贈り物と告白
「噓はやめて。言えないなら、そう言ってくれればいいわ」
白馬の上、私の後ろに座り、抱え込むように私を支えてくれているシンにそう言った。
『言えない』と言われる分には、まだ何とか無理やり自分を納得させることだってできる。だけど、嘘をつくという行為が間に挟まると、どうも許せなくなる。というか、嘘をつくという行為が許せない。
「……すまない。君には言えない事情がある。ただ、別に法律を破ったわけではないんだ。僕が勝手に練習して習得しただけだよ」
「……。わかった。信じる。貴方が嘘に嘘を重ねるような、愚かな人でないことは分かっているから」
「ありがとう、リア。最近君には迷惑をかけてばかりだ。今日だって、僕がしっかりしていればこんなことには……」
上を見ると、シンは強く唇を噛んでいた。自責、後悔。そういった感情が彼の中で渦巻いて苦しめているのだろう。
「悪いのは誘拐犯と、その首謀者。貴方じゃない」
「……そうだね。だけれど、僕は君を守るのが役目で、その力だってある。だから、君に悪意のある手が届いたのならば、それは君を守れなかった僕の落ち度だ」
目線は前に向けたまま。下からだとよく顔が見えないが、苦し気な顔をしているだろうことは分かる。
「私ね、今日とっても楽しかったわ。シンと二人で手を繋いで、町を歩いて、お店で買い物をして。ずっと王宮にいた私にとっては、どれも初めてのことで、とっても新鮮で、楽しかった」
あと、ドキドキもしたのだけれど。
「こうして、私がいろんな『初めて』を知ることができたのは、シンあなたのおかげよ。だから、そんなに自分を責めないで」
手綱を握る彼の手に、私の手を重ねる。
ぬくもりを分かち合うように、苦しみを分かち合えるように。
「弱音を吐くなら、今かもしれないわね」
「え?」
突然の話題転換に、呆けた声を上げるシン。そんな彼を気に留めず、私は続ける。
「今なら私にはあなたの顔が見えないし、これだけ早く走る馬の上なら、どんな言葉だって風に乗って流されてしまうもの」
要するに、『弱音を吐きたいなら聞いてあげる』と言っているわけだ。
「そう……だね。じゃあ、少し独り言をさせてもらうことにしようかな」
ぎゅっと、私を抱きしめなおしてシンはそう零した。
「僕は……夢を見るんだ。その夢の中では、僕は弱くって、何も守れなくて。君を……失ってしまうんだ。だから強くなろうと決めたのに、何があっても君を守ろうと決めて、そのために頑張って、それでも君を守りきることができなかったんだ」
その話を聞いて思い出したのは、この前の夢のこと。
魔力を測定して、気を失ったあの日、私が見た幸せな夢。
はっきりとは覚えていないけれど、シンは私を抱きかかえて泣いていた。そんな気がする。
「そのためにこれまで、腕を磨いてきて、魔法だって先取りして……それでも僕の力には限界がある。だから、僕は怖いんだ。君を守れなくって、君に手が届かなくなるその日がいつか来てしまう」
私はただ前を見て、流れてゆく景色だけを見ていた。
今は聞きに徹する時間だ。
「リア」
そんなことを思っていたら、私に対する呼びかけ。
「どうしたの? シン」
「町が見えてきた。少し休憩しよう。疲れたでしょ?」
そう言うと、彼は下馬して、下からひょいと私を持ち上げて地面に下した。
「ありがとう」
「はい。水」
そう言って、シンは腰に下げていた革の水筒を差し出した。
「よく気が利くわね」
「だって僕は、君の騎士なんだ。そうでしょ?」
「っん。ふぅ。そうね。貴方は私の騎士よ。誰にも負けない私の騎士。」
もらった水をこくりと嚥下してから、返事をする。
彼の顔には、自信が戻ってきているようだった。
「リア、これを」
私が飲み終わるのを、見計らってシンが差しだしたのは、昼に露店で買ったイヤーカフ。
「せっかくシンが買ってくれたプレゼントなんだから、シンが着けて」
私は、右側の髪をかき上げて、耳を彼に向かって差し出す。
今日一日、私を完璧にエスコートしておいて、こういうところで抜けているのが、実にシンらしい。
「そうだね、僕から大事な君に。僕は、あんまり女心というものが分からないから、これが今できる精いっぱいのプレゼント」
