麻袋と救出
「誰っ? 目的はっ、何っ?」
走るのに合わせてゆっさゆっさと揺られる私。それに合わせて声も途切れ途切れになる。
問いに対しての返事はなかった。
ただ、そのたくましい腕の感触と、荒い吐息から男性であることが分かるだけ。
「きゃっ」
背中に衝撃。どうやら馬車に放り込まれたらしい。
袋が外れたと思えば、今度は口に布を噛ませられ、両手足を縛られた。
身動きが取れない状態で、馬車の荷台に転がされ、そのままどこかで運ばれていく。
乗り心地は私がいつも乗っている馬車には程遠く、床に転がされているのもあって、地面の凹凸に合わせてガタガタという振動が体を揺らす。
今ごろシンはどうしているだろうか。
きっと、突然消えた私を心配して探してくれているのだろう。
強い停止感。馬車が止まったのだろう。
しばらくすると、後方の幌が開き、昼の陽光が薄暗さに少し慣れていた目を焼く。
眩しさに目が慣れる前に麻袋を頭に被せられ、建物の中へ担がれてゆく。
とても恥ずかしい恰好なはずなのだけれど、こうも何度も同じことをされていると、少し慣れが勝る部分がある。
足音が響く。おそらくは地下。反響する足音を聞きながら必死に頭を働かせる。
地下室があるということは、それなりに大きな家に違いない。
馬車で移動した時間は半刻も経っていない……その半分くらいだろうか。
「冷たっ!」
思考を中断したのは石の床の冷たさだった。
下ろされるや否や、耳に届いたのは金属音。ガチャリというその音はきっと牢を施錠した音だ。
私には何も言わずにそのまま去ってゆく足音だけが聞こえる
「えっ? 私このまま? ウソでしょ!?」
顔の麻袋はそのまま。ちょっと扱いが杜撰過ぎはしないだろうか。
空気の冷たい地下牢に頭から袋を被せられた惨めな王女が一人。助けを呼ぶことはできないだろうし、そもそもここがどこかもわからない。
「せめて、この袋くらいとってくれてもいいでしょう……?」
ごわごわとした麻の繊維が痛いし、周りが何も見えないのが不安をあおるし、とにかくこの袋のせいで居心地の悪さに拍車がかかっている。
「シン、早く迎えに来て……」
私の声は石と鋼鉄の牢に空しく響くのみだった。
× × ×
どれくらいが経っただろうか。何のために私をさらったのか、こんな待遇を受けているせいで全く分からない。
情報が目当てなら、もちろん尋問をするだろうし、交渉のダシに使うなら身元の確認くらいはするのではないのだろうか。
それすらないということは、もしかして私が王女のアフィリアだと分かった上で攫ったということなのだろうか。
そうだとしたら……犯人は貴族だろうか。私の顔を知っているのは、貴族かあるいは学園の生徒か。
おそらく、私を誘拐したあの男は雇われだろうから、それを雇う財力があるとするならば貴族だろうという見当はつく。
だとすれば……何のためなのだろうか。
「誰だ!」
私の思考を中断したのは、階上より聞こえてきた叫び声。何者かが侵入したらしい……とすれば。
「シンっ! ここよ!」
「リアッ! すぐに行くから少しだけ待ってて!」
あたりに響く、殴打するような音と、警備の男のうめき声。
革靴の足音が近づいてくる。
「リアッ! どこだ!」
足音がだんだんと近づいてきて……私がいる牢の前を通り過ぎた。
おのれ麻袋。お前のせいでシンですら、私を見失っているではないか。
「シンッ! ここだってば!」
「そっちか!」
足音が引き返してきて、私の前で止まる。
「リアッ!……リア?」
「そうよ! 早く助けて!」
キン、と甲高い金属音。数瞬ののちに金属が崩れる音がする。
どうやら牢を切ったと見える。およそ人間業とは思えない。
「どうしてこんな事になっているんだい……?」
「私が聞きたいわよ! 攫ったくせに袋被せてそのまま放置だなんてどんな了見よ、一体!」
「……災難だったね」
そう言うと、私の頭をポンポンと、軽く叩く。
「じゃあ、早くこんなところ出て行こうか」
「ええ、お願いします。私の騎士様」
「私の命に代えても、貴女をお守りします」
シンに手を引かれ、階段を駆け上がってゆく。前を行く彼の背中はいつになく頼もしく見えた。
「そのまま行かせると「邪魔だ」ぐあっ!」
屋敷の警備と思しき人がシンに吹き飛ばされていった。いかに訓練を積んでいようが、相手が悪い。彼は国内で最強格の騎士なのだから。
