色仕掛けと魔法の訓練
「とりあえず、侯爵家の人間を一切合切捕まえないことには、話が始まらないと思うの」
寮の部屋に集まった、ほかの三人に向けて私は言い放った。
有能メイドも、私の騎士も、銀髪貴族も、皆一様に考えるようなしぐさをしていた。
「そうだね。警備隊を動かしたら侯爵は逃げるだろうから、気づいていないふりをしながら、一気に捕まえないといけない」
腕を組んで悩ましげな表情のシンだが、帰ってきたのは肯定の言葉だった。
「そうなると……国王に伝えるのも、その後の方がいいかもしれないわね」
お父様の口の堅さを信用していないわけではないのだが、そもそも王宮内どこであろうと、話が筒抜けになる可能性があるので、リスクを考えるのであれば避けるべきだろう。
「最小の戦力で、最速で事を済ませる必要があります。シン様のお力を当てにさせていただきますが、私を加えてももう一人くらいは戦力が必要だろうかと」
「であれば、私が。家族の尻ぬぐい位は自分でさせてください」
ミハイルの目には、強い覚悟の光が爛爛と輝いていた。
「失礼ですが、アルケー卿……いや、ミハイル。君はどこまで戦える」
珍しいこともあるものだ。基本、私とロセ以外に対して、シンが敬語を崩すなんて。それも名前を呼んで。
きっと、彼の目を見てシンも何か思うところがあったのだろう。
「シン、貴卿の眼鏡にかなうかは分からない。だが、これでも貴族男子の端くれだ。学院に入る前から稽古をつけていた。魔法の研鑽も人一倍励んだつもりだ。教科書に出てきたものはすべて覚えた。最低限の戦力にはなると自負している」
呼応するように、ミハイルもシンの名前を呼ぶ。
「ロセ、君にはリアの護衛を……」
「それには及ばないわ。私、自分の身は自分で守るもの」
ここで私の護衛なんかにて人を割いて、肝心のアルケー卿に逃げられるなんていう間抜けな真似は避けなければならない。
そう思っての発言なのだが、三人ともの表情は私に対する心配のそれだった。
「そうは言っても、リアの運動音痴っぷりだとね……魔法だってまだ何が使えるかわからないんでしょ? 魔法で自衛ができそうだっていうなら、考えなくもないんだけど……」
「この前のことがあったばかりなのです。お嬢様を一人で危険な場所へ放り込むなど……」
言語道断だと、二人から一斉に拒否された。
せめて魔法が使えたならばなんとかなりそうなのだけれど……。
「……じゃあ、もう一人探す必要があるわね」
そうなってはもう、こちらが折れるしかないのだった。
× × ×
教団を中心に、放射状に机が並ぶ教室、その一角にいた青髪の生徒へ私は声をかけた。
「ヨハン、頼みたいことがあるのだけれど……引き受けるかどうかは内容を聞いてからで判断して」
「どうされたのですか? 改まって。アフィリア様の頼みであれば何だって……」
「今回の頼み事は危険が伴うの。──今回の一連の騒動の黒幕を叩くわ」
ごくり、息を呑む音が聞こえた。
「黒幕というと、アルケー家ですか?」
「ええ。ミハイルに協力してもらって、証拠は手に入れた。あとはもう捕まえるだけなのだけれど、人手が足りない。国内最強の騎士の力があっても、まだ足りない。きっと、アルケーき卿は逃げる算段だって企てているはずよ。それを追い切るには、最低でもあと一人が必要なの」
「それで僕を……? 平民ですよ僕は。剣だって碌に握ったこともない」
「でも、貴方魔法はすっごく得意でしょう?」
「それは……そうなのですが、実践経験なんて全くありませんよ?」
「他に頼れる人がいないの……ダメ?」
そんなに断るなら路線変更だ。
上目遣いに涙ぐんだ目、全力でしなを作って、籠絡しにかかる。
「……それは狡いでしょう」
尻すぼみな声で、ヨハンはつぶやく。
断っていい、だなんて言ったけれど心の底では断らせる気など微塵もなかった。
私は狡猾な女なのよ……。と内心で勝ち誇る。
「じゃあ……!」
「わかりました、僕の負けです。好きに使えばいい。戦力になる保証は一切できかねますが」
「ありがとう! ヨハン! 貴方が居なければどうしようかと……」
「そこまで喜んでいただいたならば何よりです。それで、決行はいつになるのでしょう」
「明後日。明後日の夜に乗り込むわ」
「わかりました。では、できるだけの準備をしておきます……であれば、まずは魔法の練度を……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、ヨハンは去っていった。
「よし、私も……」
