。

 人の波に揉まれて、疲れて、どうにかこうにかバルコニーに逃げ出したとき。

庭で、その片隅で、一人たたずんでいる男の子がいたのです。

 

 その小さな背中が気になって、どうしようもなく気になって、私は庭に降りていきました。

 同年代らしきその姿は、私よりも小さく見えました。

何だか自信なさげなその姿は、自分にも重なるように思えたのでした。


その当時、私は孤独を感じていました。お転婆で、元気いっぱいで、孤独とは縁遠いような子供でしたが、いかんせん友人がいませんでした。同年代の子供が当時の王城にはいませんでした。

 

 メイドたちは遊び相手にはなってくれましたが、それは友達とは違うもの。だから私は現状の人間関係に満足しながらも孤独を抱えていたのです。


「あなた、一人ですの?」


 だから、気になって声を掛けました。


 声をかけられると思っていなかったのか、肩をびくりと跳ね上げると、声の主はおずおずとこちらに振り向きました。


「はい……」


 室内のパーティーの音にすら負けてしまいそうなほど、か細い声で彼は答えます。


「わたしは、アフィリア。アフィリア・メルクーリです。あなた、のお名前をお伺いしても?」


 怯えているような気配すら感じたので、努めて柔らかい声音こわねで彼に話しかけました。


「シン……タキトゥス。です」

「まぁ、タキトゥスというと、フォルト様のご子息でいらっしゃって?」


 タキトゥス家は代々にわたって、メルクーリ王国騎士団長を輩出している、名門中の名門の貴族です。

タキトゥスという家名、そこから連想される騎士という言葉に私は心を躍らせました。


なにせ、私は英雄譚が大好きでした。そして救国の英雄となった騎士と、お姫様とのロマンスが大好きでした。お姫様に憧れました。


だから私が、このシンという男の子に対して興味を持つのも、不思議なことではないでしょう。だって、彼は騎士の家系の出身なのですから。


「そうです」

「なら、どうしてこんなところにいらっしゃるのですか? あなたのお父上はあちらにいらっしゃるのではなくて?」

「そうです……けど」


 何か居づらい理由があったのでしょう。かくいう私も、喧噪けんそうに疲れてパーティーを抜け出した身。あまり大きいことを言うこともできませんので、続く言葉を待つことにしました。


「僕……弱いんです。兄上たちと比べて、ずっと。模擬戦でも一度も勝ったことがないんです。」


 視線を下に向けながら、彼は続けました。


「だから、父上と一緒にいるとみんなの視線が怖い。勝手に比べられて、品定めされて、失望されるんです。ただ、タキトゥスの家に生まれただけなのに」


 これまでの経験が、彼から自信を削いでいるようでした。彼の背中が小さく見えたのは、きっとそれが原因でしょう。


「まずは、申し訳ございません。わたしもタキトゥスの家名であなたを判断しました。きっと強いのだろうと」


 まずは謝罪。彼が嫌がっていることをしたのなら謝らないといけません。


「その上で聞きます。あなた、ご兄弟以外と模擬戦をしたことは?」

「ないです」


 返ってきたのは否定。


「あなた、きっとあなたが思っているほど、弱くはないですよ」


 そもそもの物差しが一般人とは違います。タキトゥス家の中では弱かろうと、一般人からすれば相当に強いのですから。


「だから、あなたにお願いしたいことがあります」

「お願い……?」


 どうやら思っていたよりも私は彼を気に入ってしまったようで。だから私は彼に夢を託すことにしたのです。


「──わたしの、騎士様になってはくれませんか?」


 今にして思うと、大胆な告白だな、なんて思ってしまうのですが、当時の私は臆面もなくこんなことを言える子だったのです。


「僕で、いいんですか?」

「あなただから、いいのです」

「どうしてですか?」

「……せめて傍に置く騎士くらいは、気の合う人がいいんです」

「気の合う人……僕がですか?」

「だって、そのカフス、騎士王の印章でしょう?」


 彼の生成りの良いスーツの袖口には、英雄譚に出てくる騎士王ヒューギルスの印章をかたどったカフスがありました。


「騎士王……知っているんですか!? ヒューギルスを!」

「ええ、知っていますとも。彼の話はお気に入りですよ。強きをくじき、弱気を守り、愛に殉じ、国に殉じる。格好の良いこと、この上ないでしょう?」

「そう! 彼の最期は涙なしでは語れないんですよ!」


 喜色満面きしょくまんめんの笑みを私に向けてくる彼。同好の士見つけたり、という心の声が表情から漏れ出ています。


「そうそう、国を脅かす黒き災いから、愛するものを守るために身を投げうつ、その姿の格好いいこと」


 そうなんですよ! と最初と打って変わって元気な反応を見せたあと、彼はハッとした顔をしました。


「気が……合いますね」


 そう言って彼はどこか恥ずかしそうに、私にはにかみかけたのでした。


「ええ、そう言ったではありませんか」


 彼の笑みには、こちらも笑みでお返ししました。


 大きく息を吸い込みます。これから言うことは大事なことだから。


「だから、シン、誰よりも強くなってください。わたしが成人したその時、貴方を私が叙勲します。そうして、わたしを傍で守ってください。私にとってのヒューギルスになってください」

「なれますか……僕でも」

「なれます。必ず。だってあなたは強くなれる。メルクーリ王国が王女、アフェリス・メルクーリが保証してさしあげます。あなたには才能がある。騎士になるための」


 彼に足りなかったのは自信だけでした。だからあとは私が背中を一押しすれば彼はめきめきと成長することでしょう。そう思いました。


「なります! 僕……いや、私、シン・タキトゥスは、アフィリア・メルクーリ姫殿下の騎士に、なります!」


先ほどは力のなかったシンの瞳でしたが、その奥に決意の炎が燃え上がるのを見た気がしました。


「よろしい。では、パーティーに戻りましょう。少し長く離れすぎました。きっと心配をかけているでしょう。エスコートしてくださいますか? 騎士様」


 手を差し出します。物語に出てくるお姫様のように。優美で、しなやかに。


「お任せください」


 彼は私の手を取りました。小さな騎士とお姫様は連れ立って、歩みを進めてゆきました。

 その先は、黒い災いなんかではなく、パーティー会場でしたが。



×   ×   ×



 そうだったのだけれど、今はこの始末。五年来の約束を彼は破った。私は一か月後に迫っていたその日をずっと楽しみにしていたというのに。彼は破った。


 そんな私の内心の恨み節をさえぎるように、控えめなノックの音が部屋に響いた。


「誰? 今は少し一人にしてほしいのだけれど」

「シンです、少し話を聞いてはくれませんか?」


 やってきたのは、私をこんな気持ちにした張本人だった。


お読みいただきありがとうございます!

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