外へ出ると、日が傾きかけており、存外に長く拘束されていたことが分かる。
「そこまでにしてもらおうか、侵入者」
シンと私の前に立ちはだかるのは、長身で筋肉質の茶髪男。ほかの兵士と比べて、少し良い身なりをしており、おそらくはここの責任者であろうことが見て取れる。
「リア、ちょっと待ってて」
おそらくは先ほどの兵士より強いのだろう。
シンは私の手を離し、剣を構える。
「申し訳ないが、急いでいる」
「こっちは、そこのお嬢ちゃんに用があってな、急いでるんなら置いてきな」
「戯け。僕がお嬢さまを見捨てるわけがないだろッ!」
シンは素早く踏み込み、茶髪の男に肉薄する。
「そう来ると思ってたぜ!」
男は大きく飛びのき、シンと距離を取る。その両手には赤い輝きがあった。
「シン、危ないっ!」
私が言い切るより先に、男の手から炎が放たれた。
赤が視界を埋め尽くす。
「シンッ!」
「このくらいじゃ、僕は倒せないよ」
土煙が晴れると、そこには無傷のシンが居た。
その手には黒い光。
「魔法……?」
その光は、魔力の光に違いなかった。未成年へ魔法を教えることは、貴族平民問わず禁止されており、騎士の家系のシンとてそれは例外ではないはずなのに、彼は魔法を使っていた。
「……どいてもらおうか」
シンの手から放たれたのは漆黒の闇。目にもとまらぬ速さで一直線に男の方へと伸びて行き、その体を殴打する。
魔法の餌食になった男は、地面に倒れ伏したまま、ピクリとも動かなかった。
「じゃあ、行こうか」
シンは何事もなかったかのように、私の手を取りなおすと、屋敷の入り口へと先導していった。
「リア、持ち上げるよ?」
屋敷の入り口には、シンの白馬が係留してあった。
私をひょいと馬の上へと乗せると、シンはその後ろに軽い身のこなしで乗った。私を後ろから抱きかかえるような恰好。
心臓が高鳴るのが分かるが、きっと緊張から解き放たれたせいだ。きっと。
短い掛け声とともに、シンは手綱を引く。
白い馬は勢いよく、屋敷を囲う森へ走り出した。
「ごめん、リア。僕がついていながら……」
シンは、ぎゅっ、と私を強く抱きなおす。
温かい彼の体温に包まれて、私は強い安心感を覚えていた。
「でも、助けに来てくれた」
「当たり前だよ。僕は君の騎士になる男なんだから」
「あら、そこは『君の騎士だ』と言い切ってほしかったのだけれど?」
「すまないが、それはもう少しだけ待ってほしい」
そういう間にも馬は駆けて行き、次第に王都の街並みが見えてくる。
「案外近かったのね」
私が攫われた屋敷があったのは、王都の裏手にある森におおわれた小高い山、その麓。
馬車に乗せられていた時間が短かったことから分かっていた事ではあるのだが、屋敷と、王都との距離はそこまで離れていなかった。
「おかげですぐに助けることができた」
「それで……シン。貴方魔法が……」
後ろから聞こえてくるのは、短く息を呑む音。続いて、私を再度抱きなおすシン。
「個人的に練習する分には、問題ないから……家で練習していたんだよ」
丸わかりの噓を私についたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
誘拐犯が喋らないのは面倒だからではありません。
決して。
「誘拐したやつがわざわざ喋るわけねぇだろ!」
という神の意向を反映した結果にございます。
シリアスをぶち壊す麻袋。
別にギャグに振るつもりなんて、当初はなかったのですが、一度ギャグ展開が挟まると選択肢にギャグという手段が入り込んでくるんです。
『殺人は癖になる』なんて、作品の中でご覧になったことがあるかもしれませんが、それと同じことがギャグにて起きそうになっているワケでございます。
……恐ろしい。
昨日は投稿できず、誠に申し訳ございません。
できる限り毎日投稿を続けたいのですが、作者あまりの遅筆でございまして……。
用事が立て込むと、少し更新が遅れるということが多々あるかと思います。
見ていただけるかはともかくとして、更新ができない日は、活動報告にてご連絡だけさせていただこうかと思います。
皆さまにはご迷惑をおかけしますが、お付き合いいただければ幸いです。
面白ければ、ブックマーク、星で応援いただけると大変励みになります。
皆さまのご期待に沿うことのできるように頑張ります!