そう言って、彼は私の横へ回り込み、顔を近づける。
間違っても傷つけないようにという、気づかいを痛いほどに感じる。それほどにゆっくりと、慎重に動いているのが分かる。
「んっ」
彼の息がかすかに耳にかかる。こそばゆい感覚に思わず変な声が漏れてしまう。
「大丈夫?」
「……大丈夫、続けて」
カフをつけてもらうだけなのに妙に緊張して、顔が少し熱い。おそらく赤くなっているであろう耳を、夕暮れの赤が塗りつぶしてくれることを祈っておこう。
「よし。着けられたよ」
「ありがとう、じゃあ次はあなたの番ね」
「……僕の?」
首をかしげるシンは、実に不思議そうな顔をしている。
「せっかく一対の物を買ったんだから、お揃いにすればいいじゃない」
「ああ、そういう。……でも、これは君へのプレゼントで」
「じゃあ、もう片方もちょうだい」
私はそう言うと、彼に向かって手を差し出した。
シンは、不思議そうな顔をそのままに、おずおずと私の手に、カフを差し出した。
「貴方からもらったこれを、貴方へプレゼントします。耳を出して」
子供じみた屁理屈だけれど、彼はこういうのに案外弱かったりする。
実際、目の前の騎士は夕日の下に満面の笑みを晒している。
「本当に、君には敵わないよ」
「観念したなら、大人しく受け取りなさい」
「仰せのままに、僕の王女様」
そう言うと、彼はひざまずいて、その左耳を私へ差し出したのだった。
「よろしい」
夕日に照らされ、少し赤く見える彼の耳に、そっとカフを着ける。
青い宝石の中には、騎士王の紋章。私と彼との大事な繋がり。
「好きよ。シン」
ぽつり、こぼれたのは、彼への愛のささやき。
至近距離でささやかれるその言葉に、彼の耳は少し赤みを増した気がする。
「リア……とつぜん、何を……?」
「そう何度も言うほど、安い言葉じゃないわ」
ちょっと悪戯。今日は振り回されっぱなしだったし、このくらいはいいだろう。別に嘘を言っている訳ではないのだから。
「……そう、なんだね」
餌をお預けにされた小動物のように、しょんぼりとした様子のシン。
「好きよ。私の騎士様」
そんな彼が可愛く見えて、もう一度追撃。
驚きで彼の黒い瞳孔が大きくなる。
そして、彼の表情は、驚きから喜びへと、変わっていった。
「僕も、好きだ、リア。君をもう離したくはない」
そう言うと、シンは私の背中に腕を回して、抱き寄せる。
自分から仕掛けたはずなのに、手痛い反撃を食らってしまった。
どくどく、と鼓動が暴れ、茹でだった頭はあまりうまく働かない。
「ちょ、シンッ、動けなっ」
がっちりとシンに包み込まれ、身動きが取れなくなる。
「リアッ……リア。 僕の傍から……いなくならないで」
その言葉通り、決して離れないように彼の腕の中に拘束されているのだった。
× × ×
「落ち着いた?」
「……うん。ありがとう」
きっと、彼の言っていた夢の中の出来事が関係しているのだろう。
ドキドキもしたのだけれど、彼の中にある異常な私に対する執着に、少し不安を覚える。
「私はあなたと一緒に居るわよ。何があっても離れない。だから、私を守って」
「うん、僕は君の騎士だ。何があっても君を守るよ、リア」
日はすっかりと暮れていて、先ほど私たちを赤く照らしていた夕暮れは消え、柔らかな星々の光だけが、私たちを柔らかく照らしている。
「帰りましょうか」
「そうだね、ロセが心配して待っているからね」
「じゃあ、エスコートをお願いします、私の騎士様」
「はい、謹んで」
シンと私を乗せた白馬は、ぽつりぽつりと増えてゆく王都の明かりへと溶けて行ったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
だんだんと関係が煮詰まってきました、ドキドキ描写をもう少し勉強するべきだなと思いつつ、いったんこれで満足といった感じの文章になりました。私のレベルアップに応じて、文章のクオリティも上がるかと存じますので、それはこれからにご期待いただければな、と思います。
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皆さまのご期待に沿うことのできるように頑張ります!