去り行くヨハンの揺れる青髪が廊下の角に消えるまで見送った。次に私が足を向けた先は、保健室。マリエラ先生に師事するためだ。
「マリエラ先生。お時間ありますでしょうか?」
「はーい、ちょっと待っててねぇ」
ノックをして先生に声をかけると、間延びした声が返ってくる。
コツコツとこちらに歩いてくる足音の後に、ドアがゆっくりと開いた。
「どうしたの? アフィリアちゃん。しんどくなっちゃった? お腹痛くなった?」
そういうと、私の顔を体を、ペタペタと触ってくる。
少しひんやりとしていて、気持ちいい。
「いえ、そうではなく……」
「あら、なら魔法について教えてほしいの?」
「はい。できるだけ早く使えるようになりたいので」
「うーん。焦る気持ちもわかるんだけれど、そうねぇ……」
うんうんと唸りながら、腕を組んで保健室の中をくるくると歩き回るマリエラ先生。
彼女が養護教諭というのは私にとって幸いだった。だって、基本的にこの部屋に来れば、先生が捕まるのだから。
「とりあえず、少しずつ魔力を出す練習からしましょうか。……本当は、授業の時間以外で魔法の訓練をするには許可証が必要なの。次からはもらってきてね、アフィリアちゃん」
「……ありがとうございます!」
これで、少しでも力になれるようになれればいいのだけれど……。
「魔力を感じる練習はしたわよね? じゃないとあの宝石、光らないし」
「はい。あの時は、あの宝石の玉を見ていると、なんだか吸い込まれるような感じがして、そのまま意識を失ったようで……」
「うーん。やっぱり、一度に放出する魔力量の調節ができていないからかしらねぇ」
マリエラ先生は、顎に手を当てて悩ましげな表情をしていた。
「じゃあ、こんな風に少しずつ絞って魔力を出す練習をしてみましょう。大丈夫! 何かあっても先生が治してあげるから!」
「はい……!」
手先に向かって、魔力を流す。意識的に、量は少なく、最小限で。
指先から感じるほのかな温かみと、明滅する淡い光。
「うんうん。その調子。そのまま、私の声に合わせて深呼吸してぇ。吸ってぇ。吐いてぇ。吸ってぇ。吐いてぇ」
先生の甘い、囁くような声に合わせて、深呼吸をする。体の奥底が温かくなってきたような気がする。
「いいわね。魔力の量が安定してきたわよ。魔法の基礎はリラックスよ。その調子でね」
明滅していた光が少しずつ安定してくる。
その光には、目を奪う魅力があった。
「うーん。きれいな魔力ね、先生うっとりしちゃうわ」
この光に魅力を感じていたのは私だけではなかったようだ。
「うん。これだけ制御できているならば、次に行きましょう」
「……次、というと?」
「出力を上げていきましょう。無属性魔法のいい点なのだけれど、魔力をただ出すだけでも、魔法として機能しちゃうのよ。私の治癒みたいに、見ただけでは分からないものもあるのだけれどね」
そう言うと、先生は一つの本を取り出した。
「それは……?」
「……とりあえず、魔力を引っ込めましょうかアフィリアちゃん」
私は、額に汗をかきながら、先生に目で助けを訴える。
「先生……止め方が分かりません……」
「えっ?」
ずっとにっこりとしているマリエラ先生の顔から──笑顔が消えた。
お読みいただきありがとうございます!
……昨日は更新できず、申し訳ございません。
余裕のある時に書き溜めをする癖をつければこんなことにはならなかったはずなのですが、私が至らないばかりに……申し訳のし様がございません。
明日明後日の、年末最後の出勤に備えて、今のうちにできるだけ頑張ろうという所存でございます。
私事も私事。余談も余談なのですが、最近PCを新調しまして、と言っても執筆用ではなくゲーム用のものなのですが。
それで、スペックをどうしようかとうんうん悩んでいるときに『……自分で組めばいいのでは?』と思い至り、自作erと呼ばれる人たちの仲間入りをすることになりました。
動画を大量に見て、これがいいあれがいいと、お財布事情と、これから長く使えそうなスぺックとの間で揺れ動きながら、個人的には満足のゆくものが組めました。
前面パネルに木を用いたちょっとおしゃれなケースにしてみたりと、お部屋との統一感なんてのも意識しながら、結構楽しかったですね。
皆さんも、機会があればトライしてみるのもいいかもしれないですね。
もちろん、心理的なハードルも結構高いですし、そこそこのお勉強も必要なのですが。
というわけで、面白いと思っていただきましたらば、ブックマーク、星で応援いただけると大変励みになります。
皆さまのご期待に沿うことのできるように頑張ります!




