信用と叛意
「アルケー家……」
その名は今朝聞いた。もちろん、私が攫われたあの屋敷の所有者。
「なにか、思い当たる節が?」
表情に出ていただろうか、ヨハンは青髪を揺らして首をかしげる。
「ええ……今言える話ではないのだけれど、一つ」
やはり、彼……ミハイルの関与いかんによって、彼が敵になるのかどうかが分かれそうだ。
仮にミハイルをこちらに引き込むことができたのなら、家の中の事情を知っているであろう彼は、心強い味方になってくれるに違いない。
「ただ、おかげでなんとなく全容が見えてきた。ありがとう、ヨハン」
「いえ、何かあればまた報告します」
「ええ、苦労を掛けるけど、お願いしてもいいかしら」
「お任せください。……では」
青髪の青年は、自信をうかがわせる笑みを浮かべ、自らの席へ戻っていく。
「変わりましたね。彼は」
傍らの騎士は薄い笑みを顔に浮かべる。
「あれが本来の彼なんじゃない?」
「……というと?」
「先入観が邪魔をしていただけで、きっとあれが本来の彼なんだと思う」
きっと、彼にとってのアフィリア・メルクーリは噂の人物でしかなかった。だから、私は彼にとって信用似たる人物ではなかったのだろう。
「噂というのは、恐ろしいですね」
「ええ。言葉の力っていうのは、私たちの思っている以上に大きな力を持っているのかもしれないわね」
だからこそ、あの噂は根絶するべき。私はそう決意を新たに、事にあたろうと決めたのだった。
× × ×
「本格的に彼を巻き込むべきなのかも知れないわね……」
「彼……というのは?」
授業が終わり、寮へ戻った私はロセの淹れた紅茶を飲みながら、今後どうするべきかについて考えていた。
その最中にぽつり、とこぼした一言をロセが拾い、聞き返してきた。
「そうね、ロセは知らなかったわね。ヨハンという生徒で、私が集められない情報の収集を彼に頼んでいるの」
「そのヨハンという生徒は、信用に足る人物なのでしょうか?」
「少なくとも私はそう判断したわ」
彼は、最初の私への態度からわかるように、良い意味でも悪い意味でも裏表のない人物だ。だからこその危うさはあるが、『信用』という点においては間違いなく問題がない人物だと、そう思う。
「私はその人物を知りませんので、何とも言い難いのですが、お嬢様がそう判断されたのであれば、口を挟むことは致しません」
「シンはどう思う?」
傍らの騎士にも意見を求める。
魔法とは別に剣術についても学んでいるシン、は実習終わりですこし朱の混じった顔色をしていた。
「信用してもいいんじゃないか、とは思うよ。全部話すのは、裏付けを取った後の方がいいかもしれないけどね」
「裏付け……? 身元とか?」
「そう」
返ってきたのは短い返事と首肯。
「これはミハイルにも言えることではあるんだけど、本人が大丈夫でも周囲の人間から情報が洩れるなんてこともよくあることだからね。そこは注意していかないといけない」
「そうね、わかったわ。機を見ながら、彼に話すことにするわ」
何事も冷静に、だ。
他人に対して言ったことは自分でも守らないと、説得力に欠けるというものだ。
「それで、ミハイルのことなのだけれど」
話をミハイルの話に戻す。
「何か、実家との繋がりは見つかった?」
「現状はまだ、グレーのまま……ですね」
ロセの言葉はどこか歯切れ悪そうだった
「何かあったの?」
「いえ。誘拐の実行犯も、アルケー家の名前は出せど、ミハイル氏の関与については言及しませんでした。純粋に誰が依頼したのかを知らない可能性もありますが」
「そう、噂の件に関してもアルケー家が関わっているとの情報があったけれど、どうやら主犯はミハイルのお兄さんみたい」
「それが確定的なのであれば、ミハイルにあえて話してみるのもアリなのかもしれませんね。王族に対して批判的な内容の噂を流布するとなれば、反逆罪の対象となります。国外に逃げようが貴族位をはく奪して、指名手配するくらいは十分にできるでしょう」
「反逆罪……」
あまり、権力を傘に着たやり方は好きではないのだが、今回のことに関しては問題が問題なため、王族として毅然とした対応を取らなければならない。
「リア、権力を使いたくないんでしょ? 気持ちはわかるんだけど……」
「やるわ、ミハイルに話してみましょう。カマをかけて、本当にミハイルが関与していないなら、引き入れればいいし、関与しているのならアルケー家はまとめて聞き取りの対象ね。逃げれば、反逆罪で指名手配して捕まえたあとに事情聴取をするしかない」
お茶で口を濡らしながら、お菓子を口に含む。甘味が口の中に広がり、対策を考え続けて疲れた脳の緊張がほぐれる。
ふぅ、と一息。
紅茶に小さな波紋を作る。
「少し疲れていそうだね。昨日あんなことがあったのだし、仕方がない」
「……そういえば、お父様は昨日のことどこまで知っているの?」
昨日私が攫われたことについてお父様に連絡がなされているのであれば、私たちが行動を起こす前に国が動き出すだろう。
「もちろん連絡はしています。ですが、王宮内も少し立て込んでいるようでして……」
「立て込んでる……軍備増強って言っていたけれど、そのことなのかな」
「詳細は伝え聞いておりませんが、できる限りのことはするが、こちらでも動いてほしいとのことです。なんでも、女王になればこんなことは茶飯事だから、自分で対処できるようになっておけ、とのことで」
こっちはこっちで忙しいからこの際、練習だと思って自分で解決しろということか。実践式の教育だと思えば悪くはないのだろうか。
「じゃあ、お父様は頼らない方がいいわね」
なんなら、『頼ったら負け』くらいの気持ちで良いのかもしれない。
「じゃあ、とりあえずミハイルに、お兄さんについて聞いてみましょうか」
「わかった。何かあれば僕が守るよ、必ず」
決意の籠ったその言葉は、とても頼もしいものに思えた。
× × ×
「おはようミハイル。少しいいかしら」
「ええ、どうなさいましたか? アフィリア嬢」
翌朝、私は学校で見つけたミハイルに声をかけ捕まえた。
「貴方のお兄さんのことについて少し聞きたいのだけれど」
「……兄上ですか」
銀髪の美男子は珍しく、悪感情をその顔に露にした。
「何か、触れられたくないことを言ってしまったかしら?」
「いえ、アフィリア嬢がお気になさることではありません。ただ、私と兄とは……その、あまり良好とはいえない関係でして」
「あら、貴方ならだれとでもうまくやっていけそうなものなのに」
「そう自負しているのですが、兄含め、実家との折り合いはあまり良くないのです」
「あら、そうだったの。夜会ではそんな風には見えなかったけれども」
ミハイルは少し長い銀髪の毛先を弄ぶ。
初めて見るしぐさだが、普段は隠しているのかもしれない。そう思いつつ話をつづけた。
「ええ、もちろん外ではそう見えないように振舞っていました。不仲なこと自体が、家にとって弱点になりかねないですから」
例えば、不仲を理由にミハイルに取り入ろうとする者もいるだろうし、あるいはミハイルを鬱陶しがったほかの家の貴族が、ミハイルを蹴落とす算段をアルケー家と共謀するなんてこともあるかもしれない。
「言いづらいなら、そう言ってもらって結構なのだけれど、何が理由で仲たがいをしているのか、聞いてもいいかしら」
「告げ口のようで、少し憚られるのですが」
そう前置きをして、彼は息を吸う。
「──アルケー家は、メルクーリ王家に対して叛意を持っています」
アルケー家の犯行であることが、ほぼ確定的となったのだった。
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